学徒
ギルたちが舞台から去った後も、集まった観客はまだ熱気に包まれていた。それだけ魔法都市へ入ることが望まれていたということだが、目的はそれぞれだ。
多いのは商人だ。噂になっている魔道具の元、加工されたプールストーンをいの一番に買ってやろうと意気込んでいるのだ。
次に多いのは各国の重要人物。とはいっても、貴族や為政者が公に来訪するはずもなく、部下や兄弟、冒険者を雇って送っている。
国のトップからの正式な命令ではなく、個人の自発的な行動だからか異常なまでの人数になっていた。
目的は当然、新たな国の代表を見定める為。それに利用することができるのか。しかし、ギルが公式の場でもないのに会うはずもなく、結局は無駄になるのだが。
最も人数が多いのが冒険者だ。
興味をもった一般人、商人が冒険者を雇って来ているのだ。当然、密偵役として雇われているのも冒険者が多い。
魔法都市はダンジョン内で、訪れるのに戦闘経験のない一般人では少々難易度が高い。
それが理由でオーセブルクの冒険者は、エルピスと往復する依頼が急増していた。
結果、それだけの人数が魔法都市建国の日に集まったのだ。
そして、人数では最も少ないが、商人と同等の真剣さで訪れている集団がいた。
それが魔法学院に入学する者たちだ。
賢者試験の際、ギルが見せた魔法の噂が広がり200人近い入学希望者が集まった。その中で、入学を許可されたものは60人だった。
今、この広場にいるのはその入学を許可された者たちだ。
「はぁ、凄かったなぁ。やっぱり、あの男の子が代表かぁ。初めて近くでお顔を見たけど、私と同じぐらいの年齢かな?」
広場の端で舞台を眺めていたある少女の独り言。
無意識に独り言をこぼしていた事に気づき、慌てて口を手で抑える。
この少女も魔法学院に入学が許可された一人である。
ようやく落ち着きを取り戻しつつある人々が、少しずつ魔法都市に入国するために入り口へと並び始めていた。
それを見て少女も慌てて行列に加わろうとする。
そんな少女の一生懸命さを近くでみていた男女二人組が、クスクスと笑っていた。
「えっと、何か間違っていますか?」
少女は怒っていたわけではない。ただ、自分のどこかがおかしいのか単純に疑問を持っただけだ。
だが、男女二人組はその言葉が注意と勘違いし、申し訳無さそうにした。
「あ、ごめんなさい。悪気があったわけではないの」
「そうそう、一生懸命で可愛らしく感じたのさ」
二人の言葉を聞いて少女はほっとする。
「良かった。田舎育ちですから何か間違いがあったのかと思っちゃいました」
「怒っていたわけではないのね」
「? 怒ることってそんなにありますか?」
「あるさ。ほぼ毎日だよ。いや、数刻に一度と言い直そう」
そういうと男は笑った。それにつられて女と少女も笑う。
「おっと、俺はテッド。こいつは……」
「私はエレナよ。運良く二人で魔法学院に合格したの」
「あ、私はエミリーって言います。私も合格したんです」
エミリーの言葉に二人は驚く。
「凄いな。まさか君みたいな少女が天才魔法師だとはしらなかった」
「まさか!何の取り柄もない田舎娘ですよ」
エミリーが両手を振って否定する。
「それこそまさかだよ。何の取り柄もない田舎娘がどうして魔法学院の応募をって話だ」
「あー……、たまたま商人である父に付いてきて、たまたまその時宿の近くで面接していて、たまたま受けたら合格しちゃいました」
「たまたまって……。面接はこの街……、名前はたしか……なんだっけか」
「エルピスよ。商人であるお父様に付いてきてって、ダンジョンも一緒に?」
「はい。今は一番安全な時期だからって……。それに私もダンジョンに一度は入ってみたかったし」
「言われてみればそうか。魔法都市建国を狙って商人やら冒険者やらがダンジョン内には大勢いただろうしな。俺たちも魔物と遭遇するより、人とすれ違う方が多かったぐらいだった」
「そうね、皆冒険者を雇っているものね。それに今は魔法都市で買えるプールストーンを買い付ける為に各国から商人が流れてきているって話だし、かなりの冒険者がこの街を目指しているから」
「それでうちの父もそのプールストーンを狙って来たわけです。本当にたまたまです」
エミリーが何事もないように言うと、テッドとエレナは苦笑いをする。
「それはあまり大きな声で言わないほうが良いぞ。落ちた奴らがやっかむ」
それを聞きエミリーが慌てて口を手で塞ぐ。
これが癖だとわかって、テッドとエレナはまたくすくすと笑った。
「ふふ、でも魔法が使えないってわけでもないんでしょ?」
「あ、はい。でも、子供の頃に教えてもらった火の魔法が使えるぐらいですけど」
「んー、じゃあやっぱり能力や家柄で選んでいるわけじゃなさそうだ」
エミリーはテッドが何を言っているのか分からず首を傾げる。
「貴族だからだとか、魔法の才能があるからって選ばれるわけじゃないってことね」
「あー、そうですね!家柄や才能だったら私が選ばれるわけがないです」
「どうかしら?子供の頃に魔法が使えただけで十分な才能だと思うけど」
「いや、あの、使えるのは火の魔法で、蝋燭に火を灯すぐらいしかできませんけど」
「「んー……」」
エミリーの扱える魔法を聞き、今度はテッドとエレナが首を傾げた。
スパールがどの基準で合格者を出したかわからなくなったのだ。
「ま、俺のような凡人が考えても賢者の考えはわからんよな。それより、そろそろ俺たちも並ぼうぜ。エミリーもこれから魔法都市に入国するんだろ?」
「あ、はい」
エミリーが笑顔で返事をすると、三人で行列に並ぶために歩き出した。
「そういえば、お父様はいいのかしら?」
「父はいい機会だから学んでこいと言って、今は一人で仕事してます」
「まだ、謎が多い国なのにか?」
「いえ、私たちはギル代表様の賢者試験を見ていますから。あの魔法を見れば誰だって信じますよ」
「へぇ、噂の大魔法を?眉唾だと思っていたがその反応だと本当なのか?」
「えっと、噂がどの程度尾ひれが付いているかによりますけど……」
「そらぁ、瞬く間に一面を氷の世界にするだとか、止めに入った兵士共を氷漬けにして殺したとかだろ」
「あながち間違っていないんですけど、多分死人は出ていないですよ」
「でも、一瞬で氷の世界にするなんて到底信じられないわ」
「凄かったですよー!長い時間を掛けて、結局一人も新しい賢者にならないのかーって思っていたら、最後の最後に登場した真っ黒な外套の少年!歩いた後には氷が残り、立ち止まると氷の椅子が地面からせり上がって来るんです!それに座った威風堂々なお姿は、まさに氷の王といいますか!!」
エミリーが興奮気味に身振り手振りでその時の様子を説明する。
二人は苦笑いしながらも真剣にエミリーの話を聞いた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと興奮して私だけが話し過ぎちゃいました」
「ふふ、大丈夫よ。私たちはこう見えても冒険者だから、情報を聞くことの重要さを知っているの」
「そうさ。俺たちも入学するんだから、どんな奴が作ったのか知っておきたいしな」
「それなら良かったです」
「お、着いたな。それにしても……、凄い行列じゃないか。迷宮都市でも行列に並んだが、その比じゃないな」
エミリーたちが並ぶ頃には、既に200人以上の長蛇の列だった。その最後尾に三人は立っている。
「今日着いた商人さんとかは急いで並んだみたいだけど、無意味なのにね」
「無意味、ですか?」
「合格通知と一緒に入っていた紙あるだろ?あれ整理券っていうらしくてな。それに書いてある番号順でしか入れないらしいんだよ」
「あぁ、この紙ですか?」
エミリーが荷物から出した紙切れにはスパールのサインと34という番号が書かれていた。
「そうね。あら数字が近いわね。もしよかったら、入国しても一緒に行く?」
「はい!心強いです」
力強く返事すると二人で笑い、それを見ていたテッドも表情を崩す。どんな場所かもわからないし、三人とも内心は不安だったのだ。
「でも、一緒に貰ったこの紙は何かしら」
エレナは番号が書かれている紙とは別の、不思議な文字が書かれているカードを取り出してエミリーに見せた。
「何でしょうね。何が書いてあるかわからないですし……」
「まあ、その辺も学院で説明してくれるだろ」
「そうなんだけどねぇ」
「それより、とうとう入国が始まったぞ」
エレナが悩んでいると、入国審査が開始されたのか列が進み始めた。
しかし、怒声とともに列の進行が中断される。
「馬鹿者!わしを誰だと思っているのだ!!」
「ですから、入国は早いもの勝ちではないのですよ。整理券をお持ちでないなら、あちらでもらってから再度並んでもらえますか?」
エレナが話していた整理券を持っていないとこうなるという良い例だった。
「ったく、いったいどんな馬鹿が我儘言ってんだ?ちょっと顔見てくるわ」
「テッド、大人しくしてなさいよ」
「俺たちは整理券持っているんだから、本来はこうやって並ぶ必要もないだろ?すぐ戻ってくるからさ」
テッドはそういうと引き止めるエレナを無視して先頭の方へと走り出していった。
わざわざ見に行かなくとも、言い争いを聞けば内容の殆どはわかるのだが。
「貴様!!わしは貴族だぞ!」
「この国に貴族も貧民も関係ないと、ギル代表殿のお言葉です」
「ええい!無礼な衛兵だ!わしは王国の公爵だ!それでも優先して通さないというのであれば、正式に抗議する!」
我儘な貴族の言い分に、エミリーの気持ちは複雑だった。
商人の娘で貧しくはなくとも、彼女は平民だ。衛兵に対し、そんな横暴に負けないでという気持ちと、これからしばらくの間住むことになる魔法都市に問題が起きるのを望まない気持ちだ。
だが、入り口の兵士は何事もないようにごくごく当然の言葉を口にした。
「その貴族殿が、他国に対して勝手にそんなことを口にして良いのですか?自分は詳しいことはわかりませんが、逆にそちらが少々不味いことになるのではないでしょうか?」
「ぐっ……」
兵士の正論に貴族が言葉をつまらせる。だが、貴族は食い下がってどうにかして入ろうとまた言い争いを始めた。
貴族が我儘を言ったところで自分たちより先に入る事はできないと理解すると、エミリーとエレナの興味は失せ、二人で会話を再会した。
すると、テッドがニヤニヤしながら戻ってきた。
「ただいま」
「もう!面白がっている姿を見られて、貴族に目をつけられたらどうするの!」
「大丈夫だって。でさ、ちょっと聞いてくれよ。争っていた貴族の正体がわかったぞ」
心配を他所に早く話したくて仕方がないというようなテッドに、エレナは肩をすくめてから続きを促す。
「はぁ……、それで誰だったの?」
「なんと、賢人ラルヴァだった!それだけじゃなく、他にも賢人を引き連れていたぞ」
「「ええ?!」」
テッドが話した人物に、エレナとエミリーは同時に驚きの声を上げる。
「やっぱり、賢人も気になっているのね。それは純粋な魔法使いではないエミリーも驚くわよね」
「あ、いえ、私は違う意味で驚いたので……」
「違う意味?」
「はい。賢者試験を見ていて、賢者様方は来ないだろうなと思っていたので」
「あぁ……、そういうことね。言われて見れば確かにそうね」
賢人ラルヴァは賢者試験でギルと言い争いすることになった原因でもあり、賢者試験終了時も憤りを隠しもせずに退室した人物である。
エミリーが驚いた理由は、そんな人物がどうして魔法都市へ来たのかという驚きだった。認めたくない人間の作った国に来ることはないはずと思い込んでいたのだ。
「ま、大方偵察か、抗議でもしにきたんだろ。魔法都市には三賢人が関わっているしな」
そんな疑問にテッドはどうでもいいことを話すように言いのける。
これからテッドも魔法都市で過ごすことになるのだ。他人事のように話すテッドに、エレナは呆れ、エミリーは苦笑いをする。
「お気楽ね。私たちにも関係あるかもしれないのに」
「そりゃあ、気にしても仕方ないからさ。上の話に下が何を言ってもな」
「……悔しいけど、正論だわ」
テッドの正論にエレナは頷く。
国同士のいざこざは、そこの住民は気になっていても何もできないのはどこも同じである。
エレナの複雑な感情を他所に、テッドの興味なくなったらしく別の話題を話しだす。しかし、急に声を音量を下げた。
「見ろ。どうやらいざこざは終わったらしいぜ」
テッドは視線を横にずらした。
エミリーはテッドの視線の方へと首を動かそうとするが、それをエレナが止めた。その行動は首を動かさずに見なさいという注意。
果たしてそこまでする必要があるのかとエミリーは思ったが、頷くと目だけでその方向を確認する。
するとそこには、賢人ラルヴァとその後ろを歩く他の賢人たちがいた。丁度、エミリーの真横を歩いていたのだ。
なんとなくわかってはいたが、憤りながら魔法都市とは逆側へ歩いていくラルヴァの姿を見て、どうやら交渉は決裂したのだと確信したのだ。
もう普通の音量で話しても聞こえない距離まで離れたことを確認してからテッドが会話を再開する。
「行ったか。ったく、貴族ってやつはこれだから」
「えっと、別に平民がラルヴァ様の顔を見た所で、あちらは気にしないんじゃないですか?」
「んー、かもしれないし、違うかもしれない。虫の居所が悪い時に、目についた平民へ八つ当たりするなんて珍しいことじゃない?だったら、それを避けた方が賢いと思うわ」
エレナの言葉にエミリーは自分の住む村の酒場を思い浮かべていた。酔っぱらいの喧嘩を止めようとした別の客が喧嘩に巻き込まれる風景を。
そして、なるほどと理解し頷いたのだった。
「というか、エミリーの順番がそろそろじゃない?前の方で待っていたほうがいいわね」
「あ、お二人は」
「俺たちは50番ぐらいだ。魔法都市へ入ったら少しだけ待っててくれるか?」
「わかりました」
そう言うとエミリーは二人に手を降ってから列の前へと歩き出す。
そこで兵士が自分の番号を読み上げていたことに気づいた。
まさか既に、自分の番が来ていたとは思ってなかったのか慌てて走り出す。
「34番!34番はいないのか?!」
「あわ、はい!はーい!」
大声で返事しながら走る姿を並ぶ人に笑われながら、なんとか辿り着く。
「34番か?」
「は、はい!すみません、待たせちゃって」
「気にしないでいい。そこを進むと審査の人間がいるからそこへ行くように」
「はい!」
エミリーは兵士が案内した場所へ進み、言われた通り番号札を入国審査官へと渡す。
「34番……、確かに。……入国の目的はなんでしょう?」
「えっと、学院に……」
「ああ、学生ですね。でしたら、このくらいの紙を持っていますか?」
審査官は手で大きさを表現した。
始めなんのことを言っているのかと思ったが、テッドたちが話していたカードだと思い当たる。
「これですか?」
「そうです。少しお預かりしますね」
審査官がカードを受け取ると、手元に置いてあるプールストーンを握る。すると、プールストーンの先端が眩しく光った。
エミリーはそれに驚くが、審査官はそれだけではなく渡した紙を光の上と乗せると、自分の名前を読み上げた。
「君はエミリーさんですね。確かに魔法学院の生徒さんだね。はい、これは大事に持っておくように」
「え、あ、はい。えっと、どうやって名前を……」
審査官が紙をエミリーに返す。が、エミリーにとって紙よりもどうやって自分の名前がわかったのかという疑問の方大事だったようだ。
「ははは、まあ、魔法都市の新技術というやつですよ。入国審査に関わることだから教えてあげられないけどね」
「あ、そうですよね!ごめんなさい」
実際はただの透かし文字だ。光で透かすと文字が浮かび上がるという仕組み。
紙には日本語と、透かし文字でこの世界の言葉が書かれていた。ギルがコピー防止の為に考えた仕組みである。
「それじゃあ、次はエルピスで発行された入市登録書を……」
エミリーは審査官が言う通りに書類を出していく。エルピスの入市登録書の名前と照らし合わせて入国審査をするのだ。
なんとか無事に確認が済み、軽い手荷物チェックが終わると審査官は笑顔になる。
「これで終了です。その紙は魔法学院に通うという身分証明書で、この魔法都市での身分証明になり、エルピスとの行き来に払う税が免除されます。絶対になくさないように。再度、発行されるには時間がかかりますので」
「は、はい。わかりました」
「これで入国審査は完了です。魔法都市へようこそ!」
まだ、考えがまとまっていないまま、入国審査官に促され先に進まされる。
入国審査から入国まで、ものの2分だった。
エミリーが通された道は人がすれ違うのがやっとの洞窟だった。
所々に輝くプールストーンが設置してあり、安全に歩くことができる。
だが、段々とプールストーンの間隔が遠くなっていき、最後の方は薄暗くなっていた。
エミリーは不親切だなぁと思いながらも進んでいき、ようやく出口へ辿り着く。そして、魔法都市へと一歩を踏み出した。
そこはエミリーが今まで見たことのない不思議と驚きを隠せない場所だった。
「うわぁ……」
そこは夜の街だった。
しかし、自分の知っている夜の街とは違い、暗さを感じない。
街灯が等間隔に置かれ、常に道を照らしている。
「看板の文字が光ってる?」
宿屋名が書かれた文字が光っていた。それはまるで地球の歓楽街のネオンだ。
ただ、全ての店がネオンのように文字を光らせているのではなく、その店主の趣味が反映されている。
看板自体を照らして目立たせたり、逆にわざと看板を暗くして店を照らしたり。
驚きだったのは、色とりどりの光の玉が浮かび上がっている事だった。
赤や青、紫や緑の光の玉が淡く輝き動き回って幻想的に街を彩っていた。
「なにこれ……」
ギルが魔法都市のイメージを光魔法を込めたプールストーンで表現したものだった。
やろうと思えば誰でもできるが、魔力が尽きるし魔法師がいちいちやっていられない。それをプールストーンにやらせているのだ。つまりはこの世界で誰もやらない事をこの街ではやっているのだから、エミリーが驚くのも無理はない。
そして、これだけでこの街は魔法都市だと理解するには十分だった。
「魔法で、こんなことができるなんて……」
この言葉が全てである。
足を踏み入れただけで未知の魔法がそこら中にあるのだ。
「早く街を見て回りたいなぁ」
そう思うのもやはり当然なのだろう。
エミリーはテッドとエレナが来るのを今か今かと待つ。
魔法都市で待つ更なる驚きに期待し、この興奮を知り合ったばかりの友人と語り合いたくて。