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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
一章 賢者の片鱗
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賢者の魔法

 俺は亜人の村へ向けて歩いていた。

 椅子をロープで結び背中で担ぎ、机を手に持つ。そして、普段なら背負うはずのリュックは胸にある。

 誰が見ても変人だが、気にすることもなく歩く。

 後ろを振り返ると、美少女が後をついてきている。目が合うと、美少女は笑顔になる。


 「賢者さま、どちらへ向かうのですか?」


 ニコニコと言ってくる彼女を見て、嘆息する。


 「だから、俺は賢者なんてものじゃないんだって」


 俺は疲れた顔をしているだろう。もう何回もしたやり取りだ。だが、美少女は決まってこう言うのだ。


 「何をおっしゃいますか。無詠唱魔法の使い手は多く見ましたが、魔法陣の即時展開なんてものは見たことも聞いたこともありません!そんな事が出来るのは賢者さま以外ありえません!」


 彼女は手を大きく広げ力説している。それがまた、溜息を漏らす原因だが。


 「お嬢ちゃん。さっきから何度も言っているが、俺は昨日初めて魔法を覚えたんだ。そんな奴が賢者って呼べるか?」


 「だとしたら、あなたは魔法の天才で、生まれながらに賢者だったのです!」


 どういうことっすか?生まれながらに賢者って。

 この世界の賢者とは、魔法に詳しい者という意味らしい。そして、勇者とは、剣が強い者だと説明された。

 俺からすれば、賢者とは自分を慰めた後に完全なる冷静さを取り戻した男のことで、勇者とはニートのことだ。


 「それに賢者さま。先程から私の事をお嬢ちゃんと呼ばれていますが何故ですか?私と同じ歳か、年下のように感じますが、もしかして魔法で外見をごまかせるのですか?!」


 しまった。癖でお嬢ちゃんと呼んでいたらしい。今の俺は、若返っているらしいのだ。すっかりと忘れていた。そうか、彼女より若く見えるのか。16歳ぐらいかな?まだ鏡を見てないからどんな容姿かもわからんし。


 「いや、可愛い子を見るとそう言ってしまうのだ。気をつけるよ」


 「か、可愛い……」


 頬を染めて俯く。もしかして、口説いてるように聞こえたか?まぁ、もう口から出ちまったから取り消すわけにもいかないし、それに、事実可愛いからな。別にいいだろう。


 「それで、君の名前は?」


 「へ?あ、わ、私はリディアと申します!」


 「そうか、リディア。それで、どうして俺についてくる?」


 少し顔を彼女へ向けて質問する。未だに何故、俺についてくるのか聞いていない。


 「えと。私に、魔法を教えていただけませんか?なんでもします!」


 「ん?今、なんでもって……」


 「し、失礼しました!なんでもは出来ません!」


 リディアは慌てて訂正する。残念。


 「私はまだ、駆け出しの冒険者です。稼ぎは全く期待できないので、お金を要求されても払えません。それ以外であれば、何でもさせていただきます」


 頭を深く下げ、ちらりと上目遣いで俺を見る。あざといな。

 金銭以外なら何でもすると言われると、男としてはエロい方向へ考えが行ってしまうのが悲しい。

 だが、リディアは真剣そのものだ。何か事情があるのだろう。聞いてみるか。


 「そこまでして何故教えを請う?さっきの三馬鹿と話していた感じだと、それなりの腕なのだろう?」


 リディアはダンジョンの入り口で戦った三人よりも上位の冒険者であることは間違いない。それなりに経験を積み、あの三人を護れる程に剣を扱えるはずだ。

 この世界の魔法は欠陥だらけだ。必ず、魔法陣を構成しなければならないのだから、発動までに時間がかかる。剣士の方が魔法使いより有利な場面は多いはずだ。

 しかし、リディアは苦々しい顔をする。


 「賢者さまに言うのも失礼かと思いますが、剣では倒せない敵もいるのです」


 「そうなのか?それは、魔法を使えるようになれば、倒せるのか?」


 「……それは、わかりません」


 可能性が少しでもあるのならば、というやつか。確かに剣で倒せないなら、魔法に頼ることになるだろう。逆もあるかもしれない。リディアの考えは正しい。 

 しかし、俺に教えることが出来るのだろうか?何より魔法を使えるようになったばっかりだし、俺もまだまだ覚える事はたくさんある。


 「さっきも言ったが、俺が魔法を覚えて日が浅い。そして、教えてもリディアが使えるかわからない。それでもか?」


 「よろしくお願いします」


 リディアが再び頭を下げる。その姿見て、俺は顎に手をやり考える。

 俺にメリットはあるか?もちろんある。まず、リディアがいればこの世界のことを詳しく聞けるだろう。それに、キャンプ時の夜の見張り。そして、なによりも可愛い子といると嬉しい。

 リディアの人間性も、出会って間もないが、誠実な人間だというのはなんとなく感じる。

 うん。メリットの方が多いな。


 「わかった。俺にもメリットがある。出来る限りの事は教えよう」


 「ほ、本当ですか!?賢者さま!ありがとうございます!」


 「わかったわかった。後、賢者さまはやめてくれ。ギルでいい」


 「は、はい!えと、ぎ、ギルさま?」


 なんだよ、天使かよ。可愛い子に様付けで呼ばれるとか、大丈夫か?隕石とか降ってくるんじゃねーか?


 「それで、どちらに向かわれてるのでしょうか?ギルさま」


 空を見上げてると、リディアにまだ行き先を言っていないことを思い出す。


 「あぁ、この先の亜人の村だ。俺がこの国で初めて世話になった人たちがいる」


 「こんなところに亜人の村ですか?そこで、何を?」


 リディアは亜人に差別意識はないようだ。やはり一部のヒト種だけなのだろう。その辺りも後々聞いてみるか。


 「ここを離れて街に行こうと思っている。だから、挨拶も兼ねて食料を手にいれる為だな。そんなこと言っていると、見えてきた。あの村だ」


 遠くに見える村を指差し答える。

 だが、村の入口に馬車が止まっているのが見えた。たまに取引すると言っていたから、商人かな?


 「ギルさま。何か様子がおかしいです」


 確かにそうだ。亜人達が集められ、鎧の男たちが誰かと戦っているように見える。

 まさか、奴隷商人ってやつか?


 「リディア、身を低くしろ」


 武器以外の荷物を置きながらリディアに言う。


 「は、はい」


 屈みながら進んでいき、鎧の男達に気づかれないギリギリまで行くと、うつ伏せになり様子を窺う。

 ハルガルとマーデイルが戦っているようだ。

 ハルガルは4人の人間と戦い、防戦一方だ。そして、マーデイルが火の玉を、フルプレートアーマーの男に当てた。だが、すぐに炎の中からフルプレートの男が飛び出し、マーデイルを斬り伏せた。

 男がとどめを刺そうとする。まずいな。誰も動かない。

 だが、エルミリアが亜人達の中から飛び出し、マーデイルを庇うように立ち塞がった。

 そして、エルミリアが一人の男に連れて行かれようとしている。

 悲痛な叫び声がここまで届いた。


 「不愉快だな」


 「え?」


 「リディア」


 「は、はい」


 俺の声が低くなり、雰囲気が変るとリディアが少し怯える。


 「……人を斬れるか?」


 その一言でリディアは全てを察した。


 「はい。好んで斬る趣味はありませんが、悪党なら」


 いい娘だなと思う。正義感が強く、度胸もある。


 「そうか。なら、リディアは村の反対側まで回り込んでくれるか?俺は頃合いを見て仕掛ける。全部俺が殺るつもりだが、何人かそちら側にいたら、後ろからでいい、切り捨てろ」


 俺がそう言うとリディアが頷き、村の反対側へ移動を開始する。

 移動し始めるリディアを見て、言い忘れたことを思い出したから呼び止めた。


 「リディア。もし、俺が返り討ちにあったら構わず逃げろ」


 それを聞き、リディアは振り返ると眉を顰める。だから俺は、軽く笑って更に言う。


 「十中八九負けんから安心しろ。それからありがとう」


 俺の顔を数秒見ると満足したように頷き、また移動していった。

 しかし、不思議だ。地球にいた頃は、ムカつく事があっても殺意なんて沸かなかったが、この世界に来た影響だろうか?

 


 「そろそろ行くか」


 そう呟くと、ナイフを抜き素早く近づいていく。

 生き残っている男達は全部で6人。そのうち一人は見るからに商人だろう。

 ということは、戦闘員は5人。

 まずは、エルミリアを馬車に乗せようとしている男を殺ろう。


 足音を立てず近づく、エルミリアが嗚咽を上げて泣いている。胸が締め付けられる。

 すぐ助けるから。

 はやる気持ちを抑え、落ち着いて歩を進める。

 エルミリアの耳元で囁いている男の1メートル後ろまで近づいても、俺の存在を認識していない。

 男の口を押さえ、喉辺りにナイフを刺し、横に滑らせる。

 喉から血が吹き出し、手がバタバタと中空の何かを掴もうとしている。

 エルミリアが驚いて振り返り、俺と目があった。


 「ギルお……」


 「しっ」


 口元に人差し指を置く。それを見てエルミリアは頷き黙り込む。まだ、誰も異変には気付いていない。

 男が事切れたのだろう。両手がぐったり垂れ下がり、俺に体重を預けている。それを静かに横たえてまた移動する。

 残り4人。内一人が村長の家の方まで歩いている。隠れている亜人でも探しているのか?

 そっち方面は、リディアが向かっている。ばったり合うと正面からやり合うことになるな。

 俺が派手にやって惹きつけるか。

 ナイフをケースに入れると、弓を構えながら近づく。

 俺が確実に射抜ける距離に入ると矢を射る。男の延髄辺りに突き刺さり派手な音を立てて倒れる。

 全員が倒れた男を見ていた。俺は弓を置き、刀を抜き走り出していた。

 そして、走ってきている俺にもう一人の鎧の男が気が付いた。

 だが遅すぎる。もう間合いに入っている。

 刀を横に薙ぐと、首が落ち商人の足元まで転がる。

 商人は驚き叫ぶこともできず、腰を抜かして地面に座り込んでしまった。

 俺の近くにいるのは、2人。フルプレートと商人だけだ。

 

 「何者だ?!」


 フルプレートの男が叫ぶ。その声を聞き、亜人を探していた男が異変に気付いたのだろう。こちらに向かって走ってくるが、途中、後ろから現れたリディアに斬られ倒れていた。

 きっちり仕事をしてくれたことに心の中で礼を言う。

 その様子をフルプレートの男も見ていた。それから周りを見渡し、残っているのが自分と商人だけになっていることに気がつくと笑い始める。


 「はっは。良い腕じゃないか!おまえ、俺の下につけ。殺すのはおしい」


 俺は刀を鞘に収め。腕を組む。


 「物分りがいいじゃないか。そうだ。亜人共はどこへ行っても奴隷になるのが落ちだ。よくある話だろ?助ける義理なんてないじゃないか。亜人共より俺達についたほうが金にな!?」


 フルプレートの男が演説している間に、俺の背後には無数の魔法陣が出来上がっていた。

 そして、炎の槍が何本も何本も飛んでいく。

 炎の槍一本一本が、フルプレートの僅かな隙間に突き刺さっていく。

 俺も何本飛ばしたかわからない。20か?30か?その辺りだろう。

 フルプレートの隙間から火が漏れている。しっかりと中まで火の槍が突き刺さっている証拠だ。

 藻掻くように鎧を脱ごうしている。

 フルプレートアーマーでなければ、すぐ脱ぎ捨て火を消せたかもしれないのにな。

 やがて、地面に倒れ込み絶叫を上げ転がり始めた。

 のたうち回っている姿を俺は腕を組んだまま、ずっと眺めていた。

 やがて、肉の焼ける匂いが鼻に届くと、フルプレートを着た男の死を確信した。

 それから、マジックバッグを弄り、中級の治癒ポーションを2本取り出すと、マーデイルの方へ向かい歩き出す。


 マーデイルの口元に手をやると息をしているのがわかる。

 よかった。まだ生きていた。

 すぐにポーションを傷口にかけ、残りを飲ませる。

 そうすると徐々に傷が塞がっていった。

 傷は塞がった。後はマーデイル次第だろう。

 もう一本は、ハルガルに渡す。

 こちらを見て驚いたまま止まっている。

 気づけば亜人全員と商人。それどころかリディアまで動きを止めていた。

 誰が最初に口を開いたのか。


 「大魔法使いだ……」

 「い、いや!賢者様だよ!」

 「あぁ、賢者様が俺達を助けてくれた!」

 「うぉおおおおお!」


 一人、また一人と声を上げると歓声になった。

 その歓声でハルガルが素に戻ったのか、俺の手からポーションを受け取ると「すまねぇ」と言い飲み干した。

 それを見てから、俺は商人の方へ向い、正面に立つ。商人は口をパクパクしている。まだ声が出ないのだろう。


 「悪党っていうのは劣勢になると、すぐに勧誘するよな?よくある話だ。それで、正義の味方は答えるんだ。『ふざけるな!』とか、『お前のような悪党は俺が倒す』とかさ」


 急に話しだした俺に、亜人達は話を聞こうと段々声が小さくなっていく。

 商人も何の話をしているんだと、怪訝な顔をしている。

 だが、俺は気にせず続ける。


 「その話を聞いていつも思うんだ。どうして悪党が話している間に殺らないのかとね」


 俺が言い終わると、見るからに商人の顔が青ざめていく。


 「あ、あ、お俺に手を出せばど、どうなるかわ分かっている、ぐぎぃっ!」


 俺は商人の顎を蹴り上げた。


 「どもりすぎ。何喋ってるのかわからない。もう一度」


 「か、金ならある、命だけは助けてくれ!頼む!」


 俺は息を吐くと、一つ頷き口を開く。


 「悪徳商人やら、貴族やら、必ず最後には命乞いをし、金で解決しようとするよな?よくある話だ」


 話を続けていくと商人はブルブルと震えだす。うわ言のように何度も、やめてくれ、やめてくれと呟いている。

 だが、俺は話をやめない。

 

 「俺はいつも思うんだ。殺してから奪えばいいじゃんってね」


 俺は殺意を込めながら話す。周りの温度が下がっていく。

 商人は、涙を流し、ずっと首を左右に振っている。そして、股が濡れていく。

 その姿を見てから、殺意を消しハルガルに話しかける。


 「ハルガル。おまえの好きにしろ。ここに埋めようが、道端に捨てようが、川に投げようがお前たちが決めろ。ただ、商人の馬車は俺がもらうぞ」

 

 俺が笑顔で話すとハルガルがニヤリとする。


 「わかった。俺達が始末する」


 ハルガルが他の亜人達に顔を向けると何人かが商人を取り押さえ、連れて行った。

 どう転んでもあの商人は助からない。今までの恨みもあるだろう、最後は亜人達に任せることにしたのだ。


 「ギルさま!ご無事で!」


 近くまで戻ってきていたリディアが小走りで俺に近づいてくる。


 「リディア、きっちり仕事したな。えらいぞ」


 頭を撫でる。一瞬びっくりするが、すぐにふにゃっとして、笑顔になった。

 ノリで頭を撫でてしまったが、セクハラか?まぁ、喜んでるし、いっか。誰でも良い仕事をしたら褒められたいのだ。この場合俺が褒めるのが筋だろ?


 「ギルお兄ちゃん!」


 声に振り返ると、エルミリア走って来て俺に抱きつく。恐怖し、絶望し、そして悔しかったのだろう。

 顔を胸に押し付けグリグリしながら何度も何度もありがとうと言われた。

 俺は頭を撫で、もう大丈夫だからと言い続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間に不信感を持ってる亜人の村に行くのに、出会ったばかりの信用できるかどうか分からん人間を一緒に連れて行くかね普通? この主人公は美少女だったらオールオッケーって考えなのか?
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