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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
九章 魔法都市への復讐者 上
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エルピスの街

 迷宮都市オーセブルクに戻ってきた俺たちは、一泊どころか休憩すらせずにそのままダンジョン内を進んでいた。

 体力的に厳しいのはわかっているが、さすがに半魔たちを宿に泊めるわけにもいかない。

 元王族である半魔たちには、体力的にも精神的にも辛い思いをさせてしまって心苦しいが、ここは我慢してもらうしかない。

 街に入るのには、オーセブルク冒険者ギルドマスターのアンリに協力してもらった。法国を出る時に、伝書竜で手紙を送っておいたから、街の中には問題なくすんなり入れた。

 アンリには今度お礼をしておくか。

 ダンジョン内は馬車での移動は出来ない。オーセブルクで馬車を降り、借りた馬車は金を払い人を雇って法国へ返す手続きを済まし、さっさと17階層へ向けて出発した。


 「これがダンジョンか?」

 「私初めてですわ」

 「ダンジョンは僕も初めてだよ。でも、思っていたのと違うね」

 「そうですね、人がたくさんいらっしゃいますね」


 ダンジョンを歩いていると後ろから半魔たちの話し声が聞こえてくる。

 それはそうだ。6階層に降りるまでは、街にいるのと変わらない頻度で人とすれ違うのがオーセブルクダンジョンだ。

 1~4階層は夏、秋、冬、春の順で四季が楽しめる低難易エリアになっている。そのせいもあって、ここは朝晩関係なく人が居続ける。

 理由は商売になるからだ。ここで魔物を狩り、それぞれの季節の果物や野菜を収穫すれば、それだけで生計が立つ。何を隠そう、この俺も元『迷賊』の男どもにここである物を栽培させているぐらいだからな。

 下手な行商をするより、この4エリアの収穫をオーセブルクで売るほうが儲かるかもしれない。その上、魔物が弱くて危険が少ないとくれば、尚更だろうな。

 冒険者の在り方としては疑問を覚えるが、選択は人それぞれだろう。

 俺たちが歩いている10メートル横で、冒険者同士が魔物の取り合いをするような場所であれば、半魔たちも油断をするのは仕方がない。ここは釘を差しておくべきだな。


 「わかっているとは思うけど、油断はするなよ?すぐに人が少なくなるからな」


 俺の忠告で、半魔たちが気まずそうに頷く。

 まぁ、俺とリディア、それにエルがいたら17階層まで危険はないだろうな。

 そう思っていた……。



 異変を感じたのは6階層からだった。

 5階層のボスは運がよく攻略後だったらしく、戦わずに通過できた。6階層入り口のキャンプ場で少しだけ休憩をしてから、すぐに出発。

 半魔たちの体力が心配だったが、半魔化しているからか、全員が疲れていないと口を揃えて言う。意外なところで半魔化の恩恵を受けたのだったが……。

 キャンプ場を後にした直後、大量のアンデッドに襲われたのだ。

 おかしいことではない。ここはダンジョンで魔物が腐るほどいる。

 「アンデッドだけに」という、大爆笑ギャグを無視されながら迫る魔物を倒していく。

 異変は、少し進むとまた大量の魔物に襲われたことだ。

 おかしい。まるで、俺たちだけを狙ってエリア中のアンデッドが集まっているような魔物の数。

 他にも探索している冒険者がいるのだから、こんなに集中するわけがない。たまたまか?もしくは、魔物が固まっている場所に運悪く?

 だが、それからも少し進む毎に大量の魔物と遭遇するのを繰り返した。


 「ギル様、何かおかしくないですか?」


 「それはアレか?殆どの魔物を俺が倒していることか?」


 「す、すみません、ギル様……」


 「ごめちゃい、です」


 アンデッドに物理攻撃は効きにくい。特に、斬撃と突き攻撃は相性が悪い。

 魔法剣を持っていればどこを斬っても効果があるが、残念ながらリディアの魔法剣は法国での戦いで折れてしまった。

 今リディアが持っているのは俺の鉄製の刀だ。

 そして、敵はスケルトン。鉄製の刀でも頭さえ破壊できれば倒せるが、効率が悪い。

 ボウガンが武器であるエルも同様だ。

 つまり、魔法で俺が一掃しているのだが……。


 「なんでこんなに魔物が大量にいる場所ばかり当たるのでしょうか?」


 「今までなかった、です」


 今も魔法で大量に成仏させている俺の後ろで会議を始めるリディアとエル。

 そんなことより、少しでも手伝ってほしいんですけど?このまま魔法を使い続けると11階層に辿り着く前に魔力が底をつく。

 結局、俺一人で一掃しこの場の安全を確保することができた。

 俺が汗を拭っていると、リディアがあることに気がついた。


 「あの、ティリフス?さっきからずっと震えていますが大丈夫ですか?」


 あー、骨が鳴る音に紛れて、カタカタ鳴っていたのはティリフスの鎧の音だったのか。


 「ふへっ!?」


 なんつー声を出してんだ。


 「もしかして、怖い、です?」


 「こ、怖かないやぃ!」


 んー。勝手な想像だが、精霊はアンデッドに強いって思っていたけどそうでもないのか?お、ティリフスにこの異常な現象を聞けば、何かわかるかもしれないな。


 「なぁ、リビングアーマー。お前アンデッド友達なんだから、ちょっとあの骨たちに聞いてくれよ」


 「誰がリビングアーマーやねんっ!」


 「なんでアンデッドが集まってくると思う?大勢で歩いているからか?」


 「さ、さあ?」


 ん?表情は鎧だからわからんけど、声の感じから何かを知っている気がする。いや、何かを隠している?


 「たしか、アンデッドは生命力によってくる、だったです?」


 「そうですね、エル。だとすれば、ギル様の仰る通り人数が多いのが原因かもしれません」


 そうとしか考えられないよなぁ。……ん?生命ある者?生命エネルギー……。それって、命ある者ということじゃなくて、魔力つまりマナがある者ということじゃ?

 そんで、マナの塊であるティリフス……。


 「ティリフス、おめーのせいじゃねーか!!」


 「ひぃ!しゅ、しゅみません!」


 鎧に封じられているとはいえ、元々マナの集合体だ。肉体という器がある人間が大勢いるより、ティリフス一人の方が生命を探知されやすいのだ。


 「精霊の郷にいた頃も、よくアンデッドに襲撃されたんやけど……」


 今はもうないティリフスの里。そこにいた頃、毎日アンデッドに襲われていたそうだ。

 精霊にとってアンデッドは宿敵であるが、魔法を得意とする精霊族にとっては、倒すことはそう問題ではなかった。

 しかし、まだ戦う術を知らない幼いティリフスは、里の中に侵入したアンデッドに追いかけられて以来苦手になったらしい。


 「幼い頃に腐った死体や骨やらに追いかけ回されたらトラウマになるだろうな。そこは同情するけど、まさかティリフス一人いるだけで、こんなに寄ってくるとはなぁ。ま、いいや。ほら、行けよ」


 「何しれっとウチを先頭にしてんねん!」


 「お前、その鎧の体でどう負けんの?腐った体液で汚されたら負け?」


 「……腐食したらどうすんだ!」


 鎧が錆びてもダメージはないだろうが……。

 さり気なく、トラウマを荒療治してやろうと思ったがダメそうだ。


 「ティリフスがかわいそう、です」


 「ゆっくりやっていきましょう。ね?ギル様」


 さすがにやり過ぎたのか、エルとリディアがティリフスを庇う。


 「え、エル!リディア!ありがとうなぁ!」


 チッ。面倒臭ぇな。まあ、本当に鎧を汚されても困るか。掃除するのは、俺かシギルだし。


 「わかったわかった、とにかくさっさとこのエリアを抜けちまおう。悪いが急ぐぞ」


 そうして、俺が10階層までの魔物を全てなぎ倒す羽目になったのだった。



 10階層のボスを瞬殺した後、11階層で数時間の休憩。そして、再度17階層に向けて出発した。

 ここからは魔力が無くなりかけている俺は手を出さず、エル、リディア、そしてティリフスの三人で魔物に対処してもらうことにした。

 半魔たちの中にも戦闘能力が高そうな奴がいるけど、今回は見てもらうだけだ。力が強いだけでは攻略できないのがダンジョンだし、今は目立っても困る。

 ティリフスは、見た目は重鎧を着た人間だから問題ないだろう。

 無理矢理戦闘をさせるつもりはないが、魔法都市で生活する以上は少しぐらい戦うことができるべきだ。

 落ち着いたら、半魔たちにも戦闘訓練をさせなければならないな。

 そして、疲れで限界が近づいてきた頃、ようやく17階層へ辿り着いたのだった。



 元『迷賊』の村に久しぶりに帰ってくると、そこは様変わりしていた。

 空き地が少なくなり、家が立ち並んでいる。もはや、村ではなく街と言っても過言ではないくらいに。


 「はぇー、おうち、いっぱい、です」


 「そ、そうですね。二月程の留守でこれだけ発展したんですね」


 二人が驚くのも無理はない。俺でさえ、いや、俺のほうが驚いたかもしれない。

 家を建てる為の資材を運ぶのも苦労するはずのダンジョン内で、この速度の発展は異常だろう。

 俺たち三人も驚いていたが、もちろん半魔たちも驚愕していた。


 「姉さま、こんなところに人がたくさんですね!」

 「え、えぇ。司祭が街の雑踏を人ゴミと揶揄しておりましたが、少しだけ気持ちがわかりました」

 「失礼だぞ、ティア」

 「そうだぞ。これからお世話になる街なのだ。街にも人にも感謝せねばなるまい」

 「そ、そうですね。後ほど、女神様に懺悔をします」


 この会話を静かに聞いていたティリフスが「ウチ?!」と街とは関係のないところで驚いていたのは見なかったことにした。

 しかし、半魔たちの言う通り街を行き交う人の数が、俺が法国へ行く前とは段違いだった。

 恐らく店であろう建物の前で商人が客寄せをする声、木のコップ同士を打ち付け合い笑い合う声に、酔っぱらい同士の喧嘩、中には際どい格好の女性が男をいかがわしい店に誘う声がそこら中から聞こえてくる。

 何もなかった空間が、たった数ヶ月で繁華街になっていたのだ。

 とりあえず、ここで呆然としていても仕方がない。だが、この雑踏を掻き分けて、最奥にあるクリークの屋敷まで行くのはげんなりするな。

 裏道から行くか?

 クリークのところまでどうやって行こうか悩んでいると、見たことがある男が俺たちに寄ってきた。


 「あれ?もしかして!サー・エルではありませんか?!」


 「にゅ?」


 声をかけてきたのは、エルが軍曹式で料理を教え込んだ一人だった。


 「あ、そちらはリディアの姉さんと、大旦那じゃありませんか!お帰りになられたので?!」


 「あ、ああ。今帰ってきた、が、凄い発展だな」


 「そうですかぃ?毎日見てるんで、あっしにはわかりませんが……。たしかに、人は多くなりやしたね」


 嘘だろ。どれだけ周りを見てないんだ。


 「毎日毎日、料理を作り続けてますとね、街のことを気にする余裕がないんですよ。まぁ、楽しいんでいいんですがね。それで、大旦那はクリークの親分、いえ、村長の所へ行ったんですかぃ?」


 「あ、いや。これから行こうと思ったんだが、この人混みだろ?どうやって行こうか考えていたんだ」


 「あー、そういうことですかぃ。わかりやした」


 男が頷くとキョロキョロと誰かを探しだした。目的の人物を見つけたのか怒鳴るように呼ぶ。


 「おい!」


 呼んだのは、兵士のような格好をした奴だった。


 「あー?あ!大旦那じゃありませんか!!」


 「お、おう」


 「大旦那がクリーク村長にお会いしたいそうなんだけどよ、ちょっと人が多いだろ?だから、ちょっと案内してやれよ」


 「おー、そういうことか。大旦那、オレに任せてください!」


 「そうか……、じゃあ、頼もうかな?」


 そうお願いすると、兵士の格好をした男は少し離れた場所にいた、同じように兵士姿の男たちを呼び寄せる。

 同じように状況を説明すると、彼らが声を張り上げた。


 「「「魔法都市代表殿が通られる!道を開けられよ!!」」」


 一瞬の静寂の後、十戒のように人混みが割れ道が出来上がる。

 そして、その道を護衛されながら歩いていく。


 「魔法都市代表?!」

 「どれ?!どの人?!」

 「ご挨拶したいですねぇ、出来ないかなぁ?」

 「もしかして、先頭にいる男の子じゃないよな?」

 「ちがうだろ。しっかし、美人ばかり揃ってるなぁ」

 「フードを深くかぶってて、顔がわかんねーな。あの中の誰かだろう?」

 「厳重過ぎだろ。姿を見せられない理由でもあるのか?」

 

 え!やだ、なにコレ恥ずかしい!

 目立ちたくないのに、目立ってるじゃないか。

 半魔たちもフードを深くかぶって上手く顔を隠しているが、いつバレてもおかしくない。

 とにかく、急いで行くしかない。

 だが、何故か兵士たちはゆっくりと進んでいく。その顔には優越感とも言える感情が見え隠れしていた。

 こいつら!魔法都市代表を護衛しているという優越感に浸っていやがるな?!馬鹿野郎!そこを歩いている老人の商人より歩行速度が遅いじゃねーか!

 少々、脅す必要があるな。

 俺は近くで護衛する兵士にだけ聞こえるよう顔を近づけに囁く。


 「また、手足千切られたくなければ、急げ」


 「ひっ」


 一瞬で冷や汗を大量に流し始めた兵士が、他の護衛にも俺の言葉を伝えると、同じように顔を青くし歩行速度が上がった。

 うんうん、これでさっさと抜けられそうだ。

 そして、無事にクリークの屋敷まで辿り着き、地べたにへたり込む彼らを労ってから急いで中へ入った。

 ぐったりとしながら屋敷の奥へ進むと、大きな机の上で書類と睨み合いをするクリークがいた。

 俺たちの足音に気がついたのか、クリークがゆっくりと顔を上げ、俺だと認識すると慌てて立ち上がる。クリークの顔は疲れでげっそりとしていたが、笑顔で迎えてくれた。


 「おー!!ギルの旦那じゃねーか!帰ってきたのか!」


 「ああ、そっちは疲れてるな」


 「まあ、これだけ急激に村が発展しちまってんだ、俺も忙しくなるわ。……で、そっちのは?」


 クリークがフードを被った半魔たちを顎で指す。

 まあ、同じ格好の奴らが大勢いたら怪しむよな。


 「よし、顔見せていいぞ」


 俺の言葉に半魔たちは戸惑いながらもフードを取っていく。

 魔物化した姿を見たクリークは、ビクリと驚くが俺の顔をチラリと見るとため息を吐いた。


 「まー、旦那ならこういうこともあるか」


 「何を納得したか知らないが、さすがはクリークだと言っておこう」


 俺の褒め言葉にクリークは肩をすくめて返事をする。


 「詳しく話してもらいたいが……」


 ここまで話すとクリークは全員の顔を見渡す。


 「今日はやめたほうがいいだろ?3日間寝ていない俺と同じぐらい酷い顔だしな」


 「たしかに、疲労が限界だ。詳しくは明日でいいか?さっき出迎えてくれた笑顔から察するに、どうせ相談事があるんだろ?」


 「バレたか。悪いけど、付き合ってくれ」


 「わかった。明日、付き合うよ。それで、俺たちに用意してくれた屋敷はシギルとエリーが使ってんのか?」


 クリークたち、元『迷賊』が俺たちの為に用意してくれた家が近くにある。あの家ならばこの人数でもなんとかなるだろう。


 「あー……、すまねぇがわけあってあそこは使えないんだ。今、案内するから待っててくれ」


 「そうなのか?まいったな。そっちの家はこの人数でも問題ないか?」


 「余裕だな」


 え?半魔たちと俺たち、そしてエリーとシギルを合わせたら23人だぞ?余裕って……。


 「まあ、詳しい話はシギルの嬢ちゃんに聞いてくれ。よし、じゃあ行くか」


 上着を着たクリークが先導してくれる。

 疑問はあるが、見ればわかるだろう。それより、全員が休める場所があることに感謝すべきか。

 これでゆっくりと休めるな。


 「あー、そうだ、旦那」


 前を歩くクリークが歩を止めずに振り向く。


 「この村の名前決めたよ。希望の村、エルピスって名前にした」


 そう話すクリークの顔は、晴れ晴れとした笑顔だった。

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