新たな友たち
聖王や法国の誇る英雄組との戦いの後、俺たちは法国の街へと戻って来ていた。もちろん、半魔たちも連れてきている。
本当は半魔たちを連れてこない方が良いのだが、数日間ならば城の一部で匿うことが可能とのことで、だったら最後の思い出として連れてくることにした。
もうこの街には戻ってくることは出来ないし、故郷を追い出されるのは誰でも辛いはずだからな。
ちなみに、アーサーは戦闘の後、また歩いてオーセブルクに戻っていった。今回も馬鹿だったが、助かったのは事実だから、オーセブルクに戻ったら酒でもおごってやるか。
まあ、それはいいとしてだ。俺個人としては、すぐに迷宮都市に帰りたかったのだが、ルカがどうしてもと言うから仕方なく戻ることにしたというわけだ。
別れを惜しんでというわけではなく、王位をルカに引き継ぐ時のために助言をしてほしいと頼まれたのだ。クレストも俺の知識を借りたいのか、このことには賛成していた。
英雄の片割れであるディーナも一緒に帰ってきた。その道すがら、ディーナが色々話してくれた。
俺の予想通り、ディーナは何も知らなかった。聖王の正体、半魔、陥没穴、女神の正体。つまり、隠されていたこと全部だ。
ディーナはその美貌と強さで法国に連れてこられたらしい。
元々は妃候補としてだったのだが、当時のホーライの相方、英雄の片割れが亡くなってしまい、その後継を選ぶ剣術大会が開かれることになったのだが、その大会に運良く優勝してこの地位についたのだとか。
確かに、ホーライの魔法援護がなくとも十分な強さだった。魔力残量が少なければ、追い詰められていたのは俺たちかもしれないほどに。
まあ、それでディーナは英雄の剣となるのだが、戦争やホーライが戦場に出るような事件が頻繁に起こるわけでもなく、実際は衛兵や警備兵とかわらない仕事をこなす日々だったそうだ。
ディーナの予想では、その程度の役割しかしていなかったし、信頼もなかったから法国の秘密は教えてもらえなかったのではと話していた。
まぁ、「知らなかったから死なずに済んだと考えれば、それはそれで幸運だった」とも言っていたが。
だがこれからは、聖王となるルカや法国の人々を守るために戦うことになるだろう。ディーナの強さと誠実さならやっていけるはずだ。
さて、そんなこんなで法国に戻ってきたのだが、入城の時も面倒臭かった。
半魔たちを町人は当然として、兵士にも見られてはいけないから真夜中まで待機してから入国し、入城してからもディーナが見回りの騎士たちを移動させるなどして、それなりに苦労をした。
そして、夜が明けてからも大変だったらしい。
なんせ、聖王と英雄の死去だ。それはそれは、城も街も大騒ぎだったとのことだ。
何故、人から聞いたような言い方なのかは、俺は別にその事に関してはどうでもよく昼過ぎまで寝ていたからだ。
今ボッサボサの髪で眠気眼のまま、そのことをリディアに聞かされている。
「それでですね、ルカさんがギル様に是非とも相談に乗ってほしいと」
「いやぁ……」
「えっと、ですね……。その、クレストさんも待っていますし……」
「いやぁ……」
「ギル様……」
そりゃそうだろ。地球時間で言えば朝5時ぐらいにようやく床に就いたんだよ。7時間ぐらいは寝ていると思うけど、一昨日は生死をかけた戦いをして魔力が底を尽き、昨日はなんだかんだで寝ていなかったから、回復させるには睡眠が足りないのだ。
「明日でいいんじゃね?」
「早く終わらせて、オーセブルクに帰った方が良いと思いますよ?」
「…………」
別に意地悪をしたくて渋っているわけではない。
面倒なのもあるけれど、魔力が尽きた時の睡眠後はやる気を失うのだ。でもまあ、リディアに恥をかかせるわけにはいかないから、そろそろ起きるか。
「……駄目、でしょうか?」
上目遣いで困った顔をするリディア。
リディアは普段は凛々しく、綺麗な顔を崩さないがたまにこういう表情をする。天然のあざとさは、男にとって可愛いと思ってしまうのだから、これは罪だろうな。
もっと見ていたいけれど、これ以上リディアを困らせるわけにはいかんだろう。男として!
「よし、起きる。着替えるよ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
「…………」
「……………?」
「いや、着替えるよ?」
「あ、し、失礼しました!」
リディアが顔を赤くしながら急いで出ていく。
あざとい……。本当に天然か?
まあ、いいか。さて、着替えて話とやらを聞きにいきましょうか……。
俺を起こした後、リディアは別行動している。
なんでも、ディーナと仲良くなったらしく、これから二人で剣術議論や一緒に訓練をするらしい。
他国にまで来てすることでもないと思うのだが、二人が楽しんでいるのなら俺が何かを言うこともあるまい。
さて、それはさておき、俺は騎士たちが城の中を走り回る姿を横目に、謁見の間へと辿り着く。
ちょっと迷ったのは内緒だ。
仕方がないんだ。マッピングしようとすると兵士に怒られるから……。
ルカかクレストが配慮してくれたのか、待つこともなく謁見の間の中へ通される。中には騎士はおらず、ルカとクレストの二人だけだった。
元聖王が居た御簾にルカはいた。
簾は巻き上げられ中の様子がわかる。御簾の中には、大きい玉座が一つ置いてあった。
そこにルカが恥ずかしそうに座っている。
「おぉ、ギル殿!お待ちしておりました」
ルカの横に立つクレストが朗らかに言う。外は慌ただしいのに、この二人は随分と落ち着いている。
俺はクレストに頷きで返してから、改めてルカを見る。
「似合ってるじゃないか。ルカ」
玉座に座っていることではない。王に相応しい綺羅びやかな衣服がだ。
元々、王女というのもあって普段から着ている服も質素ではあったものの質がとても良いものだったが、今日のは見た目も派手だ。
だが、嫌味な派手さはなく、ルカにとても似合っていた。そしてなにより、ヘアセットのおかげか、はたまたアクセサリーのおかげか、今日は女の子だとはっきりわかる。
「や、やめてくれ。ギルに言われると、こそばゆいぞ」
「それで、相談と聞いたけど?法国へ戻る途中、かなり相談に乗ったと思うんだが」
そう、聖王と戦闘後、法国へ帰ってくる途中にディーナや鎧(精霊)とも色々な話をしたが、ルカやクレストとも今後どうするかについて相談に乗っていた。
そのせいで昨日はほぼ一睡もしていない。魔力尽きかけてたのにだぞ。
「う、うむ。ギルの助言通りに事を運び、慌ただしいものの混乱は避けることができた。改めて、何から何まで世話をしてくれて助かる」
「今更何を……。馬車の中であれだけ質問攻めしておきながら」
法国への帰り道、ルカとクレストが俺が御者をする馬車に乗り込んできて、あれこれとどうするべきか聞いてきた。
一番の問題は、聖王と英雄の死体をどうするかだ。
聖王の姿に関してはどうとでもなるが、ホーライは言い訳が難しいからだ。なんと言っても、身体の半分は魔物化しており、頭部を切り落とされているのではな。
実の問題はそこではない。亡骸がないことが問題なのだ。
まあ、これは俺のせいなんだが、あの後二人の亡骸を燃やしちゃったんだよね。死んだふりや蘇りの懸念を排除するために。
ここは地球とはちがう。何があっても不思議ではない。確実なのは遺体を灰にすることだったのだから仕方がない。
つまり、骨しか残っていなかったのだ。
聞かされる信徒たちや兵士にとっては、死んだどころか既に火葬まで終わっているのだから問題にならないはずはない。
しかし、燃やしちゃったもんはどうしようもない。だから、これは遺言だとすることにしたのだ。
聖王は、生前は当然として遺体であっても民衆の前に姿をさらさない。恐らく、魔物化していたからこういうルールを作ったのだろう。
これから聖王になるルカにはご愁傷様としか言えないが、法国の決まりだから仕方ないし、元聖王の死体のことに関しては都合が良かった。
まあ、そのルールはルカの代で修正すればいいしな。
それで、だ。聖王の遺言は最後の最後ぐらいは信徒に姿を見せたい。だから、火葬し骨壷に入っている姿を見てもらいたい。
そう最後に言ったということにするのだ。
そして、それを実行したのはホーライだ。
ホーライは聖王を火葬した後、聖王の天の旅へ共するために自分も自殺し、火葬されたのだということにした。
あれだけ聖王に忠誠を誓っているふりをしていたのだ。疑われることはないだろう。
実際、聖王の情報は一切なかったから、かなり高齢だと思われていたのもあり、この嘘を誰もが信じた。
後はルカを後継者にすることだが、これも半魔たちに後継を辞退すると署名してもらうことで問題なく解決。
これで後継者問題は解決したのだ。が、まだ相談事があるのか?政治のことはさすがにわからないぞ。
「あ、いや。相談というよりは、提案したいのだ」
「ふむ?と、言うと?」
「単刀直入に言えば、ギル殿の魔法都市と同盟を結びたいと思っております」
「おいおい、まだ計画実行中で、都市なんて存在しないんだぞ?」
「ギル。余はそなたと敵対したくない。恩もあるが、何より敵対してこの法国が生き残れるとは思えない」
それは随分と過大評価してくれているが……。さて、どうするか。味方が増えるならアリと簡単には行かない。
「ルカ様の仰る通り、法国が強気な政治を出来たのは、前聖王様とホーライ大司祭がいたからなのです」
「うむ。ギルと敵対したくないのも事実だが、何より他国の動きが気になるのだ」
そういうことだ。同盟を組むのであれば、法国が狙われたら助けなければいけない。
何より子供が王の国だ。付け込もうとする国がいてもおかしくない。
メリットはあるが、デメリットの方が少々多いか……?さて、どうするか。
「うーむ」
「ギル殿の迷いも頷けます。そこでルカ様と相談したのですが、未来の友好な隣国として魔法都市へ支援を考えておりまして」
支援、だと?この俺を舐めていやがるな?支援なんぞなくとも、魔法都市は完成するはずだ。
「うむ。聞けば、資金不足は否めないと。ならば、法国が魔法都市へ支援、投資としていくらか出――」
「そういうことならば良いだろう!!」
「「……」」
しまった。好条件過ぎて食い気味の即答を……。でも、仕方ないんだ。将来的には稼ぐ都市だとわかっていても、今現在は金がないのだから。
「そ、そうか。金で釣られたとしたら少々悲しくなるが、ギルの国と友好関係なら嬉しい」
「まあ、こちらとしても法国が魔法都市を国だと認めてくれるのは助かるんだ。だから、支援云々がなくとも同盟は承諾したさ」
いずれ訪れる問題だ。前もって一手打てたことになるな。
「そ、そ、それに、だ。個人としては、その、ギルとも友人になりたいのだ」
手をモジモジしながら、ボソボソとルカが話す。
友人?俺、結構ルカに厳しかったと思うのだが……。あ、兄のように思えたのかな?
「ルカ。一緒に冒険した仲じゃないか。既に友人だろ?それに俺の仲間たちともだ」
「!そう言ってくれると嬉しい!」
ルカは満面の笑顔でそう答えた。
ルカの笑顔を初めて見た。今だけだとしても、笑顔に出来たことは良いことなのだろう。
「ルカ様、本当に良かったですね。友人であれば相談も「タダ」でできますよ」
しまった……。嵌められた。
「クレスト、やるじゃないか」
「ふふ、ありがとうございます。さてギル殿、それでは同盟の細かい話をしましょう」
「ああ」
それから不機嫌になりながらも、新しい友人になるための話し合いをしたのだった。
同盟の話ともなると数時間で決めるわけにはいかず、次の日も時間を作って話し合いをした。
大体の事は話し終わり、同盟の条件も決まった。
細かいことを省き、大まかに言えば助け合うこと。
まあ、地球でもそうだが、戦争が起きたら一緒に戦ってほしいということだ。
もう一つは、魔法都市内では布教しないということ。
宗教だけではなく、政治の一切を持ち込ませない。これは法国だけの話ではなく、全ての国にさせるつもりはない。
この件については、魔法都市に戻り次第、居残り組の仲間やスパールら賢人とも詳しく話さねばならないな。
話し合いも終わり、残りは自由時間だ。城を自由に見て回っても良いと許してもらったので、ぶらぶらと歩いている。
「法国に戻ることを渋っていはいたが、来たら来たであっという間だったな」
まあ、元々俺たちがやることなんて無かったしな。ルカの客が動き回っていたら、それこそおかしいしな。
考えてみれば、あてがわれた部屋と謁見の間の往復しかしたことがない。それに気が付き、城の中を見て回ることにしたのだ。
そういえば、城に戻ってきてからエルや半魔たちと全然会ってないな。少し見て回るか。
ある広間の前を通りかかると、扉の奥が騒がしかった。
なんだ?喧嘩でもしてんのか?
扉を少しだけ開けて、中を覗いてみる。
この広間は食堂だった。
鎧を着たままの騎士や、休みであろう私服の兵士が食事を楽しんでいる。
だが、様子がおかしい。何がおかしいって、一箇所のテーブルに異常な程皿が積み上げられているのだ。そして、その周りに人が集まっていた。
「す、すげぇ!この嬢ちゃん、まだ食うぞ!」
「ば、馬鹿な!隊長の記録を抜いただと?!」
「嬢ちゃん、まだ食うだろ?これも上手いから食え!もちろん、この皿は俺の奢りだ!」
「俺の娘もこれだけ食べてくれたらいいのに」
「バカ言え!死ぬぞ!」
「がはははは!」
兵士たちに囲まれながら、幸せそうな顔でモッチャモッチャと食事を楽しむ少女がそこにいた。
エルだった。
……見なかったことにしよう。
人見知りのエルも大分慣れてきたなぁ。俺が居なくても楽しんでるようだし、声は掛けなくていいか。なんか、面倒だし。
それにしても、亜人排斥意識が強いこの国で、あそこまで気を許されるのはエルの裏表のない性格があってこそだろう。それにあの食べっぷりも好印象だ。
エルの居場所はこの国にはないかもしれないと思っていたが、杞憂で良かった。あれなら自由にさせてても大丈夫だろう。
さっさと扉を閉めようとするが、あるものが食堂の端にあることに気がついて驚愕した。
それは鎧だった。
いや、ティリフスだ。
あいつこんなところで何やってやがる!!恐らく、エルが引きずって来たのだろうが、こんな人目につくところじゃなくてもいいだろうに。
いや、周りには鎧を着た騎士もいるから、ある意味カモフラージュとしてはいいのか?なんだか、普通に騎士たちと会話しているし。
………やはり、見なかったことにしておこう。面倒なことはルカとクレストに任せるのが一番だ。
そして、俺は扉をそっと閉じる。
さて、次はどこ行こうか。
地下へ下りてきた。
普段は城の備蓄やらを置いている倉庫でそれなりの広さがある部屋だが、今ここは立ち入りを制限されている。
現在ここは半魔たちを匿う場所になっているからだ。
俺は彼らに会いに来たのだ。
俺の姿をいち早く見つけたのは、ティアの弟であるティムだった。
「あ、ギルさん!」
ティムとは何度か話をした。凄く頭が良く、とてもいい子だ。姉のティアと同じく容姿が良い。半魔になっていなかったら、女性に誘われまくっただろうな。
最初はビクビクしていたが、最近は慣れてきたのか俺とも普通に話せるようになった。
「おう、ティム。元気か?」
「はい、あ、姉さんに用ですね?呼んで来ます!」
用があるわけではないんだが。まあ、いっか。
それほど広い部屋ではないから、ティアはすぐにやってきた。
「ギル様、お待たせ致しました」
「いや、全然待ってないよ。それよりもこんな窮屈な思いをさせて済まないな」
半魔たちはこの大きな広間にテントを張って寝泊まりしている。元々、自分たちの城なのに、今では備蓄庫でテント暮らしなのだから、辛い思いをしているはずだ。
「そんなことはないです。雪がなく、温かいところで眠れるのですから、感謝しております」
そうなのだろうか?
見渡してみると、穏やかな表情で会話を楽しむ半魔たちがいた。俺が見ていることに気がついた者は、目が合うと会釈までしてくれる。
「感謝なんてされる覚えがない。それどころか、結局はこの法国から追い出すことになる」
「ギル様、私たちは既に死んでいるのです。ですから、新しい自分として生きていくことを決めました。追い出されるわけではないのです」
「そうか、覚悟できたならいい。それにお前たちの新天地は、きっと良い場所になるはずだ。俺はそういう国を作る。だから、お前たちも協力してくれ」
「喜んで」
そう答えるティアは、笑顔だった。
彼女たちを魔法都市に迎えることを決めたのは俺だ。出来る限り、この笑顔を守りたいと思う。
「期待しているよ。さて、いよいよ明日の夜、法国を出るぞ。長い旅になるから今日はゆっくり休めよ?」
「はい」
「よし。じゃあ、他の奴らに挨拶したら、俺は戻るよ」
「はい。ギル様こそ、ゆっくりお休みください」
「ああ」
そして、俺は半魔たちひとりひとりと会話し、終わる頃には夜になっていた。
今回の旅は辛いことが多かった。だが、ようやく明日帰る事ができる。戻ったら、しばらくはゆっくりと出来ればいいな。
そんなことを考えながら、法国滞在最後の夜を過ごすのだった。
13部1章構成とはなんだったのか……。
難産というのもありますが、書かなければいけないことを詰め込んだらこんなことに。
二部構成ではなく、三部構成にするべきだったかもしれない。
さて、ようやく法国編が終わりした。
次の章は地味なお話になりますが、読んでいただければ嬉しいです。
たくさんのブックマークや評価、ありがとうございました。
ゆっくりではありますが、しっかり更新していきます!