ヒーロー
ピンチに現れるヒーローのような声に、この場にいた全ての人間がそちらを振り向いた。
そいつはかなり遠くにいた。
オーセブルク方面の道からゆっくりと歩いてくる。
前のあいた、袖を通さないタイプの大きめのローブ。そのマントのようなローブには黒い翼の女神が描かれている。
そのマントを靡かせながらゆっくりゆっくりこちらに向かってくる。
ただ、その歩き方が、やっぱり変だ。
普通の人であれば歩く時上半身はほぼ正面を向いているが、こいつの上半身は踏み込んだ足側を向いている。つまり、肩を内側に入れながら歩いているのだ。
その異様な歩法を見た三騎士が戸惑っている。
「お、おい。あれって……」
「あぁ。あの執行者の弟子である、女神の闇だ」
「そうだ、あの黒い翼の女神がその印だ。なんて威圧的な歩法なんだ」
ちがう、そうじゃない。威圧的な歩法ではなく、変態的な歩法だ。
いや、待て。まだあるぞ。ツッコミは後にしよう。
段々と近づいてくる。顔がはっきりと視えてきて、何かを口ずさんでいるのがわかる。
まだ距離があり小さい声だが、どうやら歌っているみたいだ。
ちっちぇ声に全員が耳を傾ける。
「友のピンチに颯爽と登場♪ 正々堂々戦えない敵を排除♪ そのヒーロー名はアーサーだじょー♪」
……ラップ?
その歌詞を聞いた者たちがどよめく。
「不思議な詩だ」
「そうだな。しかし、なんて正義感溢れる詩なんだ」
「あれが女神の闇、アーサーか」
この三騎士も良い奴らだよな。一々、反応してくれんだから。
そして、ようやく俺の目の前まで辿り着く。
その時間、登場から5分。おせぇんだよ、歩くのが。
ズザァという音とともに聖王を指差しポージングをとる。
「魔物を仕掛けて人を襲う下劣な盗賊を僕は許さん!!」
自分の上司と忠誠を誓うべき王を盗賊呼ばわり。
……よーしよしよし、そろそろ良いな?ひとつひとつツッコんでいこうか。
まず、だ。歩き方な?
俺そんな歩き方するやつは、ハリウッド俳優か、洋楽のPVでぐらいしか見たことないよ。かっこよさを意識しすぎて逆にかっこ悪くなったし、そのせいで歩くのが凄い遅くなってんじゃねぇか。減点2。
そして、歌な?
韻を踏むってそういうことじゃない。いや、韻は踏んでいたけど、勘違いしていたから最後の方の語尾が『ハタ坊』みたいになってんじゃねぇか。
この場合、韻は「O」で「JO」じゃない。減点5。
最後に姿。
遠くから見た時は普通だったが、近くで見るとボロボロだ。
裾が酷く汚れていて、襟辺りが濡れている。よく見ると顔や手も汚れていた。
そこでクレストの言葉が蘇る。「彼を呼び戻したのですが、結局間に合いませんでした。いったい何をやっているのでしょう」という言葉を。
襟が濡れているのは汗だろう。おそらく、オーセブルクから徒歩、もしくは走ってきたのだろう。裾や顔が汚れているのもそのせいだ。
……馬使えよ。減点3。
以上、10点持ちで、減点10。残点なし。最悪だ。
この場にいる殆どの人が驚いていた。驚いていないのは俺と聖王ぐらいだ。
聖王はブレスを吐いた時からニヤけた顔のままだ。
すげぇな。王になると馬鹿を見ても驚かないんだな。俺?俺は呆れてる。
アーサーが俺をチラチラ見てるし。
「待たせたな!」
本当にね。クレストの予定では陥没穴を攻略しているぐらいに来る予定だったんだから、こんな感想もでてきますわ。
「ま、まさか!何故女神の闇が神敵を助けるのだ!」
「いや、考えても見ろ。彼は知らないのだ」
「その通りだ。だが、あの女神の闇を我々に抑えることができるのか?」
また三騎士の良いリアクションだ。あまり反応しない方がいいと思う。嬉しくて、アーサーの顔がニヤけているから。
アーサーも緩んだ気持ちではマズイと思ったのか、ニヤケ顔をやめて真面目な顔を作ると俺に状況を確認してきた。
「ギル君!状況を知りたい!あれが敵だね?!」
「え?あぁ、そ――」
「わかった!!」
めっちゃ食い気味だな。それに状況の確認をほぼほぼしてないぞ。
だが、その馬鹿さ加減とは裏腹に、アーサーの動きは凄まじいものがあった。
俺の目の前から言葉通りに一瞬で消えると、次の瞬間には三騎士を倒していた。
この動きを見えた者はいないだろう。俺でさえ、アーサーが攻撃をし終わった後の一瞬の硬直しか見えなかったぐらいだ。
アーサーは盾役の騎士を始めに倒した。右手で盾をどけ、こめかみを狙った左上段蹴り。兜が吹っ飛ぶぐらいの威力だったが、死んでないよな?
次の騎士には前蹴りによる金的。泡を吹いて失神した。死んではないようだが、アレは使い物にならないだろう。ナニがとは言わないが。
最後は心臓目掛けて、鎧の上から正拳突き。これが一番凄かった。なんせ鎧がベッコベコにへこんでいるぐらいだ。胸を殴られて崩れ落ちたのだから、かなりの衝撃だったはずだ。あれは死んでいるかもしれん。
これが俺の見えた全てだった。
倒れた三騎士を見下ろしていたアーサーは、俺の方に振り返るとドヤ顔し、手をさっと挙げた。
どうだ見たか、と言いたいのだろうが挙げた手の、親指以外の全部が曲がっては行けない方向に曲がっているのはご愛嬌。
「……いやいや、折れてますやん!」
しまった。つい口に出してツッコんでしまった。この二日間ティリフスと話していたせいか、関西弁っぽいツッコミだったし。
あんまり声や表情に出すと、一ネタやりかねないから今まで小さなリアクションすらしなかったのに。
「ギル君!」
ほら来た。
「ポーションをくれないか?!」
一ネタやれよ。
またもや一瞬で俺の下まで移動して来て、俺からポーションを受け取りグニャグニャになった指に使った。
「で?僕はどうすればいい?ヤバい状況なんでしょ?」
っていうか、すげぇ速度で動くな。俺と戦った時も速かったが今は段違いだ。
いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。
基本馬鹿で、一ネタ入れたがるアホだが、これは非常に助かる。
これを逃したらもうチャンスはない。
「悪いけど、こいつらの相手を俺の仲間二人としてくれるか?」
俺はそう言いながらホーライとディーナに目をやる。
「あの魔物はいいのかぃ?」
アーサーが聖王に顎をしゃくる。
王を顎で……。
「アレは俺が殺りたい」
説明するのが面倒臭いからこう答えた。
「だが…………………、断る!!」
あ、ここで一ネタ入れてきた。それも有名過ぎて使い古されたヤツを。
「言いたいだけだろ。そして溜め過ぎ。じゃ、よろしくな」
「あ、はい」
アーサーを冷たくあしらってから、俺はすぐに行動を起こす。
なんせチャンスは今この時しかない。決して、アーサーの相手をするのが面倒くさくなったわけではない。
「リディア!エル!!」
「はい!」
「あいっ!」
俺は二人を呼びながら二人の方向へ走り出す。二人も俺の意図を読み、俺に向かって来る。
ホーライや聖王は止めようとしない。ただ眺めているのは、余裕の表れか、それともアーサーの登場に呆然としているのか。まぁ、前者だろうけど。
間抜け共で助かるわ。
「リディア、エル、馬鹿と一緒にホーライを抑えてくれ。それとこれ!」
俺はリディアとすれ違う瞬間に俺の刀をリディアに手渡す。
これでリディアはまだ戦える。
リディアたちと交代した俺は、聖王の前に立っていた。
聖王はニヤけた口元をまたさらに歪めると。くぐもった声で話しだした。
「ようやく話せたな。小僧」
ワニのような口のせいで上手く話せないのか。くぐもってしまうのも、人間の言葉を話すのに向いていない口を工夫して話しているせいだろう。
この世界に来てから見た目は若くなっているが、子供扱いをあまりされたことがないな。元の年齢でもおそらく聖王の方が年上だろうけど、こうも直接的に言われると新鮮だ。いや、俺も一応幼少期はあったのだから、久しぶりというのが正しいか。
「そうだな。声も姿もわからないままだったから、知ることが出来て嬉しいよ」
普段であれば、戦闘中に話しかけてくる奴には付き合わずに無視して攻撃するが、今回は話してもいいだろう。
「ふははは!随分と冷静ではないか。戦いも見ておったが、中々やるではないか。お前の仲間も良く動くしな。正直、驚いたわ」
その割には表情に余裕があるな。
「俺も驚いたよ。まさか、王が魔物と合体していたとはなぁ。研究の成果か?」
「ほぉ!わかるか!700年前から余が始めたのだ。まだ研究途中だが、素晴らしいだろう?」
700年?!そりゃあ、俺なんて子供と同じだろうな。というか、人体実験をされたのではなく、自分で人体改造をしたのか。
陥没穴の半魔たち以外にも、強制的に実験してきたのだろうな。そう考えると……。
「あぁ、ホント、反吐がでるよ」
「ふはははは!言うではないか!だが、許そう。どの道、お前たちは死ぬのだからな」
自分が負けるとは微塵も思っていないな。確かにエルの武器であるクロスボウの貫通力でさえ、聖王の鱗に弾かれているのだから、俺でもかなり厳しいだろう。
唯一、電磁加速砲ならば鱗の防御力を無視して貫けるとは思うが、発射するまでに時間がかかりすぎる。
金属製の丈夫な槍が今回もあれば、アラクネ戦と同じく時間短縮出来るが、今は用意していない。金属精製から始めるのは、隙がでかくて自殺行為だ。
別の方法で戦うしかないが、魔法は効くのだろうか?まあ、色々試してみるしかないか。
「おぉ、向こうは既に始めておるぞ!」
俺が考え込んでいる間、聖王は楽しそうにアーサーたちの戦いを見ていた。
しかし、こいつは色々と興味津々だな。まあ、一日中簾の中でじっとしていれば、外で見ること全てが楽しいか。
それにしても、聖王は向こうの戦いを見物していて戦闘を始めそうにない。俺も向こうが気になるから少しリディアとエルの様子を見てみよう。
俺が見ると、リディアがディーナに向けて刀を振り上げているところだった。
ディーナは当然それに反応し盾を構える。が、そのタイミングでエルが盾の隙間を狙い撃つ。
それに対しディーナは、刀ではなくボルトを盾で防ぎ、リディアの攻撃は剣で受け止めようとする。
良い判断だ。だが、リディアはそんな直線的な動きはしないよ。
俺の考え通り、リディアの上段からの振り下ろしはフェイントだった。
刀を振り下ろさず、リディアの背後に回り込むように回転しながらディーナの背中に斬りつけようと刀を横に薙ぐ。
ディーナが苛立ったような表情をしながら前に飛び退く。
ローリングしてリディアの攻撃をギリギリ躱したのだ。が、そこへエルの射撃。
ディーナは慌てながら立ち膝をつくと、盾でボルトを防ぐ。
どうやらリディアの戦いは、エルの援護もあり優位のようだ。
アーサーはというと、一人でホーライの相手をしていた。
猛スピードでホーライとの距離を詰め、接近戦に持ち込もうと試みる。
しかし、突然地面からせり上がる石の壁にぶち当たってすっ転ぶのを繰り返していた。
そう言えば、アーサーにホーライのマジックアイテムのこと話してなかったな。ま、いっか。
生まれたての子鹿のような足で、プルプルと立ち上がると鼻辺りを腕で拭い、また別の方向から突っ込んでいく。
……鼻血が出たんだね。防御魔法だけでアーサーを倒せるんじゃないかな?やるな、ホーライ。
だが、実はそれにも意味がある。
ホーライの魔力総量がどれほどかは知らないが、あのままマジックアイテムの能力を使い続ければ、そのうち枯渇するだろう。
マジックアイテムはその便利な能力と引き換えに、大量の魔力を消費する。俺もリッチから手に入れた、エリーの形見であるマジックアイテムを試しに使ってみたときには驚いたものだ。
そして、アーサーの無意味な特攻にはもう一つ意味がある。
それはディーナの援護をさせないことだ。
ホーライの戦い方はディーナを盾にすることではなく、武器として戦う戦法のようだ。ディーナが危険な時に防御魔法で援護したり、敵の隙を作るために攻撃魔法を使ったりするのだろう。
アーサーにかかりっきりの状態では、ディーナを援護することはできない。
その上、ディーナは数的に不利だ。防御に集中するしかない。
いくら英雄クラスだとしても、二人一組の英雄なら離してしまえばいいのだ。
リディアとエルだけでも十分戦えると思ったが、アーサーが来たおかげで負けはないだろう。
うん、問題ないな。
「おぉ!これは厳しいではないか、なぁ?小僧?」
聖王の声で俺も観戦をやめる。
聖王は明るい声だったが、空気が重くなった。これは殺意だ。
「あちらを助けに行かねば敗北は濃厚。そうとなれば……、そろそろお前には死んでもらうとしよう」
今まで感じたことがない殺意が辺りに漂うと、聖王は一歩を踏み出した。
こちらも戦闘開始だ。