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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
107/286

ピンチ

 馬車に乗ってホーライと共に来た人物の予想はついていた。

 やはりというべきか、その人物はエステル法国の王であり、エステル教の信仰対象でもある人物、聖王だった。

 予想していただけあり、驚きは少なかったし都合が良いとも思った。なぜなら、ホーライさえ倒すことができれば、残る敵を倒すのに苦戦するとは思わなかったし、最終的には暗殺しなければならない標的が目の前にいるのだから、喜びもする。

 だが、その姿を見た時に都合がいいという考えはなくなっていた。いや、むしろ不味いと思った。

 聖王の前情報は一切ない。

 これは俺だけではなく、おそらく誰も知らない。

 エステル法国の王、信仰対象なんていうものは、畢竟、誰でも知り得る情報であり、極端なことを言えば第三者から見た思い込みなのだ。

 いや、実際その通りで事実だが、何故その事実のみの情報だけしか知らないのかというのが問題だった。

 御簾の中にいて、姿も声も一部の人間のみしか知ることが許されないということは、地球でも似たような話がある。だが、何らかの情報が漏れることがあるはずなのだ。いや、あるべきだ。

 どういう性格か、最低でも性別ぐらいの情報が出回っていてもおかしくない。

 それなのに一切の情報がないのだ。

 だとすればそれは、理由があって隠していたのに他ならない。

 ホーライのインパクトが強すぎたせいという言い訳もあるが、それでも聖王の情報が一切ないことに違和感を抱くべきだった。

 そうであれば、今現在こんなに不味いと思うこともなかっただろうに。

 目の前に現れた聖王の姿は、まさしく魔物そのものだった。

 この異世界の誰もが魔物だと思うだろう。しかし、陥没穴の真実を知っている俺としては、その姿が人間と魔物をかけ合わせた半魔だとすぐに理解した。

 既に自分で人体実験をしていたのだ。

 だが、問題はそこではない。その強さが問題なのだ。

 人の思考能力があり、魔物の強さと特有の能力を持っている。半魔と戦ったことがある俺が一番その厄介さを知っている。

 そして、目の前にいる聖王の自信と威圧感。そこから感じるのは、今まで戦った半魔たち以上の強さである予感。

 陥没穴の最下層で戦ったアラクネには、現在俺が持っている魔法の中で最高のもので勝つことが出来たのだ。

 もし、聖王がアラクネ以上の強さで戦うならば、リディアとエルでは厳しいかもしれない。二人の実力での問題ではなく、相性の問題で不利なのだ。

 それが何より問題で、俺が不味いと思っていることなのだ。

 リディアとエルが、聖王や三人の聖騎士と戦いを繰り広げた場合、俺は今助けに入ることが出来ないのだ。

 アラクネ以上の強さを持った可能性がある半魔に加え、聖騎士三人と戦闘をし、果たしてリディアとエルは耐えることができるのか。

 負けるだけだったらまだいいのだ。死ぬ可能性だって、十分あり得る。

 リディアとエルが負ければ、俺の負けも確定する。ホーライとディーナに加え、更に聖王まで相手にしなければならないのだから、負けは濃厚だろう。

 奇跡的に俺がこいつらを皆殺しに出来たとしても、もし俺の仲間が一人でも死んでいたなら、それもまた負けだ。

 今すぐ撤退も視野に入れなければならないが……。


 「ほぉ、目当ての()がいるではないか!」


 聖王の視線の先には俺たちの馬車。いや、荷台に乗っているティリフスを見ている。

 俺が撤退を考えたくても出来ない理由だ。

 俺とリディア、エルが急いで馬車に乗り、馬車を走らせる。そんなことをしていれば、すぐに追いつかれ馬を潰されてしまう。

 その上、馬よりも速い騎乗動物を相手は持っているのだ。逃げるのは現実的ではない。

 とすれば、違う方法を考えなければならない。

 一応、一つだけ方法はある。

 なんとかして、俺が聖王らの相手をする。リディアとエルだったら、ホーライとディーナに勝てる可能性があるし、俺ならもしかしたら聖王に勝てるかもしれない。

 つまり、すぐに俺と戦闘中であるホーライとディーナの側から離れ、代わりにホーライたちの相手をするようにリディアとエルに指示し、聖王たちが俺と戦うように仕向ける必要があるということだ。

 こんなのは現実的ではない。しかし、やらなければならない。それもすぐに。

 だけど……。


 「ふむ、理解した!此奴等を始末すれば全て解決よな?ホーライ!ならば、余も手伝おうではないか!」


 聖王がやる気なのだ。

 いったい何を理解したのか……。どうして一国の王自ら戦おうという考えに至ったんだ?ホーライはホーライでただ頷いているだけだ。とめろよ。

 すぐにでも戦闘を開始しそうな雰囲気だ。

 となると、流れ的に聖王の相手はリディアとエルになってしまう。ならば、俺が先に行動を起こすべきか?

 だが、行動を起こすことはできなかった。

 何かを感じたホーライが、いつの間にか準備を済ませていた魔法を俺に放ち、不意打ちをしたのだ。

 足元からボコッという音がした後、石の杭が地面から何本も飛び出す。

 石の杭は俺から2m程離れた場所から囲むように突き出て、俺を串刺しにしようとしていた。

 俺は心の中で悪態をつくと、回避行動をとる。

 周囲を囲み逃げ場をなくすように突き出てくる石の杭に、一箇所だけ人が一人通れる隙間を見つけたのだ。

 だけど、その方向へ回避するのは罠だ。

 魔法での防御は俺の発動速度がいくら速くとも確実に間に合わず、物理的な防御も四方八方から迫る石杭をすべて防ぐことは出来ない。逃げ一択しかない。

 その状況下で、目の前にある唯一の逃げ道。罠以外の何者でもない。

 が、怪しくてもそこへ飛び込むしかなかった。

 杭と杭の隙間をすり抜けるように回避。今、俺が居た場所を石の杭が互いに交差した。

 なんとかホーライの魔法は無傷で避ける事ができた。

 問題はこの後だ。逃げる方向がわかっていれば、追い打ちは容易。

 が、追い打ちは無かった。

 いや、目の前にディーナが立っていたが、追撃をされなかったというのが正しい。もしされていれば、追い詰められたのは間違いない。

 ディーナは聖王を見て呆然としたままだった。


 「騎士長!!何をやっている!!」


 やはりと言うべきか、ホーライはディーナに追い打ちさせる気だったのだ。

 ホーライの怒声に、ディーナはビクッと驚くと慌てて周りを見渡し状況を確認した。

 俺はそんなディーナを無視して、ホーライに直接攻撃をするために走って近づき刀を振り上げた。

 だが、ホーライの杖の先端にある宝石が輝くと目の前に石壁が出現した。

 その杖がマジックアイテムか。マジで厄介だ。

 刀を振り下ろすのを中止し、壁を回り込むように再び走る。

 だが、そこで我に返ったディーナが俺に追いつく。同時に俺への突き攻撃。

 俺がディーナの突きを避けると、ホーライはまた距離を取るべくディーナの後ろへと逃げていった。

 クソっ!また仕切り直しかよ!

 攻めを間違えたな。こんなに苦戦するぐらいなら最初から『焦土砂降』などの避けられない魔法を発動するべきだった。が、嬉しい誤算もある。

 ディーナが半魔のことを知らないことだ。

 今俺が何かを言って、それで寝返るとは思えないが、心を乱すことは出来るだろう。

 俺はボソリとディーナに聞こえる音量で呟く。


 「ディーナ、こっちには偽物の聖王ではなく、正式な聖王の後継者がいるぞ……」


 荒唐無稽な言葉。それでもディーナの心は揺らぐだろう。

 実際目を見開いた後、目に見えて挙動不審になる。ただ、さすがなのはそれは一瞬だった。

 ディーナは何も話さず、戦闘を継続するべく盾を構え直す。

 迷ってはいるが、考えるのは後にしようと思ったのだろう。優秀な人間だ。

 さて、どうすっかなぁ。こっちはまた睨み合いになりそうかな?

 俺は視線をリディアとエルに移す。

 最悪なことに、あちらも戦闘を開始していた。



 リディアとエルの実力は、三人の騎士を圧倒していた。

 三騎士の一人は大盾を持った盾役で、攻撃を受けている間に残りの二人が攻撃をするというスタンダードなものだった。

 一方、リディアとエルも、リディアが近接で引きつけ、エルが遠距離で隙を狙う。こちらも基本中の基本だが、リディアが三人の攻撃をたった一本の刀だけで捌き、エルが急所を確実に狙う射撃。

 リディアは涼しい顔で三騎士の攻撃を捌き、隙を見つけて反撃までしている。そこへエルの射撃だ。三騎士も急な射撃で防御をしなければならず、連携を乱されてやりにくそうだ。

 このまま順調なら、いずれリディアとエルの勝利で決着だ。が、そこで邪魔が入る。

 聖王の高威力の一撃。

 三騎士の頭を悠々に飛び越え、その高さからの落下攻撃。

 ただ踏みつけているだけだが、爆発したような音が響き、大地は抉れ、砂煙が舞い上がる。

 リディアはそれをギリギリで避けるが、もし巻き込まれていたらと思うとゾッとする。怪我なんて易しいことではなく、一撃で戦闘不能だろう。骨が粉々になるか、内臓破裂か、ともかく死がちらつく。

 間違いなくリディアは、聖王の攻撃に全神経を集中しているだろう。

 そんな感じで、聖王の攻撃でリズムを崩され攻めきれていなかった。

 エルも危機感を感じたのか、聖王に狙いを変えて射撃するが、聖王が腕で防ぐ。その腕も傷一つない。

 恐らく、腕の鱗が異常に硬いのだろう。つまり、現在のエルの火力では聖王を倒すことが出来ないのだ。

 負けはしないが、勝てもしないといったところだろう。

 しかし、聖王はまだ遊んでいるだけに見える。そこが怖い。

 そして、その予感は正しかった。


 「どけ」


 聖王の一言で三騎士が道を開ける。

 聖王がニヤリと笑った後、その歪んだ口の端から炎が漏れる。

 ブレスか!やべぇ、今リディアにはブレスを防ぐ手段がない!

 俺は急いで魔法陣を構築。全力の魔力を流す。

 聖王とリディアの間に分厚い石の壁が出現。と同時に聖王がブレスを吐いた。

 その威力は凄まじく、石壁の表面がドロリと溶けていた。

 岩が溶けるというのは、つまり1000℃以上。その上、圧力が加えなければならない。あのブレスにはそれだけの威力があるのだ。

 俺が魔法で援護しなければ、そこで焼き尽くされて終わっていただろう。

 聖王がチラリと俺を視たのを感じる。

 俺がやったとわかったのだろう。ブレスを止め、口元を更に歪めるとひとつ頷く。

 なんだ?なにかする気か?

 聖王が壁に向かって走りだし、拳を振りかぶると壁に叩きつけた。

 厚さ1m近くある壁に、拳がめり込んだと思ったら、そこを中心に罅が広がっていき壁が砕け散ったのだ。

 マジか……。

 聖王はそのまま進み、壁の近くにいたリディアにその拳をもう一度振り上げた。

 もう俺の魔法は間に合わない!

 聖王の拳が振り下ろされリディアに向かっていく。

 しかし、リディアはそれを防いだ。

 俺の祈りが通じたのか、リディアの成長なのか、油断せずに追撃に備えていたのだ。

 バックステップしながら刀で受け止める。

 横に避ければ刀で受け止める必要はなかった。だが、その後聖王が更に追撃する確率が高い。そうなれば、次の攻撃は至近距離で受けなければならないのだから、リディアの判断は正しい。

 ただ、聖王のリーチが長すぎて、刀で受けなければならなかったのが、リディアにとっても計算違いだったはずだ。

 結果、刀が折れた。

 リディアの唯一の武器がなくなってしまったのだ。

 刀は決して低品質だったわけではない。ここ最近の連戦で既に刀の刃が欠け、耐久度が落ちていたのが原因だろう。

 いや、聖王の一撃が刀を折るほどの威力を持っていたのかもしれないが、メンテナンスもしないままこの戦いになってしまったのは、要因のひとつだったはずだ。

 とにかく、もうリディアは戦えない。

 リディアも悲しそうに折れた刀を見ているし、相当落ち込んでいるだろう。

 これはかなり厳しい状況だ。早々に何かをしなければならない。

 手はある。しかし、隙がない。



 視線を戻せば、盾を構えながらジリジリと近づいてくるディーナ。その後ろにはホーライが魔法準備を始めている。

 いよいよ、詰みの目が出てきた。何か気を反らすことが出来る一手がほしい。

 何か一手。

 加速する思考でも、時間が足りない。

 聖王がリディアを追撃するために一歩踏み出し、ディーナも俺に攻撃を仕掛けるために腰を落とすのが視界に入る。

 その時。


 「まてぇえええええい!」


 遠くから、救世主(ばか)の叫び声が聞こえた。

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