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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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追手

 ホーライの朝は聖職者らしく早い。

 疑似太陽が昇る前には起床し着替えを済ませると、そのまま自室で聖王がいる方角に膝を付き祈りを捧げる。もちろん、城で寝起きをする司祭であれば全員がすることではあるが、他と違うのは祈る時間の長さだ。

 司祭らの祈りに費やす時間は、平均十数分程。しかし、ホーライはその三倍近い。

 数十分の祈りの後、ようやく食事だ。

 ホーライは大司祭であり、エステル法国の宰相の役目もある。朝食の後はその宰相としての仕事が始まる。

 それがホーライの毎日こなす仕事の流れであり、大司祭に上り詰めてからこの習慣が変わったことはない。

 しかし、この日は違っていた。

 朝の祈りの最中に慌ただしく扉が開かれたのだ。

 これは絶対に有り得ないことだ。祈りの最中というのもそうだが、ノックもされず自室の扉を開かれることなど、ホーライには経験がない。


 「ホーライ大司祭様!」


 聖王を除いて、この法国でホーライはトップである。その部屋に時間を気にせず、ノックもせずに入室すれば、それなりの罰を覚悟する必要がある。

 それはこの城にいる者であれば、誰でもわかることだろう。

 だが、ホーライはそれを問題にしようとは思えなかった。

 なぜなら、そういう行動をするということは緊急事態だということなのだから。

 ホーライは祈りの姿勢のまま、顔を少しだけ扉側へと向ける。


 「落ち着け。……何があった?」


 無礼な入室者は聖騎士だった。顔を真っ青にし、汗を大量に流している。


 「し、失礼しました。わ、わた、わたしは本日の城外の警備を任されていたのですが」


 どうやらこの騎士は城の周りを警備する聖騎士の一人だったようだ。だが、それが更にホーライの疑問を増やした。

 もし侵入者がいたのであれば見回りの兵ではなく城内か城門の兵が、それ以上の緊急事態、聖王に関わることであれば近衛兵がホーライを呼びに来るからだ。

 見回りの兵士は、ギルの件があってから念の為に増やした警備である。だが、あくまでも念の為だ。

 そんな予備の警備が自分を呼びに来る理由が思いつかなかったのだ。

 しかし、次の言葉でホーライが祈る姿勢を解き、飛び上がる勢いで驚くことになる。


 「め、女神様の塔に穴が!!」



 人払いをした謁見の間にホーライはいた。もちろん、御簾の向こうには聖王も。


 「ふはは!やってくれるわ、あの小僧。まさか、2日で女神を拐うとはの」


 「笑い事ではありません、聖王様」


 兵士の報告を聞いたホーライは、大急ぎで女神の部屋へと向かい状況を確認した。そして、ギルの犯行だと悟ったのだ。


 「だがな、どうやって拐ったのかも、それどころかいつ拐われたのかもわからないのであれば、笑うしかないではないか。ふはは」


 呵々大笑する聖王に対し、ホーライは苦笑いを浮かべる。

 聖王の言葉通り、ホーライが現場を見た時はいつどうやって誘拐したのかも判明しなかった。だが、誰がやったのかは予想できた。


 「どのように女神を拐ったのかはわかりませんが、先程、あの小僧を監視していた者から報告がありまして、大体どのくらいに犯行に及んだかというのはわかりました」


 「それはどうでもいいことだな」


 「……確かに。これからどうするかですな」


 「しかし、この国から出たらすぐに襲撃させなかったのは失敗だな、ホーライよ」


 「言い訳ではないのですが、監視している者は何も知りませんので……」


 ギルを監視している者たちは、何故監視しているのかを知らされていない。いや、正確には知られては困るからだが。

 もし、襲撃をするのであれば法国とは全く関係のない裏の人間を雇うか、聖王直属の兵にと考えていたからだが、それが裏目に出たのだ。

 すぐに襲撃しなかったのもそれが理由だ。だが、理由は他にもある。


 「昨晩か。馬では追いつくのに時間がかかるな」


 「は、ですが予定通り騎竜であれば……」


 すぐに襲撃しなかった他の理由。それはエステルの街から離れた場所の方が都合が良いのと、馬より速い移動手段があるからだ。

 騎竜は馬と同じで、乗る竜である。法国が連絡手段で使っている竜の亜種だ。

 竜とはいえ、産まれた時から人に慣らせて危険が少なく、騎乗可能な魔物でありながら戦闘能力すらある。そして、なにより速い。


 「誰を向かわせるつもりだ?」


 ホーライは聖王の質問にすぐ返答せず、顎に手をやり数秒考えて口を開く。


 「ディーナ騎士長と私、それに近衛数人を連れて行きます」


 「ほう!それは随分と念の入った事だな。だが、騎士長を連れて行っても良いのか?まだ、何も知らないのだろう?」


 「そろそろ知っても良い頃かと。受け入れられないのであれば、あの少年と刺し違えてもらうことにしましょう」


 女神が精霊だということを知っているのは極僅かだ。その中に騎士長は含まれていない。それが例え、勇者級の強さの持ち主だとしても。

 騎士長ディーナはホーライの剣として存在し、二人で英雄だ。しかし、所詮は剣、ただの道具でホーライの部下というだけだった。

 その強さで騎士長まで上り詰めたが、女神の真実まで知らされることはない。どんなに優秀でも、その真実を知って信仰を失う可能性があるからだ。ならば、知らない方が良いと判断されるのは当然のことだった。

 それを今回の事件を期に知ってもらい、信仰を失わないかどうかを試す。それでもし、法国に尽くせないのであれば戦死してもらうのだ。

 ホーライにとっては、英雄の剣でもその程度だった。道具であれば、斬れなくなったら替えれば良いと。


 「どうせというのなら、余のことも知ってもらうか。あれだけの強さだ。新たな子を生んでもらうのも良い」


 「………御心のままに」


 しかし、それはホーライの考えであって、聖王の考えではない。

 真実を知り信仰を失った者を、子を生むためとはいえ少しの時間でも生きていてもらっては困るが、それが聖王の意思ならばホーライは従うまで。


 「ですが、………やはり、聖王様もご同行されるのですか?」


 「不満か?」


 「いえ、御心のままに」


 聖王が決めたことに否定することは許されない。ホーライの返事はこれしかないのだ。


 「良し。ならば仕度を急がせい。ふはははは!久々の見物だ。楽しみだのぉ!」


 謁見の間に響く笑い声を聞きながら、ホーライは頭を垂れるのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 俺は法国を出て二日後、後から追いかけてきたエルやクレストと合流していた。

 今は馬を休ませるために道から外れた場所に馬車を止めている。


 「中々追手が来ないですね。もしかしたら、もう追いつけないのでは……」


 リディアが馬に餌をやりながら俺を見る。


 「んー、そろそろだと思うんだけどな。エルたちと合流するために馬車をゆっくり走らせていたし、間違いなく追いつくだろうさ」


 「こっちを、見ているヒトたちは、そのままです?」


 エルがチラリと目を動かす。おそらく、その方向からこちらを様子を見ている者がいるのだろう。


 「ああ、俺たちの位置を知らせてもらう役目があるしな。あいつらが襲ってこないってことは、監視だけって命令されたんだろ」


 「ギル様の予想通りなら、監視がいなくなった頃に追手が来るのですよね?」


 「予想はな。あいつらが女神のことを知っているなら追手と共に攻撃してくるかもしれないけど……」


 だが、それはないと予想していた。こんなバレバレな監視をする奴らが精鋭のはずがない。精鋭でなければ、女神が精霊だと知らされることはないんじゃないかなというのが俺の考えだ。

 もちろん、あくまで予想なのだから油断はしないけど。

 そんな会話をしていると、フードを深く被った鎧が、ガシャガシャと音を立てて歩いてきた。俺たちの会話を聞いていたのか、話に加わってきた。


 「わざわざ追いつかせる意味あるのか?」


 「……ってゆーかさ、お前いつまでその話し方なんだよ」


 「何がだ」


 「いや、その話し方疲れるだろ。普通に話せよ」


 「くっ」


 ティリフスは悔しそうな声を出す。

 だけど、兜もフルフェイスだから表情は全くわからんな。


 「別にええやろ。うちは標準語も完璧やっちゅうねん」


 「いや、完璧じゃない。訛ってるから」


 「なんでや!どう聞いても、いや、そんなんええわ。それよりも、どうしてわざわざ追いつかせるん?」


 精霊弁が関西訛りだというのは、既に半魔を含めた全員にバレている。関西弁がどういうものかというのは説明していないが。

 半魔たちは、女神が中身のない鎧で訛った言葉を話す精霊だと知って驚いていた。それはそうだ。物心ついた時から、女神の話を聞かされてきたのだ。それがこんなのだと知ったら驚くだろう。

 ただ、クレストだけは精霊だと知った後も、毎朝ティリフスに祈りを捧げている。そのせいか、当の本人であるティリフスはクレストが苦手らしい。


 「何度も説明しただろ」


 「やっぱ、はよ行って、はよダンジョン潜った方がええんとちゃう?」


 ティリフスは俺の馬車に乗っていて、道中での会話で予定をある程度話していた。半魔たちを魔法都市に連れていくことも、その途中で追手として来ると予想しているホーライを倒すことも。

 しかし、理由や俺の考えを細かく教えたわけではない。だから、こんな提案をするのだろう。この際、ちゃんと説明しておくか。


 「急いで進んで、無事に全員ダンジョン内に潜伏できたとして、その後は考えているのか?」


 「後?」


 「魔法都市だって所詮は街だ。追手も普通に街に入れるんだぞ?そっちの方が厄介だろう」


 そう、四六時中護衛をしてやれるわけではない。だったら、多少危険でもここで追手を始末するべきなのだ。

 今なら追手の数もそんなに多くないはず。女神の正体を知る人間が少ないはずだからな。


 「まとめて倒すより、各個撃破の方が楽なんちゃう?」


 ティリフスが言いたいのは、ここで精鋭部隊を相手にするよりも、街に侵入してくる追手を少しずつ撃退した方が、安全ではないのかと言いたいのだろう。


 「その考えは間違ってない」


 「なら――」


 「だけど、駄目だ。問題は時間なんだよ」


 「ですね」


 馬の世話を終わらせたリディアが、俺とティリフスに近づいてくる。

 リディアはわかっているみたいだ。さすがだな。


 「時間?」


 「ギル様は相手に時間を与えるのが嫌なんですよ」


 「そう、時間を稼ぐことができれば俺たちも対策は練れるが、相手だって時間があれば数を用意できるんだよ――」


 今は追手の数が少ないが、時間を与えてしまえば増える可能性が出てくる。その上、いつ襲ってくるかもわからなくなるのだ。

 毎日命を狙われながらでは、そのうちこちらが疲弊してしまう。

 襲う側と守る側。有利なのは襲う方なのだ。襲う時間も場所も選び放題、逆に襲わないこともプレッシャーになる。

 先にこっちが疲れ切ってしまうのはわかりきったことだ。

 だが、今なら追手は数が少なく、まとめて始末できる。

 ティリフスは勘違いしているのだ。襲われる予想が出来るというのは、待ち伏せることが可能ということ。

 俺は守っているのではなく、攻めているのだ。


 「と、そういうことだ。わかったか?ポンコツ」


 「誰がポンコツやねん。御者が出来ないことぐらいありますやんかぁ」


 俺がどうしてこうも精霊であるティリフスに強く当たれるのかというと、この駄女神が馬車の運転すらできないという出来事があったからだ。

 半魔たちですら、元王族なのに御者が出来るのだ。なのに、千年生きているこの鎧は……。

 そりゃあ、若くして法国に捕まり、やりたいことも出来ないまま約千年閉じ込められたのだから、馬を操ることが出来ないのも納得できるし、同情もする。が、さすがに二日間ずっとカタカタという鎧の音を聞かされる俺の身にもなってほしい。

 少しは俺に有益な情報をくれ、というのが俺の心情だ。

 いや、御託を並べるのはやめよう。本音は尻が痛すぎるのだ。

 朝から晩まで硬い木に尻を乗せ、床ずれを我慢しながら馬を走らせているのに、御者を出来ない鎧は、何故かクッションの上に座っているのだ。嫌味ぐらい言いたくもなる。

 ただ、ティリフスも気兼ねない会話を楽しんでいるのか、俺の嫌味も上手く流している。意外と大物かもしれない。

 まあ、俺も本気で言っているわけでもないしな。


 「そういうことなら、仕方ないかぁ」


 「そういうことだ」


 「ですが、さすがに遅いですね。もしかしたら、逃げ込まれた方が都合が良いと気づいたのでは……」


 「そういう可能性もある。だけど――」


 「お兄ちゃん!」


 追っては来ると思う。そう言おうとする前に、エルが俺を呼びながら走ってきた。


 「どうした?」


 本当は聞くまでもない。わかっている。


 「監視がいなくなった、です!」


 そういうことだ。

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