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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
八章 神の国 下
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計画変更

 「それで女神様、いえ、その精霊様という怪しい人物の依頼を受けてきたのですか?」


 リディアが食べ物を飲み込み口元を上品に拭き終わると、ため息混じりにこんなことを言ってきた。

 ティリフスと話を終えた後、仲間の待っている宿へと帰ってきた。

 今は食事をしながら会話の内容を説明していたところだ。


 「すまない。話を聞いていたらほっとけなくなっちゃったんだ」


 「んく。1000年、何もない部屋です?」


 エルもリディアの真似して、口に含んだ食べ物を飲み込んだ後、口元を無雑作に拭いてから呟いた。

 エルちゃん、しっかり拭かないから口元に付いてたソースが耳元まで伸びちゃってるよ。


 「そう、真っ暗で鉄格子しかない部屋なんだ。陥没穴のあいつらを知っちまったからかもしれないけど、あの部屋で佇むアイツを見てたら、ちょっとな」


 エルの口元を俺のナプキンで拭いてあげる。エルは話に集中したいのか、または食事の続きをしたいのか煩わしそうにする。もう、この子ったらわがままなんだから。でも、そこが可愛い。


 「埃がさ、一部だけなかったんだ」


 「え?」


 「埃、です?ゴミの?」


 「うん。出入り口のない鉄格子の話はしただろ?つまり、鉄格子の向こう側の掃除はしてないんだよ。で、埃が山程積もっててさ。でもさ、細く長い窓の近くにはなかったんだよ」


 あの部屋のことを思い出しながら、その様子を二人に伝える。


 「外を見ることだけが、楽しみだったのでしょうか」


 「ああ、窓は指ぐらいの隙間しかないのにさ」


 「それは……、想像もできないほどの孤独でしょうね。1000年、その方はいったいどんな気持ちだったのでしょうか」


 「それに、からだもない、です。それは、寂しい」


 そう、悲しくて、寂しい。


 「まあ、そんなことを考えていたらさ、受けちまってたんだ」


 「そうですか。でしたら、仕方ないですね」


 「うん、助けたいです」


 この二人ならそう言ってくれると思ってた。

 エルは助けるということに拘っているし、リディアは優しいからな。ここにいない仲間たちもなんだかんだ言って賛成したはずだ。

 ああ、本当に良い仲間たちだ。


 「それで、どうするのですか?かなり難易度の高い依頼だと思いますが……」


 「んー、それは奴が来てから考えるとするか」


 そう答えてテーブルを見ると、いつの間にか料理がなくなっていたから、追加で注文を出す。


 「おばちゃーん、おかわりね。あ、後さ、悪いんだけど――」


 これから来る奴も街の料理は久しぶりだろうからな。

 そう思いながら、まだ到着しない人物を待つのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 兵士たちを謁見の間から出し扉を閉めると、ホーライは息を一つ吐き聖王がいる御簾へと近づいていく。


 「聖王様、今日の謁見は終わりました」


 「ふむ、ご苦労」


 何も話さずに中にいるだけというのも辛いはずだが、聖王はホーライを労う。

 その言葉にホーライは苦笑すると、腰を折って礼をした。


 「して、女神はどうだった?」


 聖王は徐に切り出す。

 それは聖王とホーライが気になる問題。女神とギルのことだ。


 「聞いておったのだろう?」


 「もちろんです。私の耳には、遠くで針を落としても間近で聞こえるものですから。それが壁の向こう側だろうとも」


 ホーライは我慢できないと言わんばかりに口元を歪める。


 「うむ。お前の近くでは、悪巧みもできんな。で、内容は?」


 「はっ、前回と同じように助けを求めていました」


 ホーライは、ギルとティリフスの会話内容を全て聞いていた。苦肉の策として小声で話した内容もだ。

 これは盗み聞きするための穴があの部屋にあるとかそういうことではなく、ホーライの特技だ。純粋に耳が良い。

 この悪魔の如き才能で、他を蹴落とし大司祭まで上り詰めたのだ。


 「ふっ、女神は1000年経っても成長せんな」


 「ですが、4回程助けを求めたと言っておりました。前回は私が未然に防ぐことができましたが、それより前はどうだったのでしょうか?」


 「さてな、今も女神がここにいるということは、無理だと悟ったのだろう」


 「その可能性は高いですな。そのために対策もしておりますから」


 女神の塔と聖王の寝室に行くことが出来る、唯一の場所であるこの謁見の間の位置をわからなくすること。それがホーライの言う対策だった。

 ギルの予想通り、謁見の間への遠回りする道案内はそういう意味があった。もちろん、それだけではなく、窓の位置や似たような家具を置くこともだが。

 位置の把握に失敗し、女神の救出は諦めたのではないか、と聖王は予想する。事実、女神が未だにこの法国にいるということは、その考えは間違っていない。


 「それで、あの小僧はなんと答えた?」


 「直ぐ様断っていました」


 「ふ、ふははは!では、女神が会いたいと願った意味がまったくないではないか!これは喜劇としても最高だな!」


 聖王の爆笑にホーライもつられて笑う。

 一頻り笑うと、ホーライは元の真面目な表情へと戻した。


 「ですが、念の為警備は増やすべきかと」


 「ほう?何故だ?」


 「私が案内した時に、奴はずっと好戦的でした。というより、私を敵として見ておりました」


 「ふむ、なるほどな。だが、どちらでも良いな」


 「えぇ、その通りです。どちらにしろ、女神の姿を見た者は何かしらの対策をしなければなりません。それに、奴は女神が精霊だと知ったのですから、始末するのが確実かと」


 そう話すホーライの顔は感情の一切が無かった。


 「よかろう。好きにするが良い」


 「はっ」


 「わかっているとは思うが、街から出たらだぞ」


 「もちろんです。街に被害が出ては困りますから。ですので、隠れて逃げないよう、監視も増やしても構いませんね?」


 「好きにせい。ただ、あの小僧を始末する時は、余も見るぞ。なんせ久々だからな。跳ねっ返りが死ぬのは。ふははは!」


 「………御心のままに」


 恭しく頭を下げると、ホーライはこれから数日間の警備の強化を指示するために謁見の間を後にするのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 食事の途中ではあったが、場所を食堂から部屋へと移すことにした。

 来客の予定があるのもそうだが、その客がこの街の料理を食べるのが久しぶりだと思い、宿のオーナーにお願いして部屋に食事を運んでもらったのだ。

 本来はそんなサービスは宿でやっていない。が、銀貨数枚握らせたら快諾してくれた。

 何故、こんな面倒なことをするのかといえば、その客の顔を見られたくないというのが本音だ。今はまだ、そいつがこのエステルの街に帰ってきていることを知られるわけにはいかない。

 部屋に料理が運ばれて少しするとドアがノックされた。

 恐らく、その来客者だろう。


 「入れ」


 俺が返事するとそいつは静かにドアを開けて入ってきた。

 背格好から男だと分かるが、外套のフードを深くかぶり顔までははっきりとわからない。

 男はドアを閉めるとすぐに雪が付着した外套を脱いだ。


 「やっと、到着しました。久しぶりですよ、山をソリではなく歩いたのは」


 外套の男はクレストだ。

 色々とやってもらうことがあって、陥没穴に残ってもらっていたのだ。

 まずは、俺が殺した半魔たちの埋葬の手伝い。そして、モグラの半魔に掘ってもらった鉱石の判別をしてもらうためだ。


 「お疲れ。それでどうだ?」


 「無事に埋葬は終わりました。そして、鉱石ですが、間違いなくミスリルです」


 よし!これでミスリルの入手は容易になった。

 運搬と作業員の手配に金はかかるが、ミスリルの装備さえ売ることができれば元なんてすぐに取り返せる。

 その件についてもクレストに頼まないといけないが……。


 「とりあえず、座って料理を食べろ。街の料理は久々だと思ったから、わざわざ用意させたんだ」


 「おぉ!感謝します、ギル殿!」


 クレストは椅子に座り、女神への祈りを済ませるとさっそくとばかりに料理に手をつける。

 が、口に含むと少しだけ表情が険しくなる。


 「どうした?変な物なんか入っていないはずだが……」


 「い、いえ!とても、美味しいです。ですが、ギル殿の料理を食べた後だとなんだか物足りなく感じてしまいまして」


 あー、そういうことね。味の濃さも調味料の質もレベルが違うからなぁ。

 なんとなく申し訳ない気持ちになっていると、横に座るリディアとエルが何度も頷いた。


 「わかりますよ、クレストさん。それはギル様のパーティ全員が同じ道を通っていますから」


 「です」


 俺は街で食べる宿の薄味料理も嫌いではないんだがなぁ。これはこれで素材の味が全面に出ていて美味しいのだ。だが、やはり地球産の調味料には勝てないということか。

 調味料とて時代によって品質が変わるのだ。その差がよく分かるのが塩だ。地球の塩は真っ白だが、この世界の塩は少しだけ茶色い。もちろん、高級な塩は白いのだが、その高級な塩よりも地球の塩のほうが味がいいのだから、企業や工場の方々の努力には感謝しかない。

 この世界の平民など一般人が使用する塩は、もちろん味が悪い茶色い塩だ。

 しかし、その調味料の殆どがそろそろ無くなりそうだ。毎日使っている塩に至っては、既にこの世界の塩に切り替えている。味を良くするために醤油などを少しずつ使って誤魔化しているが、それでもクレストは俺の作った料理の方がいいらしい。

 調味料に関してはそろそろ考えなければいけないな。

 おっと。それも大事だが、今は別の話がある。


 「さて、食べながら聞いてくれ。予定通り、クレストにはこの街で一仕事したら、また陥没穴へと行ってもらう。それに、計画を大きく変更しなければならない」


 再び陥没穴に戻ってもらうことは、前もってクレストに説明しておいた。だからか、クレストに驚きなど表情の変化はない。

 しかし、気になる言葉には反応した。


 「計画を大きく変更……。何か問題が?」


 クレストがどうして俺達を快く手伝うのか?それはクレストにメリットがあるからだ。その上、デメリットは限りなく小さい。

 聖王の暗殺に成功した場合、クレストには大司祭の地位に就いてもらうことにしたのだ。

 そんなことまで計画の段階で決めることができるのか?もちろん、問題なく出来る。

 なぜなら、聖王が死んだ場合、次の聖王は間違いなくルカになるからだ。現在、ルカ以外の子がいないことはクレストから聞き出しているから、それは確実だろう。

 そして、聖王が決めることが絶対の法国では、大司祭を聖王が選ぶことも出来るのだ。つまり、ルカがクレストを推薦するだけでいい。

 後はこの街にいる間、クレストの顔を見られなければいい。そうすれば、クレストが俺達の計画に関わっているとは思われない。クレストが俺達と一緒に帰ってこなかったのは、俺に監視がバレて倒されたからだと言い訳すればいいしな。

 本当は謁見の時に聞かれるのではと思い準備していた答えなのだが、どうやら女神のことで頭がいっぱいになっていたらしく、聞かれることはなかった。

 ルカのことすら聞かれなかったが、俺達と関係ないと思ったか、それともどうでもいい思っているのか。

 どっちにしろ、その程度にしか自分の子のことを考えていないということだ。奴らに生きる価値はない。

 俺は謁見の時に起きたことをクレストに説明した。


 「なるほど。女神様の正体は精霊でしたか」


 クレストは何かを考えるかのように天井を仰ぎ見る。そして、数秒ほどで考えをまとめたのか、俺の方に顔を戻した。


 「では、計画後に精霊を開放ということですね?」


 ふむふむ、と頷きながら食事を再開する。


 「いや、先に女神を誘拐する」


 「は?!」


 全く予想していなかったのか、今までで一番驚いた顔をする。


 「そ、それは何故?!意味がないではありませんか!」


 そう考えるのは当然だな。危険が増えるばかりでメリットが少ない。というより、メリットはない。聖王暗殺後に開放したほうが楽だ。

 一刻も早くあの寂しい部屋から出してやりたいなんて、優しい気持ちがあるわけでもない。

 では何故、デメリットを増やしてまでそんなことをするのか。

 それは誘き出したいからだ。

 おそらくだが、いや、間違いなく俺達は襲撃に遭うだろう。女神ではなく精霊だと俺に知られたなら、俺を始末しなければならないだろうしな。さっき食堂で食事している最中に、誰かから見られている感じが普段より多かった。つまり、監視が増えている。

 その理由は、俺達の動向を探るためだろう。しかし、俺達の居場所や動向を探るだけなら、今まで通りの監視で良かったはずだ。ということは、今までと違うということに他ならない。

 よって、何かを仕掛けてくる可能性が高い。様々な情報を合わせた結果、襲撃だろうなと推測するのは当然だろう。

 それが街中なのか、出国後かは分からないが、確率的には出国後のはず。住民に見られたくはないだろうし。

 つまりは、誘き出さなくても勝手に来てくれるのだが、それでも女神を拐うのはホーライを誘い出すためだ。

 女神が精霊だというのは国家機密だし、それを知る者は僅かだと判断した。

 だとすれば、女神を連れ出したなら、女神が精霊だと知っている者たちだけで俺を襲うしかないのだ。その中にホーライがいる可能性は極めて高い。逆に、大人数で襲撃に来る可能性を低くすることも兼ねている。

 あの男さえ倒すことができれば、格段に動きやすくなる。その後に聖王を暗殺する方が比較的に簡単だ。

 ということを、クレストに説明する。


 「なるほど。計算の上ですか。ならば、私からは言うことはありません」


 俺の説明を聞くとクレストは落ち着きを取り戻した。

 そんな簡単に俺を信頼して良いのだろうかと思うのだが、都合がいいから黙っておく。


 「それで、だ。クレストには明日中にやってもらいたいことが増えた。そして、情報も提供してもらう」


 俺がそう言うと、クレストは何となくそうなるとわかっていたのか大きく頷いてくれた。


 「わかりました。協力しましょう。ですが、そう簡単に誘拐なんて出来るのですか?はっきりと言わせていただきますが、難しいですよ?」


 「問題ないさ。俺の国には大怪盗と呼ばれる奴らが数多くいるからな。普通では考えられないような手口の大怪盗をな」


 俺はニヤリとした後、クレストや仲間たちと打ち合わせを始める。

 その話し合いは夜遅くまで続いたのだった。

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