愛情深い半魔
電磁加速砲。または、電磁投射砲やEML等の名で呼ばれるが、もう一つ有名な呼び方がある。
レールガン。
レールガンは、物体を電磁誘導により加速して打ち出す装置である。原理的な構造は、簡単に言えば2本のレールと電源だ。
この魔法をレールガンなんてとてもお粗末過ぎて呼べないが、原理を利用している。
問題となったのは、レールとなる部分をどうするかだが、大賢人である3人からの有り難いお言葉でそれは解決した。
ある時、彼らはこんなことを言い出した。
「なんじゃ、土魔法は石だけしか使えないとおもっておったのか?!」
「ギル君、凄い魔法使えるのに基本はおろそかだなぁ」
「ふん、土魔法が金属の精製まで出来るのは基本だろう。まあ、必要魔力が多すぎて誰も使いたがらないがな」
こんな感じ。いや、大分短くまとめたが、ここぞとばかりに俺を罵りやがったことは、あいつらが死ぬまで忘れない。
まあ、そんなことがあり土魔法が金属まで精製できることがわかったのだが、ここで愚かな考えが脳裏をよぎる。
ゴールドを作れば大金持ちじゃね?
誰でもそう考えるだろうが、そうはいかない。
魔法で作ったものは、魔力を流すのをやめると基本状態の土に戻ってしまうからだ。
氷魔法は水魔法の基本状態である水を別の力で凍らせているだけだから、水に戻すのはまた別の魔法が必要となるが。
つまり、魔法で悪どいことを考えても駄目だってことだ。だが、それを実現しようと研究を続けている者達もいる。それが錬金術師だ。
しかし、それも実現する目処は立っていないみたいだが。
そんな切っ掛けがあって、だったら地球の兵器っぽいものも魔法でいけるなと思って作ったのが、この電磁加速砲だ。
本来は打ち出す弾も、魔法で作り出すのだが今回は鉄製の槍が近くにあったから良かった。魔力の節約にもなるし、ちょっと魔法で手を加えるだけで弾丸として成り立つ。
土魔法で作った銅を指先から浮かせて固定させ、そこに大容量の電力である雷魔法を流すことで電磁場を発生させ鉄製の槍を打ち出したのだ。
簡単に言っているが、非常に細かい魔力操作と緻密な魔法陣構成が必要となっていて、俺の中での難易度はさっき使った『焦土砂降』よりも上。
改めて、地球の近代兵器を人力で作るものじゃないなと思ったほどである。
それはさておき。
俺の手元から槍が消えたが、実際には猛スピードで飛び出したのだ。
しかし、あのアラクネという半魔は何をするかわからない。今まで戦った半魔達と比べれば、劣る部分が数多くあるが、総合的にみたらこの陥没穴の半魔の中で最強だ。
それに人間の目には見えない槍の弾丸を、あの蜘蛛の目は避けるか、防御を可能にするかもしれない。
そこで、とある策を弄した。いや、策という程じゃないか。
それは、俺がアラクネに対して、らしくない言葉を叫んだことだ。
静かに魔法を放てば隠密性が上がり、当たる確率も上がるかもしれない。だが、確実ではない。
ならば、仲間の力を借りるまで。
俺には二人の頼もしい仲間がいる。その二人に知らせるための叫びだったのだ。
そして、カウントダウンとして槍を投げる仕草だ。本来は魔法だから投げる素振りは必要ない。しかし、これも必要なことなのだ。
現に、俺の声に対しアラクネは逃げるために、今も大地を焦がし続ける火の雨へ飛び込もうとしたのだ。
それを防いだのがリディアだ。
逃げ道に先回りして、防戦一方だったのを攻撃に転じ動きを封じた。
このままでは直撃すると理解したアラクネは、逃げることから一瞬で防御に切り替える。リディアに身体を斬られるのを無視し、俺の魔法だけに集中してガードの体勢。
大剣で本体である人間部分を隠したのだ。
これでは回転を加え、貫通力を上げた槍であっても貫けるかわからない。
だけど。
もうひとり忘れているぞ、アラクネ。
タイミング良く飛んできた金属の棒が、大剣を持つ手首を貫いたのだ。
エルの精密な予測射撃。
矛盾するその射撃を可能にするのは、どこまでも見通せるエルフの眼と射撃センス。
手首の腱をボルトで貫いたことで大剣を握る力は失われその手から溢れる。盾としての役割を持った剣は地面に転がったのだ。
俺の仲間が蜘蛛の糸如きにいつまでも囚われているわけねぇだろ?
これで道は開いた。
瞬速の槍は俺が狙った場所に飛んでいく。
そして、アラクネの胸を貫き、向こう側の景色が見える穴が空いた。
こうして、最後の戦いは終わったのだった。
終わったのだが、アラクネはまだ生きていた。文字通り胸に風穴が空いた後、その場で崩れ落ちたがわずかに心臓からずれていたみたいで即死させることができなかったのだ。
いや、狙いは正確だった。アラクネが最後のあがきで身体を捻ったのだ。そのせいで、致命的ではあっても即死に至らなかったのだ。
何という執念。そこまでして生きたかったのか。
だが、どうあがこうと死ぬことは逃れられない。足掻いた末の回避は、わずかな延命に過ぎなかった。傷口と口から溢れる大量の血液がそれを物語っていた。
『あぁ、ゴボ、私の子供……たち………、ゴボゴボ、生んであげられなくて、ゴポ、ごめ、ん、ね』
吐き出す血で途切れ途切れになる声。それでも最後の言葉を紡ぐ。
子供……。
「お前は子が生みたかったのか?」
俺の言葉を理解できるとは思わなかった。死の間際なのだから。それでも疑問を口にしてしまった。
『ええ……、生みたい、わ。ゴポッ』
驚いた。まさか、受け答えが出来るなんて。
いや、どこからか聞こえる声に無意識で答えているだけだ。今にも瞼が閉じそうな虚ろな瞳でわかる。
今にも力尽きそうなのに、アラクネの言葉の紡ぎは続いた。
『死んで、逝った、ゴホッゴホッ、弟や妹達をっ、ゴポ、私が、生まなくちゃ!こんな、人生、悲し、す、ぎる』
あぁ、そういうことか。死んだ家族を食べた理由は空腹を満たすためではなく、生き返すためだったのか。
有り得ないこと。
そう言ってしまうことは躊躇われた。
もし、アラクネに子を生む能力が備わっていたとしても、全く同じ人間が生まれてくることは有り得ない。正常な判断が出来る者ならば、誰でも分かること。
……しかし、死んだ弟や妹を見て、心が壊れてしまったのだろう。
アラクネの歳からすれば、半魔達の中でも最年長のはず。ここで生きることを決意して、弟や妹達も誘った責任もあったのだろう。
それでも死んでしまったのだ。悲しんだ結果、壊れたのだ。
狂った心は、狂った考えを生んだ。
死んだ者達を、自分が生んでもう一度蘇らせよう、と。
なんて優しく、なんて愚かな奴なんだよ。
色々言いたいことはある。
だけど、言葉は不要だろう。もう楽にさせてやろう。
まだ、驚異的な生命力で死を免れながら、何かをブツブツをつぶやき続けるアラクネに俺は近づいていく。
嫌な仕事だ。
だけど、俺の仕事だ。感情の一部が狂っている俺のな。
「よく頑張った。もういいよ、ゆっくり休んで」
出来る限り優しく、出来る限り分かりやすく。壊れた心にも響くように。
届いたかどうかわからない。だけど。
『………そう、あ、り、がと』
アラクネは僅かに微笑むとそう答えた。
俺はその言葉を聞くと刀を鞘から抜き、直ぐ様振り下ろしアラクネの首を切り落とした。
俺の言葉はしっかりと届いたのだろうか。
リディアを見ると、今にも泣き出しそうな表情をしている。
この時代だ。兄弟同士で殺し合いをすることも珍しくないはず。なのに、こんなに愛情深いのだ。
やり方を間違っていたとしても、リディアの感情を動かすには十分だろう。
もちろん、俺の感情も。殺すことはなんとも思わなくても、それ以外は感じるのだ。
俺はアラクネの遺体の前で膝をつくと、手を合わせる。なんの慰めにはならんだろうが、このぐらいは。
いや、お前のその愛情深き命を終わらせたのだ。その償いとして、約束の一つでもしてやろう。
「アラクネ、残された家族は俺がなんとかしてやるから安らかに、な」
俺の言葉を聞いたリディアも、俺の横に歩いてくると祈るように手を組む。
「私も誓います。どうか、安らかに」
十分な時間、アラクネの為に祈ると二人で立ち上がる。
「さて、エルも心配しているだろうし、そろそろ行くか」
「はい!」
こうして、陥没穴での戦いは幕を閉じた。
だが、まだ問題は山積みだ。街に戻るまでに、いや、半魔やルカに会うまでに考えなければならない。
「よし、殺ろう!」
ルカ達がいる所まで戻ってきた俺は、腹をすかせた半魔やルカ、仲間の為に急いで料理を作った。その料理を全員で食べている最中、俺は徐に切り出した。
「は?」
これはルカの声だった。「何を言い出すんだ?」と言わんばかりの表情だ。
ルカだけではなく、俺の言葉を聞いた奴らもそうだが。
「考えた結果、聖王を殺すのが一番だ」
俺の言葉を聞いた後、その意味を理解するまで少しの時間を要した。そして、理解するとリディアとエル以外の全員が顔を青ざめさせた。
特にクレストが。
「な、何を言い出すのです!」
「と言ってもな、これ以外の道はないだろ?」
「で、ですが!」
酷い所業を見てもまだ聖王を庇うのか。半魔たちだって、復讐したいはずだろうに食べる手を止めて俯いているだけで何も言わない。
俺もただ殺りたいから、聖王を殺すと言っているわけではない。ホントダヨ?
仮に半魔たちやルカを逃がすとする。それが聖王にバレたら、追ってくるはずだ。聖王がした非人道的な所業を話されたくないだろうからな。
そうすれば、俺や仲間たちでは守り切ることはできない。半魔たちも戦闘能力はあるが、それでも国を相手にするには不十分だ。
最悪なのは、聖王や法国がした残酷な行為を信じてもらえないことだ。逆に噂を流す俺達が悪者にされる可能性だってある。
つまり、逃げたところで聖王の威光を失墜させるための確実な方法はないということだ。
というか、ぶっちゃけ面倒臭い。
いつも命を狙われることになるし、情報操作だけで法国を潰すには金や労力が半端ない。何より、そんなことを地道にやる時間が勿体無いのだ。
だとすれば、その全てを解決するには聖王を殺し、違う奴をトップにするほうが確実でお手軽だ。俺の味方になる奴なら、尚良し。
「俺は聖王を殺し、ルカを聖王にする」
まさか自分の名前が出るとは思わなかったルカが、食べていた物を吐き出し咽る。
「な、なんで余が聖王に!兄様たちや姉様たちを差し置いて!」
「半魔には無理だ。そいつらが一番わかっているはずだ」
俺がそう言うと、半魔たちが重々しく頷く。
悔しいだろうな。しかし、亜人ですら差別対象な法国だ。半魔ともなれば追い出されるどころか、即刻処刑対象にすらなりえる。
ルカよりも歳を重ねている分、半魔たちは理解しているのだろう。
「だ、だが、余が聖王になど……」
「仕方ないじゃないか。聖王の血筋で、ヒトのままの奴はお前しかいないんだから」
「むぅ……」
ルカは渋々ながらといった感じで頷く。
「しかし、やはり神と同等の聖王様を殺すことは……」
やはりクレストは聖王を殺すことに抵抗があるようだ。会話に口を挟む。
「面倒臭い奴だなぁ。じゃあ、お前は見ているだけでいいよ。邪魔だし」
「ひ、酷い……」
「俺達の邪魔だけはするなよ?敵になれば、わかっているよな?」
「……はい」
まあ、クレストには何も期待してない。トップを挿げ替えた後に頑張ってもらおう。
「私達はどうしたらいいのでしょう?」
ルカの義理の姉であるティアが、小さく手を上げながら俺に質問する。
「半魔たちのことは後回しだ。先に聖王をどうにかしないと意味がない。が、法国から出ていくことになるのは覚悟してくれ」
俺の言葉に半魔たち全員が少し寂しそうな表情をする。
「父が崩御すれば、私達がここにいても問題ないのではないでしょうか?」
「ティア、わかっているとは思うが、差別は根強い。言葉を話し、外見がヒトに近い亜人ですら差別対象なんだから、半魔なんて差別だけで済むはずないだろう?」
「……そう、ですね」
ティア達半魔には残酷だが、法国を見限ってここを出た方が良い。
「それとも、一生をこの陥没穴で終えるか?」
さすがに半魔たちもそれは嫌みたいで、全員が同じタイミングで首を横に振る。
「だったら、俺の言う通りにしろ。悪いようにはしないから。だけど、もう少しだけここにいてもらうぞ」
この陥没穴には嫌な思い出がたくさんあるが、今の所安全な場所でもある。聖王を殺すまではここにいた方がいい。
「ギル様、それでこれから何をするのですか?」
とっくに食事を終えたリディアが、食器を片付けつつ話に加わる。エルはまだ食事に夢中で、会話どころではないようだ。
「とりあえず、俺達は法国に戻って報酬をもらう。作戦はそれからだな」
「わかりました。ですが、結局ミスリルはここにありませんでしたね」
そういえば、ミスリルの鉱脈があるかもという話だったな。横穴の殆どを見たがそれっぽいのは見当たらなかった。残念だ。
俺とリディアが残念がっていると、半魔の一人がおずおずと手を上げた。
「あ、あの、もしかしたらですが、鉱脈はあるかもしれないです」
モグラっぽい半魔がこんなことを言い出した。
「なに?!」
「穴を掘っていたら、硬い石があったので恐らくそれかと」
穴を掘る?モグラだから?いや、そんなことよりその硬い石だ。
詳しく聞けば、この男半魔はたまに、無性に穴が掘りたくなるそうだ。その時も穴を掘っていたら、どうやっても砕けない大きな石にぶち当たったようで、それがもしかしたらミスリルかもしれないらしい。
掘ってみなければわからないが、大司祭ホーライの話が本当であればミスリルの可能性が高い。
俺が聖王の問題を解決している間、半魔たちにはこのモグラの半魔が掘った穴を広げてもらう作業をしてもらおう。
食料を大量に提供しているのだから、そのぐらいはやってもらわないとな。
「運が良いですね、ギル様」
「ああ。だが、ミスリルじゃないかもしれないから、期待はしないでおこう」
「そうですね。では、明日は法国に?」
「そうだな。明日、依頼達成の報告に行く」
まだまだ、法国ではやることが多いみたいだ。明日からはより一層気を引き締めなければならない。
今日は早めに休んで、早朝にここを出ることにしよう。