二つの月
私が見つけたのは、真っ赤に染まる月。恐ろしい程赤く光り、闇をも消す月。
僕が見たのは、黒く、闇に紛れる月。妖艶に光り、闇へと誘う月。
*
「はぁ…」
集会が終わり家に帰る為にとぼとぼと歩きながら疲れた、と言う代わりにため息をついた。
私の名前は……いや、ここでは人間達が呼ぶ名称、「魔女」と言っておこう。所詮私の名前を言ったところで人間達には発音出来ないからな。
そういえば、最近人間達の血の気が多くなったらしい。確か「魔女狩り」と呼ばれているらしい。
___全く阿呆らしい。勝手に罪を擦り付けて、火炙りにしてしまうとは。それで此方も無抵抗のままではいけないからと臨時の集会が開かれた訳だ。
…全て、私にとってはどうでもいい。そもそも森の奥深くに住んでるし、その森には結界を貼っている。侵入出来るのは私と森の動物くらいだ。
そうやって森に続く道を歩いていると、前方に何か赤いものが落ちていた。どうせ動物の死骸だろう、と思っていたが違っていた。それは人間だった。
____全身を血で真っ赤に染めた、人間だった。
*
僕は物心がついたときから、僕は異常なのだと、普通の人では無いと薄々気付いていた。生まれたときから僕が行ける部屋はカーテンが全て閉められていたし、自分の両親とは程遠い年齢の人に育てられた。
それが雇われた人達だと気づくのはそう遅くなかった。何故自分がこんな状況なのか全く分からない。
しかし、1つだけ僕が異常なことが目に取れた。食事の際、一緒に食事をしていた乳母が微かに顔をしかめたのだ。
しかも僕が「大好物」としているものを食べているときに。食べ方が汚かったのだろうか?それとも乳母は嫌いなのか?今思うと、乳母が「大好物」を食べているところを見たことが無い。きっと嫌いなのだろう。
こんなに美味しいのに____この真っ赤な液体。
*
私がこの人間を観察していると、丁度雲の切れ目から月が覗いて、光が差してきた。
すると人間の顔が微かに光を発した。
私が恐る恐る近付いてみると____光の正体は歯だった。
それも鋭く尖る、八重歯だった。
*
モウ、ゲンカイダ。
「ダイコウブツ」ホシイ。
タクサン、タベタケド、
ドレモ「ナニカ」ガ、チガッタ。
アア、チカラガヌケテイク。
____シンデシマウ。
*
吸血鬼。
私達魔女と同じ不老不死で希少な存在。
私は何度か吸血鬼と会ったことがあるが、こんな子供の吸血鬼は見たことが無かった。
私は「吸血鬼」を持って帰ることにした。
何より興味深いし、何があったのかは分からないが野放しにしておくのは森にとっても危険だ。
私は狩った動物のように吸血鬼を左肩に担いだ。
その矢先、私は___目に追いつけないスピードで___噛みつかれていた。
*
ナニカガ、チカヅイテキタ。
イイ、ニオイガスル。
オレガ、モトメテイタノハ、コレダ。
タベル。
タベル。
タベル。
*
「____ツッ!」
先程ギラリと光っていた八重歯が私の左肩に深々と突き刺さった。
同時に物凄い勢いで血を吸われていた。
魔女も不老不死だが、勿論痛覚はある。
私は咄嗟に吸血鬼を引き離した。
左肩を見ると、血がどくどく、と言わんばかりに流れている。
応急処置として、治癒魔法をかけた____治癒魔法は得意では無いのだが。
やっとのことで血が止まったときには、私は冷静になっていた。
吸血鬼を見ると引き離したときに投げ飛ばしてしまったようで、自分の斜め前に倒れており、意識はなかった。
……まぁ、吸血鬼なんだから、血を吸うよな。
血を吸われたときは痛かったが、研究の前賃と考えることにし、また吸血鬼を担いで自宅へと足を早めた。
〜××年後〜
*
僕の朝は、まず師匠の朝食を作ることから始まる。
野菜を切り、干し肉と炒め、鍋に移し水を入れ、味を整えスープを作る。数日前に焼いたパンを切り食卓に並べる。
___次は師匠を起こす。僕の師匠は朝が弱く、誰かが起こさない限りいつまでも寝ている。
1度起こさず放置してみたところ、昼まで寝ていた。その時は理不尽に自分が飯抜きにされたのだが…
「師匠、朝ですよ」
1回目、起きない。まぁいつものことだ。
「師匠ー、朝ご飯出来ましたよー」
2回目。
「師匠!起きてください!」
3回目。
「…んぁ……あさからうるさいぞ…」
やっと起きた。
「ほら師匠、寝ぼけてないで。朝食出来ましたよ」
「…ふぁーい…」
口ではそう言いながら師匠また布団に入っていった。
…今朝も完全に起きるまでに時間がかかる…
*
私は起きてから顔を洗い、簡単に髪を整える。どうにも朝は子供の頃から苦手だ。
まだ残る眠気を抑えつつ、食卓へと向かうと弟子___××年前に拾った吸血鬼___が朝ご飯と共に待っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
朝の挨拶を済ますと、椅子へと座った。
「いただきます」
今日の朝ご飯は野菜と肉のスープとパンだった。数年前からご飯は全て弟子が作っている。
一人の時や弟子がまだ小さい頃はまだ私が作っていたのだが、弟子が大きくなると弟子に任せることにした。
作るのが面倒、人が作った料理はなんでも美味しい、というのもあるのだが、弟子が作る料理はまるで魔法がかかっているかの如く、美味だからだ。
私は美味しいと言う代わりに、がっつく様にパンとスープをほうばっていた。
「…さっきから凄い視線を感じるんだが」
「バレていましたか、此方もお腹が空いていて」
そう、私の弟子の朝ご飯は____私の血だ。昼、夜ご飯は普通にご飯を食べるが朝だけは血を摂取しなければいけない。血が欠乏してしまうと暴走してしまう。全く面倒な生物だ。
「まだ朝ご飯をたべているのだが」
「冷めたら温めますよ」
「ちっ」
私は若干苛立ちを覚えつつ、左肩をぐいっと出す。
「では失礼して………あむっ」
弟子は私の左肩を甘噛みすると、じゅる、じゅる、とゆっくり血を吸い始めた。
初回の様に強く、また速く血を吸われることは無くなったが、それでも痛い____そしてなにより顔が近い。
昔は小さい子供だった為、顔を近付けられても何も思わなかったが成長した今、弟子は一般的に見て、美形と呼ばれるような容姿になった。(人間達はこれをいけめん?と呼ぶらしい)
流石の私でも少し鼓動が速くなる。この現象は何なのか?昔は鼓動が速くなることなんて無かったのに。弟子に瘴気でも仕込まれたのか?そうだ、きっとそうに違いない。
私がそう考えている内にどうやら血を吸い終わったようだ。
「ぷはっ……ありがとうございます」
「まぁ、仕方ないことだからな」
「でも最近、師匠僕を見なくなりましたね」
「へ?」
「昔は研究だー!とか言って血を吸う様子をまじまじと見ていたのに」
「…お前の頭がでかくなったから、邪魔なんだよ」
「…そうですか」
「さ、今日は集会があるからさっさと準備するぞ。」
「了解です」
今日も、不老不死の二人の1日が始まる____