ぱーと1・ぎぶ ゆー ちゃんす!
そこまで凝った設定とか無いので、肩の力を抜いてお読みください。
「悪気は――なかったんじゃ」
白い髭をたくわえ、赤い装束を身に纏ったこの爺さんは、つい今しがた僕を殺した張本人だった。
サンタクロース。聖なる夜の夢の配達人。この目で一度だけでも見てみたいと思って、出来れば隙を突いてカンチョーを御見舞してやりたいと思って窓の側に寝転んでスタンバっていたのだが、突如窓を突き破って入ってきた約100kgの肉の下敷きになって僕は死んだのだった。
――即死だった。
「いやワシもね? サンタになってから数十年経つけどさ、まさか未だにサンタクロースを信じて窓の側にスタンバってるばk……子供が居るとは思わんじゃろ?」
「今完全に馬鹿って言いかけたよね! ローストチキンにしてやろうか!」
「やかましいわ! うまいこと言っとると思っとるんか若造が!」
サンタクロースの操る空飛ぶトナカイが引くソリに乗りながら、先程から何度もこんな会話をずっとしている。
死んでいるからか寒さは微塵も感じないが、サンタクロースは歯をガチガチと鳴らしている。
鼻水は髭に垂れ凍っているらしく、口の周りは氷の彫像のようにキラキラと輝いている。汚ぇ。
「結局僕はこれからどうなるんだよ。っていうかなんでサンタのおっさんのソリに乗ってるんだ?」
「そりゃお前さんの死体を持ってきたからじゃなかろうか」
「殺した上に何やってんのこのジジイ!?」
「しょうがないじゃん、これ死体見つかったらワシ殺人罪で逮捕されちゃうよ? もう来年から子どもたちにプレゼントを配れなくなっちゃうよ? 君のせいで」
「くっ……全国の子供達を味方につけて煙に巻こうって腹か、このブラックサンタ……!つーかアンタが殺したこの僕も、アンタの言う子供の一人だよ!!」
「やっべえ吹雪いてきたワシ何も聞こえない」
このジジイ……ぶん殴りたいところだけど、というかニ、三度殴りかかってるんだけど、幽霊だからかパンチがすり抜ける!
理不尽に圧死させられた挙句、こんなもどかしい想いを抱えながら俺は幽霊として生きていくしかないのか……!
いや幽霊だから死んでるのか……!
「いやまあほら、さっきも言ったべ? ワシも悪気あったわけじゃないからさ、反省してるわけじゃよ。ワシ、反省」
「絶対殺す。圧死させる」
「まあ聞け。君が死んでしまったから、人間としての贈り物はもう君には届けられん。じゃからワシは今の君にとっておきのプレゼントを贈ろうと思う」
「今の僕に……とっておきのプレゼント!?」
ゴクリとツバを飲む。サンタクロースは人間だけにプレゼントを贈るものだと思っていたが、まさか僕も貰えるなんて……!
一体、何が貰えるんだ――!?
目を輝かせて期待する僕に、サンタクロースは、鼻から垂れている凍りついて牙のように尖った氷柱をへし折り、差し出してきた。
「ほいこれ」
「鼻水だろうがこれよお!! きったねえな!!」
「冗談冗談、サンタジョークじゃ。本物はこれ」
サンタクロースはゴソゴソと懐から一枚のチケットのようなものを取り出す。
それを見て僕は凍りついた。未だ吹雪く風のせいではない。サンタクロースが取り出したチケットのせいだ。
「これ、なんだか分かる? そう、異世界転生チケットじゃ」
「――――っ」
「感極まって声も出んか。そうじゃろうそうじゃろう、異世界転生は男のロマンじゃもんな」
「神様がサンタクロースになっただけの、ただのn番煎じじゃねーかこれえええええっ!!!!!」
トナカイの駆ける寒空の下を、文字通り声にならない叫びが響き渡る。
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自己紹介をしておこう。僕の名前は"空閑 柊平"。
普通の家庭に生まれ、普通に育ち、普通に市内の学校に通う普通の学生だった。
趣味はゲーム好き(テ○ルズとかのキャラゲー)から転じて絵を描くことだ。おかげで友達は居たが、お察しの通り『陰キャラ』というやつだった。
そして今日、12月24日に僕は殺された。あろうことか子どもたちに夢を届ける聖人に。
――尻で。
「で、異世界ってどういうとこなの」
「めっちゃ乗り気やんウケる」
「アンタ本当にサンタか? 言葉遣いがどうあがいても現代のパリピのそれなんだけど」
「色々あるけど、行き先はワシにもわからん」
「はあ?」
そんなパル○ンテみたいなチケットを寄越しやがったのかこのジジイ!? 地獄みたいな世界に飛ばされたらどうしてくれんだ!!
「じゃが安心せい、行き先はお主の『心』が導いてくれる」
「僕の――『心』?」
「そう……お主の『心』じゃ」
サンタクロースは優しく微笑み、僕の胸を指差す。
不思議とその笑顔は、まるでその言葉がすべてだと僕に錯覚させるような、優しさに満ちた笑顔だった。
「『心』……」
「そのチケットはお主の心の望むままの世界へと導いてくれる。そこでお主はもう一度、自らの人生をやり直すことができるのじゃ」
きっとサンタクロースの言葉は本当なのだろう。僕の『心』が望むままの世界。だがそれはつまり――。
「それってつまりさ……」
「うむ……」
「つまり、オメーにもわかんねーって事じゃねえか!! わかんねーなら最初からそう言えやクソジジイ!!」
「はぁ~~~??? 意味分からんし、わかんないって一言も言ってないんじゃけどぉ~~~」
そう言いながらサンタクロースは異世界転生チケットを僕の胸に押し付けてくる。
その瞬間、チケットが輝きだし目の前を光が包み込んでいく。
ま、まさか、もう異世界転生を……!? まだ心の準備も出来ていないのに!!
「じゃあの若いの。次はジジイのケツを狙って死ぬなんていうマヌケな人生は送らんように」
「必ず殺しに行くからな……それまで待ってろよクソジジイ!」
有無を言わさず意識は暗転する。
まさかこの世で最後に見た光景が、クソジジイの歯槽膿漏が酷いクソゲス顔だったなんて考えたくもなかったからもしれないが、多分こういうシステムだからなんだと思う。
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目が覚めると、目の前には少女が居た。少女はこちらを不思議そうに見つめている。その距離約5cmほどだろうか。
数拍の後、左頬に衝撃が走ったのは言うまでもない。当然の反応だとも思うけど、やっぱり理不尽だ。
「ご、ごめんなさい! ついそうしなきゃならないと思って……!」
「だ、大丈夫……気にしてないから。多分こうなるだろうなとは分かってたし」
青い髪のミディアムヘアに魔女っぽい帽子を被り、ぶかぶかのマントをひらひらさせた幼気な少女は、無残にも地面に叩きつけられた僕を心配そうに見下ろしている。
側には杖のようなものもある。勿論現実じゃ見たこともないような代物だ。
少女は僕に手を差し出し、声をかけてくる。
「あなた、この辺じゃ見ないね。どこから来たの? クラスは? レベルはどれくらいなの?」
「…………」
う~~~~~んやっぱりn番煎じ世界かなここ~~~~~。
ラノベで腐るほど見てきた展開にRPGを基にしたような設定、う~~~~ん。
読むのは楽しかったけど自分がいざやるとなるとクソ恥ずかしい上にしんどみがある……。
けど元の世界に戻る方法もわかんないし、戻ったところで死んでるし――。
「聞いてる? ねえ!」
「へ、あ、はい」
「ハイ? ハイって名前なの?」
「あ、いや、その、ちが」
「あたし、ルチアっていうの! 」
そう言って、ルチアと名乗った少女はまるで太陽のように輝かしい満面の笑みで、僕の手を掴んでくれた。
その時、僕は誓った。必ずこの胸を射る最高の笑顔を向けてくれるこの子を、大切にしようと。
遠くで妖精っぽい何かが悶え苦しむ様子が見えたような気がしたが、きっと笑顔が眩しすぎて見えた幻か、何かだったんだろう――。