第8話 町と通貨
夜明け前に森を抜けて町へと着いた。
高い外壁に囲まれている。街門も堅牢だ。
夜の間は当然のごとく閉まっていて、中に入れない。
僕は町から少し離れた街道沿いの、大きな木の下にいた。
祠があるためか、長いベンチが置いてあるので横になった。
軽く仮眠を取る。
夢を見た。
夢の中ではエルフのフローリアが全裸で立っていた。細い手足に美しい肢体。胸だけが柔らかく揺れている。
夢のせいか、夢だからか、会ったとき以上にフローリアが輝いて見えた。
全裸のフローリアは僕を見るなり目を丸くした。
「え、なんで!? ユートさんがここに!?」
――戸惑う顔も可愛い。
でも夢だからいいよね。
手を伸ばすと彼女に触れた。
大きな胸を掴む。指が食い込む。
フローリアが身をよじって喘いだ。
「ちょ、ちょっといけません! 今は巫女の修行中――あぁぁんっ! だめぇっ!」
僕の指が動くたびに、鈴の音のように可愛い悲鳴を上げた。
――マシュマロのように柔らかい……。
白い肌が桃色に火照り、みだらな汗がしっとりと指に絡む。
「だめっ、だめですったらっ! ユートさんっ、やめてっ! ――あぁっ」
金髪を逆巻くように乱して、華奢な肢体を美しく反らした。
――と。
背筋がざわっとして、目が冴えた。
◇ ◇ ◇
暖かな朝の日差し。
街道には人影が無い。
頭の後ろから背中に駆けて、焼かれるようにひりひりしている。
見ていた夢が消えてしまうほどの焦燥感。
『危険感知』だ。
『感知』では警告の原因がどこかまではわからない。
ただ、方向はわかる。というか感知じゃなくても肌で感じる。
そちらを見ると黒の森があった。
黒の森は灰色の霧に覆われて、不気味な魔力を漂わせていた。
なるほど。水が無いのに木々が育つのは朝霧で水分を補給しているからだ。
ただ、霧は森から出てこない。
少し離れたところにある街道にいれば安全だった。
――でも、なんでこんなにひりひりするんだろう?
じっと見ていると、森の霧の中に大きな影が過ぎった。
すぐに真理眼で見る。
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名前:ネブラミカーレ【☆☆☆☆☆】
種族:クリスタルミストドラゴン
性別:オス
年齢:742
職業:黒森支配者
天恵:霧中飛翔、霧変化、魔法適正Lv2、物理攻撃無効、水属性耐性、毒耐性、シエスタ
技能:竜霧晶烈破Lv5、竜撃Lv4、竜呪魔法Lv3、水晶刃嵐Lv4
HP:3万 MP:1万
詳細……黒の森のヌシ。朝霧に紛れて森を一周するのが日課。ついでに食事もする。毎日違うものを食べるよう心がけている。体が霧状のため、溶かして食べる。霧の中でのブレス攻撃は混ざってまったくわからないため、回避できない。霧のため、魔法剣すら効かない。
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これはやばそう。
物理攻撃無効だなんて。
朝霧に紛れてこいつが飛び回るから危険なのか。
僕もやばかった。
でも、ちょっと気になる……次元斬効くのかな?
そんなことはしないけど。
もし倒せてしまったら、森の生態系が崩れるはず。
特に、森に隠れて住んでいるエルフが困るかもしれない。
このドラゴンがいるから人が入れないのだから。
あと、シエスタが気になったので見る。
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【シエスタ】毎日1~2時間は昼寝をしないと体調を崩す。マイナススキル。
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意外とお茶目な弱点があるドラゴンだった。
しだいに森を覆う霧が晴れていき、『危険感知』の警報も消えていった。
街道に人や馬車が行きかうようになる。
あまり寝れなかったのでMPは全快にはならなかった。しょうがない。
僕はフローリアからもらったパンと干し肉を食べつつ、町の様子を次元魔法で探った。
大きな町。数千人は住んでると思われた。
そして人々を見ていると、やはりフローリアの美しさは別格だったと確信する。
――夢の中のフローリアも可愛かったなぁ……。
街門前には人々が行列を作っていた。
次元魔法で話を見聞きしていると、やはりというか予想通り、町へ入るには推薦状や身分証明書が必要だった。
町には冒険者ギルドがある。冒険者の資格が証明書代わりになっている様子。
ただし、冒険者になりにきたと言っても入らせてもらえない。追い返されていた。
冒険者になるには身分証明書が必要らしい。
現実は厳しい。
まあ、そりゃそうか。身分証の変わりになる冒険者ギルドだからこそ、所属するには確かな身分が必要になる。
どうしたもんか。
商店街があったので、客との売買を見ていた。
日本の物価と比べてもあまり意味はなさそうだけれど、屋台の焼き鳥1串、パン1個、ビール1杯、林檎っぽい果実1個、などの値段から、通貨の価値を推測した。
銅貨が50円、銀貨が1000円、大銀貨が5000円、金貨が2万円だった。
銅貨には真ん中に穴が開いていて、紐を通して使っている。
これらの通貨の上に大金貨があるらしい。推測では10万円になるはず。
ちなみに通貨を切っても使えるようだ。
なぜなら半分の銀貨や金貨を見かけたから。
半銀500円、半金1万円。
大銀貨や大金貨で四分の一になってるのも見かけた。
1250円に2万5千円。
さすがに大金貨そのままを見かけることは無かった。
銅貨は切ると穴が使えなくなるので、禁止の様子。
まあ、江戸時代だって、丁銀なんてのは包丁で切って使ってた銀があるぐらいなので、この世界でも普通なのだろう。
ちなみに焼き鳥串1本、銅貨1枚(50円)。林檎1個、銅貨2枚(100円)。
パン1個、銅貨3枚(150円)。ビール1杯銅貨3~6枚(150~300円)。
宿屋は銀貨1枚(1000円)ぐらいが相場だった。
今手持ちが『金貨1枚』『大銀貨3枚』『銀貨4』『銅貨38枚』あるので。
4万900円分ある。
とりあえず、物価がわかったのはよかった。
焼き鳥がとてもおいしそうだったけれど、町に入れないので諦める。
次元移動を使えば入れるけれど、問題になったら困る。
そもそも入ったところで冒険者になれないんじゃ、生きていけない。
正式に町へ入った時は絶対食べよう。
いろいろ探るうちに2時間以上たっていた。
「――さて」
街道を意識しながら、ぼーっと町を眺めていたが、結局何も起こらず。
貴族の乗った馬車が盗賊や魔物に襲われでもして、それを助けたお礼として町へ一緒に入る、とか。
門番が横暴に不正でも働いていて、それを暴いて町へ、みたいな展開を考えていたけど、そう都合よくはならなかった。
――となると、こつこつと信頼を得ていって自力で中に入るしか方法がない。
街道から小道に入って南東へ丘を越えたところに村があるのを見つけた。
徒歩なら2~3時間ぐらいか。
街道沿いの村は基本的に、村であっても賑わっていて門番もいる。取調べが厳しい。
そこの村は門番がおらず、商店も一軒しかない。
宿屋と酒場も兼ねている。
ここなら、割と苦労せずに馴染めるのではないかと考えた。
とりあえず、祠の影にマーカーを設置すると、次元移動も使いつつ南東へ向かった。