第30話 宴とこれから
夕暮れどきのウードブリック。
冒険者ギルドに帰った僕は、ワニゲーターが本来はみんなで倒すレイドモンスターだったと知った。
依頼完了するため、カウンターに向かった。
ただ、周りの視線が痛い。
休憩室や談話室、資料室にいた冒険者たちまで僕を見に出てきていた。
はぁ、と溜息を吐きつつ無視して歩く。
妙齢の美女ナタリーが獲物を待ち構えていたかのように舌なめずりした。
手招きして呼び寄せてくる。
しかたないのでナタリーの窓口へ行く。
「よく無事だったわね。素敵よ、ユートくん」
なぜか女豹のような目付きで見てくる。怖いけど色っぽい。
無視しつつカウンターに証明書と冒険者カードを出す。
「これ、お願いします……あれ?」
「どうかした?」
「ランクポイントが増えてる……」
見るとランクの横の数字が増えていた。
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氏 名:ユート
ランク:F(1079)
登録国:オリザード王国
適 正:魔術師
備 考:任務中(ユビックの実収集×2、魔物退治)
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元は23だったから、1050ぐらい入ってる。
ナタリーは紫の髪を揺らして微笑む。
「それはそうよ。モンスターを倒せばポイントが入るんだから。リザードマンが5~9、ワニゲーターが1000~3000ぐらいよ」
「なるほど。あのワニゲーターは一匹1000ぐらいだったんですか」
一瞬、ワニゲーター並の強敵を倒しまくればあっという間にランク上がるなと思ったけど。
ただ1000ってことは、ワニゲーターとしては最低ランクの強さだったはず。
本当はもっと強いんだ。
危険すぎるから躊躇してしまう。
ナタリーはカードと紙を受け取ってパンチの機械に差し込んでいた。
ガチャンと音がしてカードが返される。
任務のポイントが入って1718に増えていた。
それからお金も出された。
見慣れた金貨や銀貨のほかに、二回りほど大きな金貨が4枚、トレイに入っていた。
「ワニゲーターの討伐料込みよ。大金貨4枚ね」
「これが大金貨ですか。すごいですね」
日本円にして一枚10万円ぐらいの価値がある大金貨。
ユビックの実収集と魔物退治の代金を入れて今日だけで50万円近い稼ぎ。
これで『大金貨4枚』『金貨8枚』『大銀貨6枚』『銀貨8枚』『銅貨46枚』になった。
お金をマジックバッグにしまっていると、ナタリーが熱っぽい視線で語りかけてきた。
「すごいわね、ユートくん。――ねえ、私を養ってみる気ない?」
「精神的に縛られそうなので、やめておきます」
「ふふっ。縛るのは精神だけじゃないわよ……?」
「あ、はい。荷物でも縛っててください」
適当に流してカウンターを離れた。
すると待ち構えていた冒険者たちが取り囲んできた。
何かされるのかと思ったら。
「なあ、お前。パーティー組まねぇか!?」「いや、俺たちのパーティーにどうだ?」「あたしと一緒に稼がない?」
勧誘だった。
若い女性も年配の男もみんな僕を誘ってくる。
困ってしまって頭をかいた。
「いやぁ、ごめんなさい。しばらくはミウだけでいいですから」
「そうかい」「しょうがないわね」「その強さ、間近で見たかったなぁ」
みんなが落胆の溜息を吐く。
頭にバンダナを巻いた男が快活に言う。
「それはそうと、どうやってワニゲーター倒したんだ?」
「それそれ。昔討伐に参加したことあるけど、異常に勘が鋭いんだよね」
どうしよう。話したらバレるし。
というかワニゲーターは全員『第六感』持ちなのか。
――と。
優男が階段を降りてきた。ギルド支部長のレオンだ。
「ユート君はグラハムの弟子ですよ。あまり困らせないように」
「レオンさん」
弟子扱いになってるけど、この場を収めるにはしょうがないか。
冒険者達が言う。
「だから強いのか」「剣聖並だな」「でもユビッ――ユートは魔術師だぜ?」
勝手な憶測が飛び交い始める。
いろいろ詮索されるのは困るなぁ。
ひっそり生きていきたいのに。
やっぱり目立つもんじゃないね、これ。
レオンが微笑みながらみんなに言った。
「まあまあ、どこで出現したか、どれぐらいの規模だったか。いろいろ情報を共有したいところではありますが、今日はひとまずユート君の無事を祝して宴会を開きましょう――もちろんギルドのおごりで」
「おお!」「さすが支部長!」「わかってるぅ!」
冒険者たちが色めきたつ。
ひょっとしたら宴会目当てだったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
その後、ギルドの職員たちも同行して酒場に行った。
カウンターとテーブルが30席ぐらいあるそこそこ広い酒場。
宿屋も併設している。冒険者御用達の店らしい。
飲めや歌えの大騒ぎ。
僕のことはあまり注目されなくなった。
逆にありがたい。
というかレオンはこれを狙ってたのかもしれない。
さすが支部長。
僕はレオンとナタリーと一緒にカウンター席に座っていた。
パンや塊の肉を食べながらワニゲーターについて話した。
自分の能力はぼかしつつ一通り説明すると、レオンが酒のグラスを揺らした。
「それは大変だったようで。群れがまだ小規模だったのが幸いでしたね」
「二回ほど死ぬかと思いましたから」
「しかし君の魔法は凄いねぇ。ワニゲーターの鱗は普通の剣や魔法は通さない。それを一撃で倒すなんて恐るべきことだよ」
「あ~。ええ、まあ。強いみたいです……そういえば、玉が出て体の中に消えました。大丈夫なのでしょうか?」
まだ次元魔法は秘密にしたほうがいいかなと思ったので強引に話を変えた。
レオンは興味深そうに目を細める。
「スキルオーブが出たのか。玉は何色だった?」
「えっと、青色でした」
「ほう……ということは魔法系か……ワニゲーターは普通赤色の物理スキル『豪腕』を落とすはずだよ……魔法を使うワニゲーターは珍しいな」
「姿を隠す魔法を使ってましたが、あれがそうじゃないですか?」
「あれは種族固有だから人間には覚えられないよ。しかし惜しいことしたね。『豪腕』は剣聖や英雄ならみんな持ってるといわれるスキルだったのに」
「グラハムさんも持ってましたね、確か」
「彼もワニゲーターをソロで狩って手に入れたんじゃなかったかな? たぶんだが」
「そうだったんですか。普通種は落とさないけど、進化種なら必ず落とすんですか?」
「普通種で落ちたとは聞いたことないね。進化種はかなりの確率で落とす……だからワニゲーターが出たって話をしたときに、場所を知りたがった人は『豪腕』が欲しかったのかもしれないね」
「なるほど~。ちなみに、マイナススキルの玉もあったりします?」
「黒色のオーブは危険だと聞いたが詳しくは知らない」
レオンは首を振った。
すると横にいたナタリーが口を挟む。
「それならギルドの資料室にスキルオーブについての調査記録があったはずよ」
「僕でも閲覧していいんですか?」
「初心者が下調べしなくてどうするの……というか、ユートくん。黒の森の植生や魔物分布について調べてから行ってるわよね?」
「え? あ、あはは……まあ、なんとなく?」
ナタリーは呆れつつ首を振った。でもなんだか微笑んでいる。
「調べもせずにあの成果。やっぱりユートくんは将来有望ね」
「ありがとうございます」
「私を養ってくれてもいいのよ?」
色っぽい流し目をくれてきた。
「あ、はい。お金が有り余ってどうしようもなくなったら考えてみます――ところでレオンさん」
ナタリーの相手はしていられないのでレオンに話を振った。
「ん? なんだい?」
「もっといろいろ知りたいです。モンスターのこと、魔法のこと。魔術師の戦い方。でないとこの先、不安です」
レオンは、ふっと口の端に笑みを浮かべた。さらさらの前髪をかきあげる。
「むしろ今まで修行してなかったのが驚きだよ」
「冒険者ギルドで戦い方を習うってことはできないんですか?」
「魔術師の戦い方は、ウードブリックのギルドではあまりやってないね。基本的なことぐらいだ。王都パトリスのギルドか――あまりオススメはしないけれど魔術ギルドで学ぶとかかな」
「魔術ギルドですか。この町にあります?」
「ない。各国の王都か、神聖魔導王国ユスティアの各町にあるかな」
「オススメしないって言ってましたが、冒険者ギルドとは仲が悪かったりします?」
レオンは苦笑しながら言った。
「研究者的だからね。せっかくの魔術や魔法でつまらない戦いに挑むのは魔術師の本来の仕事じゃないと考えてる人たちだから」
「戦う暇があったらより良い魔術の研究に専念するべきってことかな」
すると隣にいたナタリーが、ふふっと笑った。顔が赤い。
「私が教えてあげてもいいわよ? ベッドの上で手取り足取りね」
「そういうのはいいです」
「遠慮しないでいいのに」
ナタリーは笑いながらもたれかかってきた。柔らかな胸が押し付けられる。
もっさりした職員の制服だとわかりにくかったけれど、かなり良いスタイルをしていた。
さすがエルフの血を引いてるだけある。
「ちょっと、ナタリーさん、近いです」
「わざとよ」
僕にもたれかかって耳に熱い息を吹きかけてきた。
「くすぐったいです。酔ってますね? ナタリーさん」
「ユートくんの隣だもの。安心して酔えるんだからぁ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、ますますしなだれかかってきた。服越しに華奢な全身のなめらかな曲線が伝わってくる。
――と。
酒場の開いた入口から一人の少女が駆け込んできた。
ミウだった。猫耳をぴこぴこ動かして辺りを見回していた。
カウンターにいる僕に気が付くと尻尾がぴーんと立った。
「ゆ、ユートさぁん!」
泣きべそをかきながら駆け寄ってくる。
何かあったのかと心配になる。
「どうしたの、ミウ?」
「どうしたじゃないですよぉ! ワニゲーターと戦ったって聞いて……大怪我してないかと心配で……っ! あぁ、よかったぁ!」
傍まで来くると僕にしがみついてめそめそ泣き始めた。
猫耳が伏せられている。
反対にナタリーが体を離した。
「くっ。そうよね、若い方がいいのよね」
と、やさぐれながら酒を飲み始める。美人なだけに凄みが合って怖かった。
僕はミウの頭を優しく撫でた。
しばらくして彼女が落ち着いたので話しかける。
「心配してくれたんだ。ありがと」
「もう、いくら待っても帰ってこないから……っ。家で心配してましたよぉ!」
「ごめん、先に言うべきだった。次からそうするから――お母さんの病気の具合はどうなった?」
「はい、熱も下がってすっかりよくなりました!」
「それはよかった」
「これも全部、ユートさんのおかげです。ありがとうございますっ」
泣きながら何度も頭を下げるミウ。
いやもう、可愛いなぁ。
するとレオンが立ち上がった。
「みなさん、挨拶がまだでしたね。乾杯しましょうか。グラスが空の人はおかわりして~」
「「「おお~!」」」
酒が運ばれてきて店内の冒険者たちに振舞われる。
頃合いを見て、レオンがグラスを掲げた。
「今日はとてもめでたい日となりました。ワニゲーターを一人で倒した小さな英雄、ユート君の無事を祝福して――乾杯!」
「「「乾杯~!」」」
ざわめいていた冒険者たちがこの瞬間だけ息が合った。
「すげえよ、お前!」「俺も強くなりてぇ~!」「ナタリーふられてやんの」「ナタリーはやばいぞ、気をつけろ!」「次はアタシがアタックするわ!」
それからあとはもう、騒がしくなるばかりで。
ミウもちょっとだけお酒を飲んで、顔を真っ赤にしていた。
「頬が、かぁ~ってなります~」
僕は酔うとあとが怖いので、舐める程度で付き合った。
こうしてみんなに褒められたり羨ましがられたりしながら一日が終わった。
僕とミウは冒険者とはいえ子供なので、先に帰ろうとしても許してもらえた。
静かな夜の町を歩く間、ミウは僕に抱きついて「にゃ~、にゃ~」と甘えるように鳴いていた。
「にゃ~。ユートさんのおかげでお母さん、故郷に帰れます~。にゃ~。ユートさぁん、好きですぅ~。にゃあ~」
頭を僕の胸にぐりぐりと押し付けてくる。
なにこれ可愛い。
この仕草見たさに、毎日お酒を飲ませたくなってしまう。
いけないいけない。
まあ、死ぬような思いしたけれど、終わりよければすべてよし、だね。
――あ、フローリアの夢どうしよう。
やばい、酔ってて何も思い浮かばない。
何か考えようとしても、さっきの酒場の騒がしさを思い出してしまう。
酔っ払ったミウの華奢な肩を抱きつつ、困りながら家路についた。




