第22話 黒の森で能力調べ
昼過ぎの黒の森を、僕はミウと歩いていた。
体感時間は午後3時。
森の入りたては、まだ木々がまばらで木漏れ日が爽やかだった。
しかしミウはすでに緊張している。
頭の上の猫耳が、ピッピクッと痙攣するように動いていた。
僕は手ごろな小石を拾いながら言った。
「今からそんなに緊張してたら、すぐに疲れちゃうよ。大丈夫だから、安心して」
「は、はい。わかりました……」
そう言いつつも、彼女の意思に反して耳はピッピッと動き続けた。
――そう言えば、超聴覚なんて持ってたよな。
改めて彼女のステータスを見る。
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名前:ミウ
種族:猫獣人
性別:女
年齢:14
職業:Fランク冒険者
天恵:探求Lv4、精密手、超聴覚、忍び足、内気、泣き虫、借りてきた猫
技能:剣術Lv1、弓術Lv1、鍵罠解除Lv3、逃げ足Lv2、料理Lv2、調合Lv1
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戦闘スキルは半人前。
探求の天恵スキルは持ち腐れ。
もったいないなと思わざるを得ない。
超聴覚を見る。
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【超聴覚】耳に意識を集中させるだけで、種族値の数倍の聴覚を得る。超遠距離、超低音、超音波まで聞き取る。遠方の足音や衣擦れの音から状況が手に取るようにわかる。他者が知覚しない物事まで聞き取るため、霊感や第六感と勘違いされる場合が多い。
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すごいスキルだ。取得するのに確か30ポイントは必要だったはず。
索敵や危険探知の上位版として機能してそうだ。
僕は何気なく尋ねた。
「ねえ。猫獣人って耳はいいの?」
「はい、種族的にみんな耳がいいです」
「でも、ミウって特別に耳が良さそうだよね。あの小声、聞き取ってくれたし」
「はいっ。実は、子供の頃から耳だけはよくて……聞こえない音まで聞こえます」
「それはすごい。羨ましいよ」
褒めたのに、ミウの耳がへにゃっと垂れる。
「全然羨ましくないです……町の音はうるさくて、夜は眠れなかったりします」
「ああ~、それは辛そうだ」
「だから、こうして町から離れて静かな冒険するのが好きなんですっ」
「なるほどね――だから冒険者になったのか」
ミウは悲しそうに尻尾を揺らす。
「それだけじゃないですけど……」
「んん? まだ何か問題があるなら協力するよ?」
「いえ! そこまでは甘えられません! ――これは自分の力で解決しなくちゃいけないことなのでっ!」
ふんすっ、と意気込み荒く鼻息を吐いた。
――なんだろう? 泣き虫克服かな?
まあここまで彼女が決意してるなら、手出しは無用だろう。
それからしばらく、小石や枝を拾いながら奥へと向かった。
だんだん鬱蒼とした森になってきて、空が隠されて辺りが薄暗くなる。
――そろそろいいかな。
「ねえ、ミウ。手伝って欲しい事があるんだけど」
「なんでしょ~?」
僕は背負い袋を彼女に渡した。
「これの中に手を入れてみて」
「はぁ……」
不思議そうに耳をぴっぴっと動かしながら、袋を受け取った。
迷いもせずに中へ手を入れる。超聴覚的に危険はないと無意識で判断したようだ。
「何か触れる?」
「……何もないです?」
「そっか。じゃあ、僕専用になってるのか」
「あ、ひょっとしてこれがマジックバッグですか?」
「うん。そう。盗まれたらどうなるかと思ってさ。大丈夫なようで安心した」
「マジックバッグか、いいな~。――あ、誰にも言いません!」
物欲しそうに指を咥えて袋を見ていたが、はっとして口を一文字に結んだ。
明るい瞳が信頼で輝いている。
――ありがたい。
こちらから頼まなくても重要な情報を秘密にしてくれるとは。
じゃあ、もっと協力してもらっても大丈夫そうだ。
袋を返してもらって手を入れる。
「ありがとう。すでにマジックバッグ持ちとは大勢にばれてるけどね。――じゃあ、次。少し離れたところから、この小石を僕に向かって投げて」
来る途中で拾ってきた石を3個渡す。
ミウの尻尾がピーンと立つ。
「え!? いいんですか!?」
「うん、新技の練習をしたくてね。思いっきりは投げないでね」
――次元魔法を防御に使えないかと考えていた。
自分の目の前の空間を切り取って、そのまま次元倉庫に入れる感じ。
飛んでくるものを相手の背後に出現させる、なんてのも考えたが、次元移動させるのはさすがに難しかった。
僕は木の少ない広場に立つ。
ミウが手を上げると真剣な声で言った。
「わかりました。じゃあ、いきますっ」
軽く腕を振りかぶった。猫のように柔らかく力強い動き。
ヒュッ――!
しなやかな動作と手首のスナップが効いたせいか、想定以上の速さで飛んでくる。
「早い。さすが猫獣人」
しかし、小石は目の前で消えた。
ミウが目を丸くする。
「消えた! どうして!?」
「魔法だよ、魔法。横や後ろからも投げてみて」
「はいっ」
いろいろ試して、自分の周囲に次元魔法でできた障壁を張ることに成功した。
飛んできたものを次元倉庫に収納する。
名付けて次元障壁。そのまんま。
ただ、どんな攻撃が飛んでくるかわからない。
そのため全部吸い込む設定なので、落葉や枯れ枝まで次元倉庫に吸い込んでしまうのが面倒だった。
――まあ、しょうがない。
これで攻撃と防御が揃った。
ミウが大きな瞳を丸くしている。
「ユートさんは風属性魔法って聞いてたけど、ちょっと違うような?」
彼女の唇に人差し指を当てて黙らせる。
「うん、だから二人だけの秘密だよ」
「は、はいっ。言いません!」
ミウは頬を染めて上目遣いで見上げてくる。猫の尻尾が嬉しそうに左右に揺れていた。
「あと最後のお願い。武器と防具の手入れの仕方わかる?」
「はい、一通りは習ってます」
「じゃあ、これ、教えてもらえないかな?」
ドサドサッと、1番倉庫に入っていた武器と防具を地面に出した。
茶色の瞳が丸くなる。
「す、すごいです。こんなに入るマジックバッグなんて初めて見た……あ、だったら防具買う必要ありませんでした?」
「いやいや、汚れすぎてるし、僕に装備できるかわからなかったんだ」
「なるほろ……確かに汚れてますね~。ちょっとここでは無理かも。洗う水がたくさん必要です」
「はいよ」
数十リットル入りの水がめを、そのまま出した。
ミウが口を可愛らしく開けたまま呆然としている。
「すごい……水がめごと……。いろいろと規格外すぎます、ユートさん……」
「そう? あと拭くための布も、これ」
水がめの蓋に布を置く。
ミウが心を決めたように小さく手を握る。
「わかりました! では、教えます! まず鉄の槍の注意点は、穂先と柄のつなぎ目で……」
濡らしていいところ、ダメなところ。
分解の仕方、汚れの溜まりやすい部分。
一時間ぐらいかけて掃除しながら教えてもらった。
魔物から手に入れた武具は全部ピカピカ光っている。
これで自分でも手入れをできるようになった。
そして気になっていた『魔法銀の胸当て(疾風)』を装備する。
胸と脇腹の辺りを覆う鎧。肩、腹は守らない。
洗って綺麗になった胸当てをベルトで縛って固定する。
「う~ん。やっぱり重いなぁ」
両肩に服とは違う重みが掛かる。
そこまでは重くないのだけれど動きが制限されるのが辛い。
ミウが普通の鉄の胸当てを手に取りながら言った。
「その銅の胸当てより、こっちの胸当てのほうが防御力高そうな……?」
「いや、これ魔法銀の胸当てなんだ」
「えっ! ミスティックシルバー製ですか! すごいです! 魔法銀は特殊な魔法を込められるそうですが……」
「どうかな?」
歩いてみると、確かに早くなったような?
走ってみると、その差は歴然とした。百メートル6秒ぐらいで走れそう。
ただし、しっかりと疲れる。
そうこうするうちに、日が傾いたためか森の中の薄暗さが増してきた。
武器防具をしまいつつ、賢者ミトラのローブは鎧の上に羽織った。
「まあ、しばらく装備してみて、ダメだったらやめよう」
「そうですね。武器防具は自分に合うかどうかが一番重要ですから」
「じゃあ、もう少し森を探索して、そしたら帰ろう」
「はいっ!」
ミウは手を上げて元気に返事した。
その後は黒の森を進んでいったが、魔物とは出会わず。
ユビックの低木は見つけたけど実はなっていなかった。
ミウはしょんぼりと落葉の積もった地面を眺める。
元気付けるために、マーカーで作ったネックレスをあげた。
つやつやした綺麗な小石に魔力を込め、穴を開けて紐を通したもの。
紐が短くてチョーカーみたいになってしまった。
――なんとなくフローリアと同じ腕輪をあげるのは気が引けた。
かといって指輪も勘違いされそうなので。チョーカーにした。
ミウは目を見張って驚いている。過呼吸を起こしそうなほど耳と尻尾が激しく揺れる。
「え、ええ!? わ、わたしに、首輪を……?」
「首輪、って……これをしてくれるとミウの位置がわかるから」
理由を説明すると、はぁはぁと荒い息を吐いた。小ぶりな胸を手で押さえている。
「なるほど、そうだったんですかっ。そうですよね! 会ってまだ二日なのに求婚だなんて、びっくりしちゃいましたっ――じゃあ、もらいますっ」
ミウは頬を染めつつ、チョーカーを受け取ると首に巻いた。
僕のほうが驚いた。
「え……猫獣人には首輪をプレゼントするのが求婚だったの!?」
「はい、そうです。猫だけじゃなく、かなりの獣人がそうですっ。だから、ほんとにびっくりしちゃって……」
「ごめん、知らなかった。はぁ~、そういう常識的な部分が抜けてるなぁ――今日はもう冒険者ギルドに戻って任務完了させよう。その代わり、地理とか、常識とか、そういったこと教えてもらえないかな?」
「確か記憶があやふやだったんですよね。わかりました、戻りましょー。……ああ、びっくりした。そうじゃないといきなり求婚なんてしないですよね……求愛ダンスもまだだったし」
「ダンス踊るのか」
「はい~。こんな感じで~」
ミウは楽しそうに僕の前で四つんばいになると、小ぶりなお尻を振った。
尻尾がピンっと立ている。パンツ見えそう。
誰もいない薄暗がりの大木の下、健全で煽情的な動作が繰り広げられる。
揺れるスカートから、ちらちらとのぞく白い太ももが目にまぶしい。
確かにそそるものがあるけど、なんだろう。何かを思い出す。
――ああ、ねこにゃんダンスかっ。
「でも男性も何かするんだよね?」
「オッケーだったら、後ろから覆いかぶさって女性の首筋を噛むんです~」
「こんな感じ?」
言われたとおりに覆いかぶさってみた。
猫のように細く引き締まった肢体。
くいっくいっ、と左右に振られる小ぶりなお尻が僕の腰に押し付けられる。
そして彼女の細い首を、かぷっと甘噛みしてみた。
ミウが「にゃああっ!」と可愛い悲鳴を上げて、落葉の積もる地面に突っ伏した。
真っ赤な顔して僕を振り返る。目が潤んでいる。
「ほ、ホントに噛んじゃだめです……もうあたし……おかしくなっちゃいます……」
「ごめん! ほら、落ち着いて」
体を離すと水がめを取り出す。
はぁはぁと荒い息を吐くミウに水を飲ませて落ち着かせた。
それから二人で話しながら帰った。
人と獣人の結婚の仕方とか、猫獣人はどこが弱いとか、猫獣人の子育ての仕方とか教えてもらった。
もちろん、世界についても教えてもらった。
教えてくれるミウは明るい笑顔に戻っていた。
愛嬌があって可愛い。
僕の役に立ててることが嬉しいらしい。
おかげで帰り道は、とても楽しかった。




