第19話 ミウの代わりにお礼参り
お昼の暖かい日差しが降り注ぐ町ウードブリック。
猫獣人のミウに案内されて防具屋へとやってきた。
冒険者として黒の森へ入るのに、ウィンドブレーカーとジーンズのままでは問題がありそうだったから。
町の西側、大通りに面して防具屋はあった。
教室にして3~4室はある大きな店。
店内には棚や床どころか壁まで、ぎっしりと防具が置かれている。
同じ品物が10個単位で置かれている。
真理眼で全部の防具を見ると、品質はほぼ均一。粗悪品は一つもない。
工業製品でもないのに大量生産とはすごい。
壁に掛かっている防具にいたってはレアものだった。
さすが入口上の看板に「品質保証! ゴードンの店!」「きこり騎士団ご用達!」の宣伝文句がでかでかと書かれているだけある。
来る途中で見かけた小さい店とは規模が違った。
通りから店を見つつミウに尋ねる。
「やっぱりこの店が安いの?」
「高いですけど、結果的には安いです。この店は品質が安定してて。……小さい店は安くても、当たり外れが大きくて……それに。ううん、なんでも……」
ミウは耳を伏せて首を振った。悲しげに茶髪が揺れる。
――足元見られて粗悪品つかまされたか、騙されたりしたんだろうな。
これはある意味、チャンスかもしれない。
いいところを見せて、ミウの心を掴む。
「ふぅん……じゃあ、ここはあとでこよう。ミウがひどい目に合わされた店に行きたい」
「え!? な、なんでわかったのです……?」
「僕だから」
胸を張って答えたが、通じなかった。
泣きそうな顔で言われる。
「意味がわからないです……それに、ユートさんがひどい目に合うのは、イヤ……」
「ミウは僕のパーティーメンバーなんだ。仕返しに行くぐらいいいじゃないか」
「だ、だめですよぉ……暴力振るったら。冒険者資格剥奪になります」
「暴力なんて振るわない。ただ、買い物するだけさ。だから連れて行って」
にっこり笑うと、ミウはますます悲しそうな顔をした。
でも俯いて答える。
「怒らない、暴力振るわない、泣かない。約束できますか?」
「もちろん。僕はミウと違って泣いたりしないから」
「あ、あたしも泣いたりなんかしませんっ」
すでに涙目になりながら答えた。さすが泣き虫。なんだか可愛い。
裏通りへと続く路地を歩きながら、何をされたか聞いた。
簡単に言うと詐欺られたらしい。
特売のポーションは水で薄めたような効き目の無いもので、防具はすぐ壊れ、ロープは簡単に切れた。
店が言うには「張り紙にもあるとおり、中古品なんだから品質に問題があるのは当たりまえ。よく見て買わなかったお前が悪い。嫌なら大通りの店に行くんだな!」だそうだ。
まあ、よくありそうな話。
「ふ~む。店の言い分にも一理あるね――ただ、買うときに過大な宣伝をされなかった?」
「……されました。『めったに出ない掘り出し物だ!』とか『次はいつ入荷するかわからないよ!』とか」
「ミウは意外と単純だなぁ」
「言わないでください……」
目尻を拭うミウ。尻尾が力なく左右に揺れる。
「うそうそ。冗談だよ。ミウが素直でいい人だって証拠じゃないか。だからこそミウには幸せになってもらいたいよね――ここかな?」
裏通りの一角にある、狭くて雑然とした店があった。
盾や鎧、兜などが無造作に積み重ねられている。
雨水が当たるところにある防具なんて茶色く錆びていた。
店前にある大きな箱には服やコップが無造作につっこまれ、売り物というより、ゴミ箱に見えた。
ミウが猫耳を伏せつつ頷く。
「はい……ここです」
僕は自分の所持金を確認する。
『金貨1枚』『大銀貨5枚』『銀貨8枚』『銅貨29枚』
「よっしゃ、買いますかぁ!」
両頬をパンパンと叩いて店に入る。
――まあ、気合入れたところでやることは簡単。
この店から良品を安く買って、あからさまな形で転売。
ミウの溜飲を下げつつ、儲けを分配。
相手だってギリギリ法の中で商売してるから、まあ極悪人というわけではないだろうし。
狭い店に入るなり、陰の笑みを浮かべたイケメンが奥から出てきた。
「よおよおいらっしゃい。ん~、坊やは魔術師かい? だったら今日は掘り出しもんが多いよ! この杖なんて入荷したところさ! 魔法の威力を劇的に上げる! これでバンバン魔物を倒せるよ!」
店主はぐねぐねと曲がった杖を取り出した。
見た目は確かに魔法使いの使う杖っぽい。
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【大火球の魔杖】
魔力+50 攻撃魔法の威力30%上昇
道具として使うと誰でも火球を飛ばせる。
どちらにしろ、残り使用回数1回
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☆が付いてない……。ノーマル防具でも☆1つ付いてるのに。
しかも残り回数1回。最初は200回だったらしいが。
いらないなと思ったけど、一応聞いてみる。
「いくらですか?」
「金貨3枚だ」
「たかっ! ……あ、ここにヒビ入ってますよね? これ、あと数回で壊れってしるしなんです。だからいらないです」
「マジかよ……じゃあ、銅貨15枚だ」
――何か凄く違和感を感じた。
「15枚なら、遊びで買ってもいいかな」
「お、買うって言ったな? 買えよ、買えよ!」
店主は天井の張り紙を指差しながら言った。
そこには『買う、買ってもいい、買いたい、と言ったら絶対購入したことになる。返品不可』と書いてあった。
はぁ、と溜息吐きつつ、銅貨15枚でゴミの杖を購入した。
「まいどあり~」
店主は黄色い乱杭歯がぎらつかせて笑った。
「ユートさん……」
ミウが泣きそうな顔で呟く。耳が伏せられている。
「大丈夫。――おじさん、買うもの買ったし、あとは眺めさせてよ」
「ふひひっ、いいぜ、ガキ」
店の奥の番台に座り、犯罪者みたいな顔でニタニタ笑っている。
でも、やってることがちぐはぐな気がしてしかたがない。
真理眼で見た。
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名前:ジョン(本名:ザウバ)
種族:人間
性別:男
年齢:42
職業:強盗
天恵:武術適正Lv1、魔法適正Lv3、殺人衝動、暴言、出まかせ
技能:剣術Lv2、交渉Lv2、算術Lv1、暗殺Lv4
状態:姿変化
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「うぇ――いや、なんでもないです」
思わず変な声が出た。
――なにこいつ。
まともじゃない。
それでも引き下がれない。
ほかにトラップ的な張り紙がないことを確認してからゴミ溜めのような店内を見ていく。
目の前に積みあがるゴミを見ながら、嫌な予感がした。
『片方だけの靴下』『切り裂かれた少女の服』『穴の開いた皮鎧』『婦人の断末魔が染み込んだ帽子』『農夫マティフさん42歳が、妻から送られた手作りベスト』
またマティフさん。
彼の身に何が起こったか段々わかってくる。なむー。成仏してください。
ともあれ。
なるほど、と思った。
値下げされた時に感じた違和感の正体がわかった。
買い取り品なら最低でも買い取った金額以上で売りたいはずだ。
でないと損したことになる。
でもこの男は鑑定する力を持たない。
だから素人目で適当に値段をつけている。
ありえない安値で売れるのは、その値段でも損をしないからだ。
この店の仕入れには、元手が掛かっていない。
だから、幾らで売り払っても構わない。
全部、強盗した品なんだろう。
幾らで売り払っても儲けになる。
――ある意味、理想的な商売だ。
誰にも聞こえないような小声で呟く。
「警備兵か騎士団呼んできて。できたら冒険者ギルド職員も」
ミウの猫耳がピコッと立った。
やはり彼女は耳がいい。
そんな彼女に買ったばかりの杖と、1個残していたマーカーを渡す。
「これ、邪魔だから先に持って宿に行ってて」
「う、うん」
驚きながらも、素直に従った。
ミウは心配そうに尻尾を揺らして店を出て行った。
――さて。どうするか。
証拠の品でもあればいいけど。
なければ現行犯で逮捕するしかないのかな。
ザウバをなんとかするために、僕はじっくりと品物を見ていった。