第17話 ギルド支部長レオン
冒険者登録を済ませた僕は、猫獣人ミウと一緒にギルド長レオンの部屋を訪れた。
冒険者ギルドの二階にある、それなりに広い部屋。
窓際にはどっしりとした執務机。壁際にはいくつかの棚。
隅には応接セットがあり、ソファーにはグラハムと、金髪碧眼の爽やかな男が向かい合っていた。
グラハムが髭面を揺らして手を上げる。
「おう、済んだか。こっちこい」
「失礼します」「ます」
僕とミウはソファーに並んで座る。
ミウはがちがちに緊張していた。尻尾がぴーんと立っている。
グラハムが手をひらひらさせて、ぶっきらぼうに僕らを紹介する。
「こいつらが今話してたユート。そしてミウだ」
優男と目が合った。
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名前:レオン
種族:人間
性別:男
年齢:38
職業:冒険者ギルド支部長、Bランク冒険者、Aランク探検者
天恵:天誅、隠密、罠宝探知、危険探知、優柔不断、女難、女たらし
技能:短剣術Lv4、弓術Lv4、罠鍵解除Lv5、逃げ足Lv5、下僕Lv3
称号:義賊、怪盗、救国の英雄、迷宮踏破者
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いろいろと驚いた。
まず歳。20台後半から、30代前半かと思っていた。とても若く見える。
続いて、英雄に迷宮踏破者の称号。
この人もグラハムとパーティー組んでたんだろうなぁ。
でもアネッサさんにはあったデーモンスレイヤーの称号がない。
参加しなかったのだろうか。
逆にアネッサさんにはなかった迷宮踏破者の称号がある。
面白い。いろいろ想像してしまう。
けど尋ねたら最後、ものすごく長い話をされそうだから聞かないでおく。
最後に気になったのは優柔不断に女難、女たらし。
なんかラノベの主人公になれそうな性質持ち。
あと、何気に逃げ足Lv5ってすごい。
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逃げ足……戦闘や追っ手から逃げられる確率を上げる。
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……女性から逃げ回ってLv5になったんじゃないかと推測。
まあ、義賊として優秀な人みたいだけど。
下僕スキルには触れないでおく。
レオンが端整な顔に見ほれるような微笑みを浮かべた。
「こんなに若い子がねぇ……ユート君だったね。子供たちやミウ君を助けてくれてありがとう」
「はい。よかったです」
「ミウ君も無事でよかった」
「ほんとにもうダメかと思いました。ユートさんのおかげですっ」
レオンは彼女の言葉に頷きつつ、形のよい眉をしかめる。
「――それにしてもヒュージスライムが出るなんてね」
「珍しいのですか?」
「ヒュージスライム自体あまりみかけないんだ。それが村のすぐ傍にいたんだから、驚くべきことだよ」
グラハムは腕組みをして不機嫌そうに唸る。
「昔は絶対ぇ、いなかった。急にやってきやがったんだ!」
「黒の森からでしょうねぇ」
「最近、魔物が活発だからな。ヒュージスライム自体はそこまで強くない。他の魔物の圧力に負けて逃げてきたんだろう」
「ええ、活性化は本当に困っています」
疑問に思った僕は、ソファーに座りなおしながら尋ねる。
「あの、黒の森のモンスターが増えてる原因ってなにかあるんでしょうか」
「森の真ん中か北側で、なんらかの強力なモンスターが生まれたのでは、と王立研究所の人たちは言っていますね」
「ははぁ。そのモンスターを避けて中級モンスターが森の外縁に逃げ、低級モンスターが押し出されて森の外に出る、と」
「たぶんそうでしょう。問題はいったい何が生まれたか、ですが。ミストドラゴンが縄張り争いをした形跡は無く。相変わらず飛んでいるので日帰りしないといけませんから、調査がまったく進まず……」
レオンは難しい顔をしてソファーに深くもたれた。困っているようだ。
「それは難しいでしょうね」
僕なら調べられるけど。
でもなぁ、ほぼ丸一日、次元移動し続けなきゃいけないから、チートがあっても正直しんどい。
だいたいミストドラゴン並に強いモンスターとはまだ戦いたくない。
もうちょっと次元魔法を使いこなせるようになってからにしたい。
まあ、よっぽどのことがない限り急ぐことも無いだろうし。
僕や周りの生活に影響するようになったら考えよう。
すると、今まで黙っていたミウが震える声で言った。
「あ、あの! あたし、どうなっちゃいますか……? 冒険者登録、除外ですか……?」
「ミウ君は確か、任務失敗続きだったね。そろそろ成功しないと除外だねぇ」
「そんなぁ……あたし、お金稼がなきゃ、お母さんが……」
めそめそと泣き出してしまうミウ。
僕は彼女の頭を撫でて慰めた。
「大丈夫だよ。失敗にはならない」
「そんな慰め……ユートさんが言っても……」
「いいや、絶対大丈夫。ミウを処罰対象にすると、芋づる式に国の威信に関わるからね」
「ふぇ?」
グラハムとレオンの目が光った。
「どういう意味だよ、ユート」
「ぜひ聞かせていただきたいですね」
僕は眼光にひるまず、にっこりと笑った。きっと少年のようにあどけない笑みだろう。
「いいかい、ミウ。グラハム村で起きたのが問題なんだ。ヒュージスライムに気付けなかった者に救国の英雄の称号を与えたのだから、国まで懐疑の目で見られることになる。ちゃんと審査したの? 裏があったんじゃないか? と変に勘ぐられかねない」
「な、なるほど~」
ミウが目を丸くして頷く。
レオンは面白そうに目を細めて聞いていたが、グラハムは苦いものでも食べたかのように顔をしかめていた。
僕は続ける。
「だからミウは任務を成功させてヒュージスライムがいると報告したし、それを受けてグラハムの下で修行中だった冒険者志望の少年が倒した。――さすがグラハム、弟子まで強い! さすが冒険者ギルド、いざってときに頼りになる! っていう筋書きだと思う。今ここに呼ばれたのは、口裏あわせってことだよ。事件の報告だけならグラハムさんだけでいいもの」
レオンが顔に手を当てて、おかしそうにくっくっと笑った。
「15歳とは思えない勘のよさですね」
「こいつぅ……賢い子は嫌いだぜ」
ミウだけが、信じられなさそうにみんなの顔をキョロキョロ見ていた。
「え、え。本当ですか!?」
レオンが苦笑しながら言った。
「さすがにそこまでやりませんよ。目撃者もいるわけですし。アネッサ姐さんが黙っちゃいないでしょう。――ただ、ミウ君は事件調査中、子供たちを守るためにあえてヒュージスライムの傍に残った。任務続行中であり、人命最優先だったので失敗ではない。グラハムは人質がいるため動けなかった。というふうにしたいなと思いましてね」
「ああ~。意外と普通にまとめるんですね」
僕の言葉に、グラハムが鼻の頭にしわを寄せて唸る。
「普通って言うな。これでも冒険者ギルドにとっちゃ英断なんだよ――まあ、ユートの手柄が少し減るが……」
「いいですよ。実際、ミウが子供たちを元気付けていたそうですし。僕は冒険者になれましたし」
「みなさん、ありがとうございます……っ」
目を擦ってすすり上げるように泣き続けた。
レオンが微笑みながらポケットからお金を出す。
「というわけで、討伐料兼口止め料ですよ。受け取ってくださいね――ミウ君にはこれを」
僕はヒュージスライムの討伐褒賞金貨1枚をもらい、ミウは銀貨3枚と依頼達成証明をもらっていた。
グラハムが尋ねてくる。
「これからどうするよ?」
「さっそくですが、一つぐらい任務を受けてみようかと思います」
「そうか。じゃあ、ミウ。こいつの面倒を引き続きみてやってくれ」
「あ、はい! 頑張ります!」
ミウは涙を拭きながら元気に答える。頭の上の猫耳がぴこっと立っていた。
こうして僕はミウとパーティーを組むことになった。