第16話 冒険者ギルド!
辺境町ウードブリックにある冒険者ギルド。
グラハムを先頭にして、僕は建物の中へ入った。
入って左手にはカウンターがあり、何人かの受付嬢がいる。
右手には掲示板があり、たくさんの紙が張られていた。
――きっとあれが任務依頼の紙だ。どんな依頼があるんだろう?
最低でも生活できるぐらい稼げる依頼があって欲しい。
気になる。早く見てみたい。
ギルド一階奥には休憩室と資料室があった。
二階は会議室や偉い人の部屋があるらしい。
なんとなく市役所っぽい雰囲気だった。
カウンターで手の空いていた受付嬢が、慌てて立ち上がる。
「グラハムさま、ようこそ冒険者ギルドへ! どういった御用でしょうか?」
最高の笑顔。妙に色っぽい腰つきをした美人だった。
「ん~、そうだな。まずはこいつの登録済ませちまうか」
グラハムに背中を叩かれて僕がカウンターへ前のめりになる。
「あ、どうも。冒険者になるためやって来ました、ユートといいます」
「へぇ、この子が? 大丈夫なんですか?」
「そんな口きけるのも今のうちだぜ? こいつぁ、すげえ冒険者になる。そうだろう、ユート」
「できるだけ頑張ります……」
――まずは薬草採集任務を受けたい、なんて言える雰囲気じゃなかった。
受付嬢が言う。
「では、審査をしますので、あなたの身分を保証してくれる人の保証書と、出身地の証明書を――」
「こいつの保証は俺がする。出身地はグラハム村だ――ほれ、書類」
どさっと書類の束をカウンターへ置いた。
「まあ、グラハムさんが!? ――わかりました、すぐにお作りします」
受付嬢はてきぱきと動いて、書類を確認していく。
ペタンペタンとはんこを押し、何かを書き込む。
それから一度カウンター奥にある壁際の棚へ行くと、手に何かを持って帰ってきた。
黄色のカードだった。
「こちらが冒険者たちの持つカードになります。任務をこなした回数と倒した魔物の数によって、自動的にランクアップして色が変わります」
色は上からS金色、A銀色、B銅色、C赤色、D青色、E緑色、F黄色、になるそうだ。
金、銀、銅、火、水、風、土、を模しているらしい。
カードは黄色だからFランクからのスタートか。
もちろん、文句なし。地道に頑張っていこう。
続いて受付嬢は、カウンターの下から変わった形の道具を取り出した。
メーターのある本体から、コードが延びている。その先には握れるような棒。
本体にカードをセットする。
「こちらを握ってください。犯罪暦の有無と、必要な情報を読み取りますので」
――必要な情報、か。
次元魔法や天恵スキルがばれたら嫌だな。
いや、ハイヒューマンだとばれたら問題になるかな。
でも、さっき見たカードには名前とランク、国名ぐらいしか無かった。
ここで断ったら一生冒険者になれないし、まあいいや。
棒を握った。
「では、握っているグリップに意識を集中させてください」
「はい」
睨みつけるように棒を見ると、ぐぐっと魔力が奪われる感じがした。
――と。
本体のメーターが吹っ切れて、ズブンッという変な音とともに煙を上げ始めた。
受付嬢が悲鳴を上げる。
「な、なんですって!? 鑑定器が壊れた!? ――い、いったいあなたは……っ!」
掲示板で依頼を眺めていた冒険者や、休憩室にいた冒険者が変な音の発生源を見て目を丸くしていた。
「なっ!? 壊してるだと……!」「ま、まさか噂が本当だったとは!」「ヒュー! 未来の英雄さま誕生かよ」
なんか異様に驚かれて、さらに褒められている。
――何かやらかしたっぽい。
あんまり目立ちたくないんだけど……。
すると、横にいたグラハムが豪快に笑い出した。
「あっはっは! やっぱりな! 俺と同じ匂いがすると思ったぜ!」
「どういうことです?」
グラハムは歯を見せてニヤッと笑った。
「俺も、鑑定器ぶっ壊したくちよ」
「なるほど」
「ちなみにアネッサもぶっ壊したそうだ」
「……なるほど」
英雄と呼ばれるグラハムやアネッサが冒険者登録時に鑑定器をぶっ壊していた。
それが噂として広まっていたらしい。
――てことは、僕は目立ちすぎじゃないか。
のんびりゆるゆるした冒険者ライフを送りたいのに、先が思いやられる。
溜息を吐くと、ミウもまた猫耳を伏せて悲しげな吐息を漏らした。
「すごいです……やっぱり、ユートさんは生まれながらの冒険者だったのですね……」
「まあ、そうなるといいね」
頭をぽりぽりと掻いて誤魔化すしかなかった。
受付嬢がペンチと金づちを振るって、鑑定器の中に閉じ込められていたカードを引っ張りだした。
「あ、記録自体はできているようです――こちらがユートさんのカードになります」
そう言って僕へ渡してきた。クレジットカードぐらいの大きさ。
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氏 名:ユート
ランク:F
登録国:オリザード王国
適 正:魔術師
備 考:
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おお……。
これがギルドカード。
ついに冒険者になれた。
いろいろ大変だったので、すでに感動している。
――でもこれで身分証明書ができた。
あとはこの世界で生活基盤を築いて。いつかは異世界ハーレム……なんて。
まあ今は生きていけるかわからない。まずは薬草採集からこつこつとっ!
受付嬢がカードを覗き込みながら言う。
「上から名前、冒険者ランクとなります。登録国は変更することはできません。国ごとに冒険者の扱いが異なりますのでご注意ください。あとオリザード王国はCランクにならないと他国へ行くことはできません。最後は職業適正になりますが、絶対この職がいいというわけでもありませんのでご注意ください」
「なるほど。わかりました」
――今いる国がオリザード王国と言うのか。
ランクが上がらないと国境を越えられないのは仕方ないか。Cに上がる時に誠実さを見られるんじゃないかな。
まあ、しばらくはこの国を見て回ればいいし。
僕がカードをしまおうとすると、受付嬢が焼きゴテみたいなものを取り出した。
「なんです、それ?」
「カードは身分証の代わりになる大切な物なので。失くさないように魔法印で体に焼き付ける事も出来ますが」
「え?」
「魔法陣を皮膚に埋め込む感じですね。オープン、クローズで出し入れできます。便利ですよ~3日から1週間ほど痛みますが……うふふっ」
――グラハムが門を通るとき、どこからともなくカードを出してたっけ。
でも痛そう。
ていうか受付嬢が興奮しているのが怖い。
絶対S気があるよ、この人。
チラッと真理眼で見た。
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名前:ナタリー
種族:クォーターエルフ
性別:女
年齢:55
職業:冒険者ギルド職員、Cランク冒険者
天恵:魔法適正Lv3、夜の女王様
技能:鞭術Lv4、水魔法Lv3、事務Lv3、料理Lv2、調教Lv4
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うん、やっぱり。夜の女王様って。
エルフの血が流れてることに驚きだ。確かに妙齢の美女という感じがする。
耳は尖ってないけど。
……でもカード、どうしようか。
焼付けは嫌だなぁ。
ミウはどうしてるんだろ?
横にいるミウを見た。
視線に気付いた彼女は胸元に手を入れて谷間から紐を引っ張り出した。――意外と胸がある……着やせするタイプかも。
そんなところをしっかり観察してしまう自分がなんとも言えない。
ミウはカードを手にしながら言う。
「あたしは紐を通して首から提げてます」
「僕もそうします」
痛そうだし、マジックバッグあるから同じ事が出来る。
「そうですかぁ。残念です。……いたいけな少年が悲鳴上げるとこ見たかった……」
なにか、ボソッと怖い独り言を言っていたが、聞かなかったことにする。
グラハムが頷く。
「まあ、ユートならそれがいいだろ。マジックボックス持ちなんだし」
その言葉にギルド内の空気がざわついた。「マジックボックス持ちか」「いいな」「誘いたい」「さすがグラハムの連れてきた奴だ」
――どうやらマジックバッグやマジックボックスは冒険者であっても珍しいらしい。
まあ盗まれても……大丈夫なんだろうか?
あとで調べてみよう。
グラハムが言葉を続ける。
「――あとは任務の受け方なんかの説明をしてやってくれ。そうだな、しばらくミウはユートの面倒を見てやれ」
「は、はい! ばんがりますっ」
緊張しているのか、変な言葉で了承するミウ。
「じゃあ俺はレオンと会ってくるから。嬢ちゃん、グラハム村の件で話があると奴に伝えてくれ。勝手に行くから案内はいい。説明終わったら二人も来るようにな」
「わかりました」
受付嬢がカウンタ下にあるボタンを操作した。
グラハムが階段に向かった。
その背中を見ていた。
受付嬢が、説明を開始する。
「依頼はあちらの掲示板に張ってあります。個人でもパーティーでも受けられますが、一度依頼を受けるとパーティーを組みなおしたり、増員、解散はできませんのでご注意ください。また、ランクポイントは規定ポイントが全員に入りますが、報酬はパーティーで頭割りされます。死亡した場合でも報酬は遺族に支給されます」
「え、つまりパーティーは任務中固定ってことですね。面倒ですね」
「ミッション達成した瞬間、パーティー抜けて依頼品をギルドに持ち込み、自分だけ報酬を受け取ることが可能になってしまいますので」
「なるほど。なるほど……パーティー自由だと、もっとひどいことも可能か」
任務成功後、帰路で仲間を皆殺しにしても独り占めはできない。
――よく考えてあるな。
受付嬢が興奮したような口調で唇を舐めた。
「ふふっ……そこに気付くとはいい子じゃない……教育してあげたくなっちゃう……」
「え?」
受付嬢は澄ました顔に戻って説明する。
「ですのでパーティーは冒険者ギルドで組むのが基本となります。私たちがしっかりと監視します」
「わかりました」
「次に、依頼を失敗したときや棄権するときの話をします。どちらもキャンセル料が発生しますのでご注意ください。あと複数回連続で失敗すると登録取り消しになる可能性があります」
隣に居るミウが、体をビクッと震わせた。
悲しげな顔で俯いている。
……たぶん、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけどな。
まあ、元気付けるのはあとにしよう。
僕は受付嬢に尋ねる。
「冒険者の義務みたいなものはありますか?」
「はい、ありますよ。年に一度の登録利用料を払うこと。金貨1枚です。毎月一度は依頼任務をこなすこと。最低3ヶ月に一度は自分のランクに近いモンスター討伐依頼を受けること。あと強制義務ではないですが、ギルド召集が掛かった時はできるだけ参加してください。ほかに質問はありますか?」
「素材の買取や、討伐部位の認定について、かな」
「素材の買取はギルドでもやっております。入口から入ってすぐの一段低いカウンターへお越しください。討伐部位はモンスターによって違いますのでご注意。規定よりも多く狩った場合、その分も加算されますのでご安心を。依頼を受けずに倒すと報奨金は出ますがランクポイントは増えませんのでご注意――ほかに質問は?」
「今のところ無いです。また何かあったら尋ねます」
「はい。それではレオンさんに会うのでしたね。案内します」
誰か知らないけれど一応尋ねておく。
「レオンさんって、ひょっとして」
「ええ、冒険者ギルド・ウードブリック支部長です――二階へどうぞ」
受付嬢はカウンターを出て階段へと向かった。
僕とミウはその後ろをついていく。
――遠くから僕を見る冒険者たちの視線が背中に刺さる。
グラハムの関係者だとわかっているのに、ちょっかいかけてくる奴はいない……はず。
面倒は嫌だなと思いつつ、二階へ続く階段を上がっていった。