第12話 村で働けた理由
宿屋の親父グラハムが剣聖でSランク冒険者だったので、彼の信頼を得て冒険者になろうと考えた。
そこで働かせてくれと頼むと3つの仕事を言い渡された。
1つ目。村のすべての家に薪を届ける。
2つ目。池から水を汲んできてすべての家と畑の水がめをいっぱいにする。
3つ目。林に行って山菜、木の実、キノコを背負い籠1杯分取ってくる。
――ですよねー。
新入りの下っ端は、雑用からですよねー。
魔物が出くわしたら勝手に殺していいとのこと。
まあ、次元魔法使えばすぐ終わるので別にいいけど。
さっさと終わらせて驚かせてやろう。
ただ、場所がよくわからなかった。
薪用の林と、山菜きのこ用の林があるので、最初に会った親切なおばさん――アネッサさんについて来てもらった。
刈り間違えたら大変だから。
ちなみにこの人。
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名前:アネッサ・ゴールドバーグ
種族:人間
性別:女
年齢:43
職業:村人 Aランク冒険者
天恵:魔法適正Lv3、二重詠唱、善悪感知、絶対音感、噂好き、おせっかい
技能:神聖魔法Lv4、土魔法Lv3、生活魔法Lv2、農作Lv3、解体Lv3、手仕事Lv2、料理Lv2
称号:聖女、デーモンスレイヤー、救国の英雄
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でっぷり太っていたけど、実は聖女でした。
グラハムと同じ称号『デーモンスレイヤー』『救国の英雄』ってことは、きっと同じパーティーだったんだろうなー。
アネッサさんが村の西へ続く道を先導する中、僕は宿屋の少女ニーナちゃんと手をつないで歩いていた。
ニーナちゃんはちょっと怒っていた。
「お兄ちゃんはいい人だから! みんな、悪口言うの、きらい!」
どうやら怪しい奴だと思われて、陰口を叩かれていたらしい。
まあ、仕方ないといえる。
働きたいと言ったことで、余計に疑惑の目を向けられた。
なぜか?
『路銀が無くて働きたいですっ!』
→だったらなんで、金貨一枚も使ったんだよ?
はい、論破。
『違うんです! 魔物に襲われて荷物を失ってしまったんですっ!』
→お前マジックボックス持ちだろ。どうやって失くすんだよ?
はい、論破。
好感度マイナス10万ぐらいにまで下がった気がするわー。
でもニーナちゃんだけは味方になってくれる。
お店で丁寧に対応してから気に入られてしまったようで。
ちなみにニーナちゃんは。
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名前:ニーナ・マクリーン
種族:人間
性別:女
年齢:10
職業:村人
天恵:剣術適正Lv4、歌唱力Lv5、善人感知、空想癖、ドジっ子
技能:剣術Lv1、料理Lv1、算術Lv1
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あの父にしてこの子あり。将来有望です。ドジっ子だけど。
いい人と言ってくれたのは『善人感知』が発動したからかな。ちょっと嬉しい。
ニーナの頭を撫でる。茶髪が柔らかい。
「いい人って言ってくれてありがとう」
「えへへっ」
ニコニコ笑った。
前を歩くアネッサが、太った体を捻って振り返る。
「気をつけなさいよ。男なんて信用ならない生き物なんだから」
「何かあったんですか、過去に」
アネッサは肩をすくめるだけで、何も言わずに歩いた。
新しく造成されたばかりに見える畑のあぜ道を通っていくと、西に広がる林が近付いてきた。
そよ風が緑の野菜を揺らし、小さな羽虫がキラッと光ながら飛んでいく。
……話題が無い。
下手に喋るとボロが出そうってのもあるけど。
――そうだ! 歌唱力Lv5を聞いてみよう。
隣を歩くニーナに尋ねる。
「ニーナちゃん、歌は好き?」
「おうた? あんまり歌ったことないかも」
「え、もったいない」
「みんな、おうた、知らないし」
「なるほど。じゃあ、こんなのはどう?」
子供の頃好きだった童謡を歌ってみる。
「どんぐりころころ、どんぐりこ~ おいけにはまってさーたいへん! どじょうがでてきてこんにちわー、ぼっちゃんいっしょにあそびましょー!」
ニーナはキャッキャッと手を叩いて笑った。
「なにそれ~、おもしろ~い! ニーナも歌う――どんぐりころころ~」
やはりウケた。
どん、ころ、という言葉が口の中で転がるのが楽しい。
そして、ニーナは一度聞いただけなのに覚えてしまった。
音程バッチリで、表情豊かな歌声。伸びのある高音にはビブラートが効いている。
――さすが歌唱力Lv5だけある。
童謡なのに聞き惚れてしまった。
これ練習したら世界取れる歌声ですよ。
前を歩くアネッサが目を丸くしている。
「ニーナちゃん、歌うまかったのねぇ。すごいわぁ」
「えへへ、おうたって、歌うと気持ちいいね!」
「うんうん。ストレス発散になるから、ちょうどいいよ」
茶色の瞳をキラキラ輝かせて服の袖を引っ張ってくる。
「ほかには~? ほかには~?」
「じゃあ、アルプス一万尺だな。――あ る ぷ す、いちまんじゃっく! こやりのうーえで、アルペン踊りを、さぁ、お ど りっまっしょ! ら~んららんら……」
「きゃははっ! 楽しいおうたー!」
これまたきゃあきゃあ言って笑った。
そして、歌いだした。
歌出す瞬間は周囲の空気が変わる。
風や音が止んで、しんっと静かになる。そよ風すら足を止めて彼女の歌声を聴こうとするかのよう。
童謡なのに。童謡と思えないほどの、豊かな歌声が丘に畑に響き渡る。
彼女のアルプス一万尺は、聞いてるだけで心が楽しくなった。
歌い終わると拍手をした。
「いやー、ニーナちゃんすごいね。とてもうまいよ」
「ほんとに!? ありがとー」
ニーナは弾けるような笑顔で喜んでいた。
アネッサも豊かな微笑みを浮かべる。
「ニーナちゃんが元気になってよかったわ」
「うん! お兄ちゃんと遊ぶの、楽しい!」
「よかったわねぇ」
ふと、疑問が芽生えたのでアネッサに尋ねる。
「そういえば、この村って子供がニーナちゃんしかいないんですね。家の数は60軒ぐらいあるのに。町も近いんだし、町暮らしでもよいのではと思うのですが」
質問したとたん、今まで明るかった空気が沈んだ。
「いるのよ、子供は。ただね……」
「みんなウードブリックに住んでるの……」
二人とも俯いて歩いた。
――ウードブリックは僕が観察しただけで入らなかった、あの町だ。
ここから徒歩で3時間ぐらいの位置にある。
僕は隣を歩くニーナを見た。
「ニーナちゃんも町に住んだらどう?」
「ニーナは、えさだからダメなの。おとり、なの」
「おとり!?」
僕の驚きに、アネッサが答える。
「子供だけが行方不明になるのよ。村人で見張りもしたし、ギルドにも依頼したけど。結局、原因はわからなかった。だから今は子供たちだけ疎開させてるのよ」
「へぇ……」
――剣聖がいるのに原因がわからないって、すごく厄介な問題では?
ただの盗賊や奴隷商人じゃないだろうし。
グラハムが見逃すはずが無い。このアネッサだって相当な実力者。
ニーナがにっこりと笑う。
「だから、お兄ちゃんが来てくれてよかった! 楽しいし!」
「うん、役に立てて――ん? ちなみに子供って何歳から何歳です?」
「7歳から15歳ぐらいまでね」
「――僕も15歳なんですけど……」
アネッサが最高の笑顔で振り返った。
「そうよ、だから子供たちがやっていた雑用をあなたに押し付けてるの。――おとり頑張ってね!」
「そういうことかぁぁぁ!」
――まあ、ふらっと村を訪れた旅人が一人ぐらい死のうがいなくなろうが、村にとっちゃ関係ない話ですもんね。
でも逆にチャンスだ。
剣聖が娘をおとりに使わなくてはいけないぐらい、事態は切迫しているのだから。
これを解決したらグラハムの覚えもよくなるに違いない。
ただ、Sランク冒険者が解決できなかった事件を僕ができるだろうか?
真理眼と次元千里眼を発動させて周囲を警戒しつつ、林へと向かった。