第11話 冒険者になるには
村に昼の日差しが降る。
酒場のカウンターに座ると、猪肉のステーキが出された。
「おう、ユート。これは傷みやすい部分だからタダで振舞ってる。遠慮せずに喰えよ」
「ありがとうございます」
村の男女も集まっていて、酒場は賑やかになっていた。
柔らかくて、肉の味が濃かった。豚肉に似た味。
かむたびに口の中に肉汁が溢れる。味付けは塩だけ、でも脂が乗っていておいしい。
素朴な味の固いパンと良くあった。
半分ぐらい食べた頃、親父が言った。
「商品買ってくれたのはいいんだけどよ、計算間違ってただろ。ほれ」
カウンターに銀貨2枚と銅貨6枚置かれた。
「いえ、計算しやすい値段にしただけなので。村人価格で一割引だったんじゃないですか?」
親父は目を細めて僕を見る。
「よくわかるな、お前。田舎から出てきたのに、複雑な計算が得意なのか?」
――あ、やばい。疑われた。
なんとか誤魔化す。
「親にいろいろ教えてもらってたので……」
「ふぅん。そうかい」
疑う視線は消えない。
いそいそとお金をポケットにしまう。
「それで――えっと」
「俺の名前はグラハムだ」
「グラハムさん、冒険者になるにはどうしたらいいですか?」
親父――グラハムの目付きが鋭くなる。不審者を見るような目付き。
「そりゃ、冒険者ギルドに登録するしかないだろ。ただ出自がしっかりしてないといけないし、そいつの身分を保証できる、しっかりした身分の人物による保証が必要だな。犯罪歴が無いことも重要だ」
「犯罪歴はないけど……保証人ですか……。厳しいですね」
「冒険者は制度がしっかりしてる分、ゴロツキやチンピラを雇うわけにはいかないからな。有力者の警護や重要物の運搬、A級モンスター討伐など、国境を越えて活動するんだから、しっかりと任務をこなせる誠実さが求められる」
――なんか、僕の考えていた冒険者像と微妙にチガウ。
国際救助隊とか、国境無き騎士団、みたいな感じ。
もちろん、それらは高ランクだけで、EやFの下位ランクは僕が予想したような冒険者だけど。
高ランクは特別な存在らしい。
僕は口を曲げて頷いた。
「そうでしたか――ああっ!」
「どうした? 急に大声出したりして」
「いえ、なんでもないです……」
――そういうことかっ!
エルフのフローリアとは話の流れで「Aランク冒険者になって迎えに行く」みたいなことになってた!
目を輝かせて喜んでいたけど!
『強くて誠実で身分がしっかりした人間』じゃないとAランク冒険者になれないから、超好意的に受け止められたんだ!
ある意味、白馬の王子様的な?
そりゃ喜んでくれるよね。
――やばい。
なんかの修行が終わるのに一年後とか言ってて、長いな~と思ってたけど。
この世界の冒険者になるのってめっちゃハードル高い。
一年後じゃ間に合わないかもしれない。
工場勤務時代「司法試験受かって弁護士になったら結婚しよう」と言い続けて、15年たった先輩がいたのを思い出した。当然別れた。
僕も冒険者になれずに何年も過ごし、フローリアに蔑まれてしまうのか――!
――いや、大丈夫。
僕には次元魔法がある!
絶対、この魔法を使いこなせば不可能を可能にできると信じる。
今だって相当チートだしね。
僕は肉を食べながら尋ねる。
「ほかに冒険者になるルートはないんでしょうか?」
「迷宮都市アイゼンベルグに行くって手段もあるな。そこでは探検者になれる」
「探検者?」
「ダンジョンに潜るやつらのことさ。重罪歴の有無と強さのチェックぐらいだな。強い奴ならほぼ誰でもなれる。その代わり荒くれ者が多くて暴力沙汰が絶えないし、ダンジョンの危険度もかなりのものだ」
「出てくるモンスターが強いのでしょうか?」
「それもあるが、マッピングが役に立たない生きている迷宮――生命迷宮だからだ。常に形を変え続けて、探索者を惑わし、殺そうとする」
――ローグライクダンジョンなのか。
トル○コやシ○ンみたいだな。
ちょっと楽しそう。
「死ぬと吸収されたりとか?」
「そうだ。迷宮に食われるな。装備や所持品は宝箱として出土する」
僕は考えながら言う。
「そして、探検者として結果を残すと、冒険者になれるんですね。どれぐらいですか?」
「最深部到達してダンジョンコアを破壊するか、持ち帰ることだな」
「破壊したらもうダンジョンではなくなってしまうのでは?」
「コアを破壊しても弱るだけでまた復活する。生命迷宮はほっとくと増えるしな。そうなると人の手には負えなくなる」
「なるほど。……いろいろありがとうございます。場所はどこにありますか?」
「ここから街道を東に進んで、隣の国にある翼竜山脈の麓だ。もと鉱山町だったが迷宮を掘り当てちまったんだ」
「隣の国ですか……ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
――隣の国かぁ。
彼女の住む森の近くから離れるのは、あまり乗り気がしないな。
でも気になる。いつか行きたい。
いや、その前に保証人だ。
考えていると、グラハムの目がいっそう鋭くなった。
「有名すぎるアイゼンベルグを知らない奴なんて、この世にはいないはずだが……親にいろいろ教えてもらった割には、世界のことや常識を教えてもらってないんだな」
――やばい、また墓穴掘った。
頭を掻いて誤魔化す。
「いやあ、すいません。魔物に襲われたときに、記憶をだいぶなくしたらしくて」
「ふぅん……まあ、そういうことにしとこうか」
ていうか、このおっちゃん。
村の宿屋親父にしちゃ、頭の回転が早すぎじゃないか?
勘も鋭いし。
こっそり真理眼を発動させた。
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名前:グラハム・マクリーン
種族:人間
性別:男
年齢:48
職業:宿屋経営者、Sランク冒険者、Aランク探検者、王国騎士団名誉指南役、冒険者ギルド名誉相談役
天恵:剣術適正Lv5、神速抜刀、豪腕、絶対命中、不屈の心、沈思黙考、頑固
技能:剣術Lv5、居合い斬りLv5、弓術Lv3、槍術Lv2、斧術Lv2、料理Lv3、算術Lv3
称号:剣聖、デーモンスレイヤー、救国の英雄、万悪斬り、迷宮踏破者
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「ぶほ――っ! ……げほっ、げほっ!」
お茶が気管に入ってむせた。
――なんぞこれ!
めっちゃ強いし、称号も凄い数!
ひょっとして、冒険者としてめちゃめちゃ有名人なんじゃ!?
――ああっ!
名前を聞いたときに、無反応でスルーしちゃったよ!
冒険者に憧れてるってのにグラハムの名に反応しなかった!
だから、それからずっと不審者を見るような目で見られてたんだ!
……あああああ!
これは失敗ってどころじゃないよ! この人、騎士団指南役でギルド相談役だし!
今でも国とギルドにパイプがある!
この人の不興買ったらもう冒険者は無理だー!
やばい――っ! 横着せずに会った時に真理眼使えばよかった!
グラハムは眉間に皺寄せて雑巾を持ってくる。
カウンターが吹いたお茶でべちゃべちゃだった。
「きったねぇなあ、おい。自分で拭いとけよ」
「ああっ、ごめんなさい! グラハムさん、すぐ掃除します!」
雑巾を受け取り、慌てて拭いた。
丁寧にカウンターを拭いていく。自分が座る範囲以上も拭く。
そうしてると少しだけ冷静になった。
――災い転じて福と茄子。
これは焼き茄子だ、ボーナスだ!
逆に言えば、この人に気に入られたら、冒険者になる道が開けるってことだ!
0じゃなく、マイナス5万点ぐらいの悪印象からのスタートだけど。
掃除を終え、カウンターへ座りなおす。
最後のステーキをゆっくり噛み締めた。
舌の上に脂がじんわりと沁み出してうまい。
グラハムがカウンターに戻ってきたので僕は言った。
「ごちそうさまでした――あの、グラハムさん」
「なんだ?」
「どこへ行くにも路銀が乏しいので、何か仕事はないですか? 素材集めや運搬――魔物相手でも、それなりの魔物なら倒せます」
グラハムの目がギラッと光った。それだけでゴブリンなら殺せそうな威圧。
「ほう……またおかしなこと言い始めたじゃねぇか」
グラハムは濃い髭をざりざりと撫でて、僕を睨み続けた。