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第10話 初めての売買

 街道から南東に向かった先にある、小さな村に僕は来た。

 もうすぐ昼の陽気。


 ふらふらと村へ入っていくと太ったおばさんに呼び止められた。

「おや、あんた。どちらさんだい?」

「初めまして。僕はユートといいます……一泊したいのですが、宿屋はありますか?」


「ええ、村に一軒だけ……まだ昼間にもなってないのに宿泊かい?」

 不審そうな目で見られた。



 ――しまった。

 もう少し時間を潰せばよかったか。


 僕は少し悲しい顔をして言った。

「実は……旅の途中、魔物に襲われまして。徹夜続きになってしまったのです」

 嘘は言ってない。


「おやまあ。それは大変だったわねぇ。すぐに案内してあげるわ」

 急に親身になってくれて、わざわざ宿屋まで案内してくれた。

 


 宿屋は村の中央にあった。

 二階建ての建物で、一階は酒場と商店になっている。


 酒場に入ると午前中だというのに、酒を飲んで談笑する男たちがいる。

 店の奥では髭面の親父が眠たそうにあくびしながら料理の仕込をしていた。


 客の視線を感じつつ、奥まで行く。

「すいません、一晩泊まりたいのですが」

「素泊まりで銅貨15枚、飯つきで銀貨1枚だ」


 ウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込み、3番倉庫の銀貨一枚とイメージしながら手を出す。

「じゃあ、これで」

 カウンターに一枚置いた。



 親父はじろっと睨むように銀貨を見てから、ポケットに仕舞った。

「部屋は二階の一番奥を使ってくれ。――ほかに何かあるかい? いろいろ聞きたそうな顔してるが」

「えっと、そうですね。素材の買い取りなんかはしてくれますか?」

「例えば?」

「大きな猪を一匹とか」


「グレートボアなら大歓迎だが……どこにあるんだ?」

「ここにありますよ」


 ドサッ!

 背負い袋からグレートボアを1体出してカウンターに置いた。


 腐り始めてる様子は見えない。倒した時のままで新鮮だ。

 次元倉庫内は時間の経過がないらしい。

 助かる。



 寝惚け眼だった親父の顔が、電気を浴びたように硬直した。

「て、てめぇ! ――いや、どこからツッコミ入れていいかわかんねぇ!」


「すげぇ!」「グレートボアだ!」「あんなにでかいの……。大人五人がかりでも大変だってのに!」「どこから出した!?」「アイツひょっとしてアレ持ってんのか」

 客たちまでざわめいた。



 親父が声を絞り出すように言う。

「お前、何者だ!?」

「名前はユート。冒険者になりたくて田舎から出てきました。買い取り、できますか?」


 ぽかーんと口を開いていたが、ようやく商売人の顔に戻った。

「血抜きはしてあるが内臓処理がまだのようだな……皮はほとんど傷ついてねぇ。体格も良くて骨と牙は加工に耐える。金貨1枚と言いたいところだが、大銀貨3枚だな。解体費用をもらうぜ」


 皮、骨、牙、肉、で各大銀貨1枚(5000円)のようだ。

 たぶん、町で売ればもっと高いとも言っていた。



「あ、はい。僕は解体できませんので。それでよろしくお願いします」

 了承すると大銀貨3枚渡された。


「おい、お前たち、手伝ってくれ!」

「うぇー」「しゃーねぇな」「やるかっ!」

 親父は飲んでた客たちをこき使ってグレートボアを店の裏に運んで処理を始めた。



 猟師が呼ばれて解体に参加する。

 皮をはぐ男勢、内臓処理をする親父。内臓には毒があるらしく繊細な手先が要求される。

 皮を取り除かれた巨体はピンク色の肉がむき出しになって、異様な印象を受けた。


 しばらくして、さっきのおばさんが女性たちを引き連れてやってきた。

 女性陣は骨から肉を切り離し、小分けにしていく。半分は塩漬けに回されるようだ。



 ――村人総出で解体かー。

 そりゃ解体費用が大銀貨1枚になってしまうか。まあいいけど。もう1匹あるし。


 ちなみに今出したのは軽トラぐらいある巨体だが、もう一匹はオークの乗り物になっていた大型なやつで、2トントラックぐらいの大きさだった。



 そんな様子をカウンターに座ってお茶を飲みながら、次元千里眼で眺めていた。

 解体を次元魔法でできないかといろいろ考えていた。

 血抜きと内臓処理ならできそうだが、皮剥ぎはちょっと難しそうだ。かなりのベテランじゃないと、皮に穴を開けかねない。


 う~ん、イメージの仕方を工夫すればできそうな気もするんだけど。

 これは研究課題としておこう。



 待ってる間、暇だったので酒場に隣接した商店のほうにも行ってみた。

 包丁や、鉈、手斧、壷や皿、布や木材が売っている。

 村人の使う日用品を売っているようだ。

 あまり戦闘や冒険向きではなかった。


 店番は小さな女の子だった。歳は十歳にならないくらいの幼い子。

 興味津々な目で、僕のことをじっとみている。

 話しかけてはこない。


 振り返ると柱の影に半分隠れる。

 あ、もしかして万引きするとでも思われてるのかな。


 まあいいや。

 今のところ住所不定無職の怪しい旅人には違いないから。



 僕は棚に並ぶ壷を見ていた。

 本当は冒険に耐える水筒が欲しいけれども、ここは日用品ばかりのため売ってない。


 エルフのフローリアからもらった水筒は、ちょっと人前で使うには困ることが判明していた。

----------------------------------------

【エルフの水筒】☆☆☆☆

 エルフの伝統細工があしらわれた一品。水の精霊の加護が付与されているため、癒しの効果により精神の乱れが回復。さらに水は一年以上持つ。

----------------------------------------

 性能は凄まじいんだけれども。


 鑑定眼持ちに見られたら、エルフと知り合ったことがばれかねない。

 知り合った男にいきなりこんなの渡すのは危険だと、他人事のように思う。

 ――それだけ、僕のことを信頼してくれたのかもしれない。


 だめだ、フローリアのことを考えると、それだけで顔がにやけてしまう。

 番台で見張る宿屋の少女が怯えている。



 頬を叩いて真面目顔に戻ると、壷を見ていった。

 とりあえず、目的は二つ。


 一つ目は3番倉庫にお金や食料と一緒に飲み水を入れられるよう、手ごろな壷が幾つか欲しい。できれば蓋付き。

 水筒があれば、水専用次元倉庫につないで無限に飲み放題がしたかったけど。

 今は少し不便だけど我慢。


 二つ目は4番倉庫の猛毒水を壷に入れて管理しやすくする。密閉できる容器がいい。

 間違えて手を突っ込んだら、それだけで手が腐り落ちる危険なもの。でもきっと次元魔法が効かない敵にあったとき、役に立つだろう。


 まあ、倉庫をあと3つほど拡張するつもりではいる。

 今夜寝る前と、明日かあさってだな。

 MPが1100も減るから、余裕があるときでないと怖い。



 というわけで、素焼きの水がめ(20リットルぐらい入りそう)を2つ。

 木のコップとお皿とフォークとスプーン。

 銅の小さな鍋(ラーメン作れそうな大きさ)、銅の深い鍋(カレー作れそうな大きさ)。


 それから素焼きの油瓶10本。円筒状で150CCぐらい入る。密閉とまでは言わないが、蓋もしっかりしている。本来は貴重な灯り用の油入れだからだろう。

 釉薬が掛かった陶器製もあったが、毒水とどんな化学反応起こすかわからないので、素焼きにした。あの毒池自体は石と土に溜まってただけなので。



 これらを番台に並べた。

「全部でいくらですか?」

「はわわ……っ! えっと、えっと! 水がめが1つ銅貨45まいで、2つで、えっと、えっと! コップが18枚で、あぁっ――えっと!」

 少女は幼い顔に眉を寄せ、必死で指折り数えていく。


 でも途中でわからなくなってしまい、泣きそうな顔になった。

 助けを求めるように、酒場のほうを見たり店の表に目を向けた。

 しかし誰もいなかった。


 大人たちは全員、解体作業に出ていた。

 少女は呼吸を乱して「はぅ……はぅぅっ」と泣く寸前。



 ――しまった。大人買いしすぎたか。


 僕はできるだけ優しい笑顔を向けた。たぶん。

「おーけー。僕が悪かった。一つ一つ買っていこう。それでいいね?」

「う……うん」


「まずは水がめ、銅貨45」

「それがね、あのね、2つだと、4が2つと5が2つになってね、」

「計算し易いように、一つ50枚払うよ。50が2つだと?」


「えっと、100まい!」

「偉いね。はい。大銀貨1枚、いいね?」

 台の上に1枚、置いた。



 番台横の表を見ながら、少女はうんうん悩んでいたが、頷いた。

「うん、あってる! それでいい!」

「じゃあ、そのお金はしまって。水がめ2つもらうよ」

 背負い袋を下ろしてその中に入れた。


 少女が目をまん丸に見開いている。

「みずがめ、きえたっ! すごい!」


「じゃあ、次はコップだね。銅貨18枚は難しいから、20枚で計算しよう。はい、銀貨1枚」

 お金を渡して商品を引き取る。


 どれもこれも半端な値段だったので、計算しやすい高めの値段で買い取っていった。



 ――というか、これたぶん。一割引になってる。

 少女は間違えて旅人価格ではなく、村人価格を提示してきてる気がする。

 

 木の皿が15、フォークが10、スプーンが10、小鍋が80、中鍋が120、油瓶が10の10本で100。


 どれもこれも手作りだから高いのは仕方ない。

 むしろこんな小さな村なのに品揃えがあったことのほうが驚き。


 最終的に、金貨1枚出して、おつりを貰った。

 所持金は『金貨0枚』『大銀貨5枚』『銀貨6枚』『銅貨23枚』になった。



 購入を終えると、少女は晴れやかな笑顔になった。

「お兄ちゃん、ありがと~!」

「いえいえ、どういたしまして」


「すっごく、頭いいんだね! 優しいし!」

「いやいや、ははは」

 混じりけのないまっすぐな瞳で尊敬されると、逆に照れる。



 それから少女は金貨を握り締めて、駆け出した。

 店の裏へ向かう。

「見て~! お兄ちゃん、すごいの! 沢山買ってくれた! きんか! 金貨!」


 親父と村人たちは、目を丸くして「こりゃすげぇ」「あいつ、何もんだ?」と驚いていた。

 ――僕に対する評価が上がればいいが。

 盗賊するような奴だと思われても、まあいいけど。

 別の村に行くだけだった。



 そして、店の表で毒水を小瓶10本に移し変えた。これで安心。

 宿内でやると食中毒でも発生しそうなので。


 ほっと一息ついていると、少女に呼ばれた。

 グレートボアを使った昼食が出されることになったそうだ。


 僕は酒場へと戻った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 昨日から読み始めました。 後への伏線になるのならこめんなさいですが、素焼きの壺って水が染み出しますよね。 表面から気化熱が奪われて中身が冷えるので飲み水には良いですが、猛毒水保管には…
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