第1話 転生前のキャラ(プロローグ)
ゆるゆると更新開始。
気がつくと白い階段を登っていた。ゆっくりと一歩ずつ。
僕の前にも後ろにも、ずらっと人が並んでいる。
階段の頂上には金色に輝く門があって、みんなそこへ入っていく。
振り返っても地上は見えない。でもとても長いことだけはわかった。
ただ、金色の光を通ればとても幸せになれると心で感じていた。
一歩一歩近付いていくのが楽しくて仕方がなかった。
――と。
「なにやってるんですか、岡谷優斗さん。あなたはそっちじゃないですよ」
白い服を着た美少女が話し掛けて来た。頭には金の輪っかを持ち、背中には白い翼を生やしていた。
僕はオカタニユウトだったのかと思い出せないまま、少女に引っ張られて階段から離れた。
廊下を歩いて、幾つもの角を曲がり、真っ白い部屋に連れ込まれた。
入ってきたドアと、反対側にもドアがある、それだけの部屋。
そしてタブレットPCを渡された。
少女は忙しそうに言う。
「転生経験者なので、わかりますよね?」
「えっと、転生って?」
「何言ってるんですか? って、ああ、そうか忘れちゃったか。『絶対転生』じゃなく『事故死したら転生』にポイント振ってただけですもんね。まあ、よくある異世界転生ってやつです。渡したタブレットで次の世界でのスキルやステータスが取れるんで、適当にポイント振って反対側からの扉から転生しちゃってください。それじゃ」
すごく事務的に、一方的に説明された。
終わるとすぐに少女は退室してバタンッと扉を閉じた。
廊下を走り去る足音だけが聞こえてくる。
ドアを開けようとしたけれど、もう押しても引いても開かなかった。
――よくわかからないけれど、僕はあの金色の光を通れないのか……。
それだけがなぜか寂しかった。
タッチパネル式のタブレットPCに目を落とす。
一人の男の全身像と、ステータスが表示されていた。
ボサボサ髪の、うだつの上がらない男。
ジーンズにTシャツ、ウィンドブレーカーを着ていた。
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名前:岡谷優斗
種族:人間
性別:男
年齢:32
職業:工場作業員
天恵:努力家 事故死転生 技能経験値マイナス補正、技能Lvマイナス補正、のろま
技能:学力知識Lv1/3、運動能力Lv1/2、単純作業Lv2/3、将棋Lv2/2、オタク知識Lv1/2、昆虫採集Lv2/3
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見ているうちに、なんとなく思い出してきた。
僕は工場に勤める32歳。家と工場を往復するだけの日々。
彼女も友達もいない。マンガとラノベとゲームぐらいが趣味。ネットはしまくってたけど。
どれだけ頑張っても結果は残せなかった。
昨日――ずっと前かもしれないが、僕は夜勤明けで家路についていた。
早朝の、駅へと向かうスーツや学生服とは反対方向に歩いていく。
すると、後ろから声が上がった。
「あぶない!」
振り返ると老人の運転する車が歩道に突っ込んできた。老人は焦ったのかアクセルを踏み、ブォンッと車が加速した。
ただ多くの人にとっては正面から車が来ていたので逃げられていた。
人の流れに逆らって歩いていた僕だけが真後ろから跳ねられた。
口をぽかんと開けた老人の間抜け面……ぶつかる直前にアクセルをさらに踏み込んできた。
許せないかも。
――まあ、いいか。
どうせ老人も死ぬか警察行きだろうし。
事故にあえたおかげで転生できたんだし。
もう一度画面を見る。
……なんだろうこの『技能マイナス補正』って。なんだか嫌な予感がするけど。『のろま』とかも最悪そう。
タップしてみるとポップアップ式のヘルプウインドウが出た。
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【技能経験値マイナス補正】通常の半分しか経験値がもらえない。その代わり取得すると20ポイントプラス。
【技能Lvマイナス補正】後天的に取得した技能のレベルが最大値からマイナス2される。その代わり取得すると60ポイントプラス。
【のろま】何をするにも1テンポ遅れたり、物覚えが悪くなったり、動きが遅くなる。取得すると10ポイントプラス。
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心臓がドキドキし始めた。
は? なにこれ。努力しても無駄だってこと? 一日6時間勉強してFランしか受からず、当然運動はダメ、趣味もダメ。
子供の頃は将棋が好きで頑張ってた。小学校では奨励会とかも考えたけど、2/2ってことは最大値!?
そのくせ『努力家』とか取ってんじゃねーよ!
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【努力家】結果が出なくても諦めずに頑張り続けることができる。取得5ポイント消費。
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転生前の僕、なに考えてたの!?
――いや、待てよ。
おそるおそる『事故死転生』をタップした。
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【事故死転生】取得すると不慮の事故で死んだ場合、異世界に転生できる。自殺は含まない。取得85ポイント消費。
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……いくらドン臭い僕でも分かる。
事故死転生を取りたくて、マイナス要素を三つとって90ポイント。
5ポイント余ったから努力家を取ってみた。
そんなところだろう。
ある意味、この人生諦めてたんだな。
それがわかっても、この努力しても意味がなかった32年間の人生を思い返すとやりきれない。
真っ白い部屋の中で、僕は肩を落として盛大なため息を吐いた。
やってられない。気分が落ち込む。
むしろ『事故死転生』が無駄にならないように『のろま』を取っていたのかもしれない。だから逃げ遅れた。
くそぉ、前世の僕めっ!
……いや、それなりに頭の回る僕だったのかもしれない。
それに、もう終わったことなんだ。
転生先の新しい人生で楽しむしかないよな。
画面の一番下にある『転生しますか?』のボタンをタップした。
今日は3話まで更新。
その後の更新はゆるゆるいきます。