第九話 佳奈様、頑張りましょう。
パーティって大変そうですよね。
佳奈様の謎の発熱現象は数分もすれば冷めていき、現状はいたって普通でございます。それでも何度か、こちらをチラチラと見ては少し頬を染めておられますので、そのたびにお声をおかけしておりますが、首を振られるばかり。人間のことはいまいち判断できません。
「えっと、他に教えるところはあります?」
「大体の場所は教えて頂きましたので、大丈夫です」
それぞれのお部屋。台所、トイレ、お風呂場に居間などのお部屋。ほとんどのメモリーに地図を作成。実寸値はまだ取れておりませんが、位置と大体の大きさは作り上げられました。完了です。
「それじゃあ、もう遅いですし、今から夕飯を食べましょう。歓迎パーティーです」
嬉しそうにおっしゃられますが、私からしましたらまさしく血の気が引く思いです。ロボットですから、油の気が引く思いというところでしょうか。
「パーティーですか? でしたら、急いで準備をしなければ。掃除もしておりませんし、来る人数は? お皿の準備に、お客様へのおもてなし。全然やっておりません。今すぐというのはあまりにもお時間がなさすぎます。確かに困ったことがあればお申し付けくださいとは申しましたが、あまりにも困りすぎです」
今すぐというにも問題があります。今の時間は六時七分二十三秒。この言葉からして今すぐということは集まり始めているはずです。食事の準備の間、簡単なもの、お酒はワインとシャンパン、それぞれ用意しませんと。いえ、そもそもこの御家には何があるのかが分かりません。仕方がありません。大至急、ご用意していただけるように椎名様に頼みませんと。
「違うんです! パーティーと言っても私達家族だけです」
動き出そうとした自分の手を掴んで、佳奈様がお止めになりました。
「……歓迎パーティーとはそういうものなのですか?」
本で読んだ限りでは、パーティーというものは非常に大掛かりな筈なのですが。ホームパーティーだとしても、手間がかかります。
「えっと、パーティーというのはあくまでニュアンスで、正確には歓迎の夕食会と思ってください」
「なるほど、夕食会のことでしたか。大変失礼いたしました。しかし」
「はい?」
「主賓の方はどういう方なのでしょうか?」
「え?」
「いえ、執事としてもてなすには主賓の方のことをお知りになっとかなければお世話する際に、粗相が御座いましたら、自分だけでなく、ホスト側である皆様にご迷惑をおかけしてしまいます」
「違います! 今日の主賓はヴルドさんです! というか、何でそんな大げさな話になっているんですか!?」
「自分が主賓? いえ、ですから執事が来ただけで、そのようなことは……」
「でーすーかーらー! 私たちはヴルドさんを家族として扱うんです! ですから、気にせずに食事を取ってもらいます!」
「皆様と一緒に食事など――」
「お兄ちゃん? 妹の頼みが聞けませんか?」
「……かしこまりました」
やはり、中々やりづらいものです。マスターが食事の時は壁で待機して、マナーが悪かったら思いっきり殴っておりましたが、こちらではそういうことをする必要はなさそうです。
しかし、ロボットなので食事は要らないのですが。食べることや飲むこと、そして味わうこともできますが、今まで率先してしようと思ったことがありません。
しかし、皆様は自分を人間と思っておりますので、食事をしないわけにもいきません。
「そう言えばヴルドさんって苦手なものってあります?」
「いえ、特にそういうものはございません」
リビング、こちらで言う居間にはすでに料理が用意されておりました。直次様と玖珠奈様がすでにお座りになっておられます。
食器も準備されております。飲み物も完了です。食卓の上にはお鍋が真ん中でぐつぐつと音を立てて鎮座しております。
……これはお鍋でしょうか。何度か文献で読んだことが御座います。冬の時期によく食べると聞いております。
「佳奈様、現在五月六日でございます」
「そう、ですね」
「冬ではございませんが?」
「……えっと、鍋は別に冬でしか食べてはいけないわけじゃないですよ」
「そうなのですか。自分、日本は季節を大事にする人々だと聞いておりましたので」
「うん、そういうのはあるんですけど。さすがにそこまで厳密にしてるわけじゃありませんから」
「なるほど……、いい加減なのですね?」
「違います!」
「しかし、自分がすべきことがないように見えますが」
「分かりました。ヴルドさんは子供ですね? 気になることが移り変わりやすい子供です」
「どうしましょうか?」
「やっぱり、スルーなんですね。ヴルドさんは主賓なのですから、手伝わせるわけにはいかないです。大人しく、座っていて下さい。お父さん、玖珠奈、ヴルドさんのお相手してあげて下さい。下手に自由を与えるとおそらく手伝いに来ますので。私はお母さんの手伝いに行ってきます」
「……わ、分かった」
「うむ、任せてくれ」
相変わらず、玖珠奈様のビクビクが治りません。オドオドと佳奈様と自分を見ております。
この場合、下手に近づくと玖珠奈様の精神状態に良くない可能性があります。ここから撤退を推奨します。
「やはり、自分が手伝いに行きます」
「まぁまぁ、ヴルド。こちらでは台所は女性の場所なのだ。女性の場所に男性が入るのはあまり良くはない」
「なんと。……キッチンは女性の場所でしたか」
やはり、こちらは文化が違います。まぁ、キッチンに立っていたのは自分だけでしたので意味がないので、文化も何もないのですが。
「ああ。僕も何度か台所に立とうとすると椎名さんに怒られてね」
「なんと、椎名さまがお怒りに……」
微笑んでいる姿からは想像ができません。そう思考していますと、キッチンから椎名さまと佳奈様が帰ってきました
「あら、それはあなたが料理音痴なのに勝手に味付けしそうになったからでしょう?」
「お父さんを料理中に台所に入れると何しでかすか分からないですから。ヴルドさんは入ってくださっていいですよ?」
「おや、もうできたのかい?」
「ええ。サラダの盛り付けだけですから。でも、あなた、、ヴルドさんに変なことを教えては駄目ですよ?」
「いや。でも一昔前はそれが結構当たり前だったんだよ?」
「それはひと昔どころじゃなくて、ふた昔ぐらい前ですよ」
「あははは、参ったな」
頭を掻きながら直次さまは笑いました。なんというか、ただの笑いではなく、少し困ったような笑みです。
「苦笑いしても駄目です」
椎名さまがサラダをお鍋の隣に置きながら注意しました。言葉からすると、あれが苦笑いというようですね。学びました。
「つまり、今現在は自分がキッチンに入っても怒られないのですか?」
「ええ。怒らないわよ。好きな時に入っていいわよ」
「でも、ヴルドさん。ガスの扱いとか分かりますか?」
そうです。この御家はガス、電気、水があるのです。今までのように働けませんね。
「学んでいきたいと思います。御指導よろしくお願いいたします」
頭を下げて頼みました。
「ええ。一緒に学んでいきましょうね」
椎名様のお声に頷きます。
「しかし」
「はい?」
「佳奈様は何のためにキッチンに? サラダの盛り付け程度なら、椎名様お一人でもよろしいかと思いいたしますが」
ドレッシングを作るなら話は別ですが。
「うっ」
「ふふ」
何かおかしな質問をしたのでしょうか。佳奈様が気まずそうに呻き、椎名さまは面白そうに笑います。
「なぜですか?」
「そ、それは」
言葉を濁した代わりに椎名さまがお答えになりました。
「それはね、佳奈ができる唯一のお料理なの」
「サラダ、がですか?」
「ええサラダが」
「……ドレッシングですね?」
「いいえ。サラダだけ」
卓上にあるサラダに目を落とします。そこにはちぎったキャベツとレタスがあります。その上にはドレッシング。
「それではちぎっただけです」
「そ、それでもサラダです!」
「サラダはドレッシングまで含めてサラダかと」
「うう」
「……佳奈様。先程の会話から察するに、この日本では女性が料理をすることが多いという定義で正しいのでしょうか?」
「え、ええ」
顔をこちらから背けて返答されます。どうなさったのでしょうか。
「それは一般的に奥様がするのが多いのでしょうか?」
「ええ」
「…………つまり、佳奈様は結婚する気はないのですね」
「違います!」
こちらに顔を向けて言い切りますが。
「ですが、料理ができないのですよね?」
「いえ、これから頑張るんです! それに最近は料理ができない女性が増えてきています!」
「……頑張ってください。自分もお手伝いさせていただきます」
「そんな優しさいらないです!」
表情をコロコロと替える面白い御方です。
今の女性って出来ない方のほうが多いんですかね?