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第六話 佳奈様、樽はございますか?

ようやく家に到着。ヒロイン候補の登場です。

 望月様が家に入りますと奥から声が響いて参りました。


「お姉ちゃんお帰り、な、さい?」


 社務所から出てきた小さな女の子がこちらに向かって走ってきました。

 何歳ぐらいなのでしょうか。生憎、私がまともに知り合った人間はお隣の望月様だけなので検討が付きません。人間はどれくらいの成長速度を持っているのでしょうか。

 お姉ちゃんという言葉から考えるに、この子が年下のはずです。

 しかし、どれくらい下なのでしょうか? 数か月? しかし、数か月でこれだけ大きくなるとは思えません。しかし、動物はどんどん大きくなると聞いたことがあります。

 マスターの持っていた雑誌を見ることがなかったので生憎と判断ができません。まさか、マスターの雑誌を読んでいればと思う日が来るとは思ってもみませんでした。

 女の子は走り寄る途中で私を認識しましたようで、速度を落とし、そのまま望月様の後ろに隠れてしまわれました。

 しかし、自分が気になるのか望月様の陰から顔だけ出してこちらを見てきました。


「……誰?」

「ほら、今日言っていたでしょう? 今日から暫くの間一緒に住むヴルドさん」


 じーっ、とこちらを見つめてきます。見つめ返しますと、すぐに後ろに隠れられてしまいました。変わったお方です。


「ヴルドさん。この子は私の妹の玖珠奈です。玖珠奈、このお兄ちゃんが今日からお世話になるヴルドさんよ。御挨拶は?」

「こ、こんにちは。も、望月玖珠奈って言います。……七歳です」


 そう言って頭を下げたかと思ったら、すぐに望月様の後ろに隠れてしまわれました。

 しかし、七歳ですか。

 肌などを見れば確かに若々しいです。その上、ひ弱。血を奪うには格好でしょう。ですが、わざわざ指定するほどのものなのでしょうか。疑問を呈します。

 ですが、面白そうなのでマスターにこのことを伝えてみましょうか。

 きっと死ぬほど悔しがってくださると推測することができます。

 

「こら。……ごめんなさい。玖珠奈、人見知りが激しくて」

「いえ、お気になさらないでください」


 それでも挨拶をするとは大変礼儀正しい方です。マスターにも少しは見習ってほしいぐらいです。

 しかし、彼女と同じような顔です。姉妹というものはこのように似るのでしょうか。違うものと言えば彼女の髪の長さでしょう。望月佳奈様は腰まであるのに対して、望月玖珠奈様は首のあたりで切りそろえられています。


「はい。本日よりお世話になる、モリス・ヴルド・ハーカーと申します。ヴルドとお呼びください。お嬢様」

「お、お嬢様……? えっと、その……」

「どうかなさいましたか? お嬢様が嫌でしたでしょうか? しかし、望月様とお呼びいたしますと判断しづらくなってしまいますが……」

「え、えっと……。その、玖珠奈で、良いです……」


 後ろに隠れながらもしっかりと返答をしてくださるのは大変嬉しく思います。


「かしこまりました。玖珠奈様。本日よりお願いいたします」


 やはり日本というのは非常に謙虚な民族だと聞いておりましたが、素晴らしいです。執事である自分に敬称を付けてくださるとは。


「ヴルドさん、私も佳奈で良いですよ?」

「かしこまりました。それでは佳奈様、玖珠奈様と呼ばせて頂きます。もし、御用事などが御座いましたらお申し付けください。この執事ヴルド、誠心誠意を持ってお仕えさせていただきます」


 頭を下げて申します。一度、言ってみたい言葉だったのです。何しろ、マスターに友人が居られませんから、お客様もマリー様をおいて来ません。そして、マリー様は長いをすることもありません。ましてや、お泊りになられることなどありません。つまり、お客様に対して言うことがないのです。それを言えるとはまさに執事冥利に尽きるというものです。


「え、ええ!?」

「ひつじ?」


 しかし、何か非常に驚かれました。何か日本語に間違いでもございましたでしょうか。……そういえば申しておりませんでした。あと、玖珠奈様。私は羊ではありません。執事です。


「ヴ、ヴルドさんって執事なんですか?」

「はい。……ご主人様に仕えております」


 不思議なものです。マスターと呼ぶのはなんともないのですが、ご主人様とお呼びいたしますと、エラーが発生します。

 流石、マスター。存在するだけエラーを起こさせるとは。

「そんなお年ですでに働いてるんですか? 凄いです」

「そうでしょうか。自分は生まれた時から、こうなので分かりませんが」

「生まれた時?」

「はい。自分は生まれた時からマスターにお仕えすることが決まっておりましたので」


 今もしっかりと覚えております。目が覚めた時にニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていたマスターの姿を。その気持ち悪さに思わず拳が出たのはいい思い出でございます。


「え、それじゃあ学校とかは?」

「行ったことがございません。そもそも、こうして人と会うのが初めてでございます。ですので、何か不都合が御座いましたらそのたびに注意をしていただけると……どうかなさいましたか?」


 こちらを涙目で見つめてくる佳奈様は私の手を取られました。もうがっしりとです。しかし、人間の女性の手というのは非常に滑らかなのをしりました。マリー様は普段は手袋をしておられますし、お客様の手を触れることも曹孟徳ありません。そしてマスターの手はガサガサです。あれに触れるぐらいなら、城の城壁を触れていたほうがましでしょう。


「お可哀想に。まさか、そんなにひどい目に遭ってるなんて!」

「はい?」


 執事として作られたロボットが執事として働いていたら同情されました。自分のアイデンティティがなくなりそうで怖いです。

 

「こっちでは一学生として楽しみましょう!」

「いえ、仕事で来たので。それは出来ません。遊んでいたらご主人様に怒られてしまいます」


 当然、その場合は嫌がらせをさせて頂きますが。一つ小さい服を用意したり、寝起きするベッドに杭を置いてみたり。飲む血液を女性のものから男性に変えたり。……最後のは特に楽しそうなのでマリー様に頼んでおきましょう。そして、この仕事を任せて下さったマリー様に迷惑をかけるわけにはいきません。


「可哀想に。ここまで、躾けられてるなんて。酷い目にあってきたんですね」

「それは……はい」


 主にマスターの顔を見ながら一日を過ごすという拷問を受けてきました。


「ですが、自分はそれで良いのです」

「そんな……でも……」


 その分、マスターへの嫌がらせで行動できるのですから。


「佳奈様。お気になさらないで下さい。佳奈様はテストのことだけを考えていれば良いのです」

「……はい」


 なぜか佳奈様は悔しそうに唇を噛みしめています。自分との言い合いに負けたのが悔しいのでしょうか。この程度で悔しがるなんて、人間とは案外、怒りっぽい種族なのでしょうか。

 

 クイクイ


 おや、玖珠奈様が佳奈様の袖を引いておられます。何か気になることでもあったのでしょうか。気になります。 


「ん? どうしたの?」

「お姉ちゃん、お兄ちゃんひつじ?」

「ひつじ、じゃなくて執事。し・つ・じ」

「しつじってなに?」

「しつじっていうのはね。困ったことがあったら助けてくれる人のこと」


 正確には主人の手となり、足となり手助けをし、御世話をし、主人の命令を遵守する存在なのですが。私の場合。ですが、まぁ正しいのでしょう。


「ヒーロー?」

「うん、ヒーロー」


 ヒーロー。困ったことがあったら助けてくれる人。なるほど、こちらでは執事のことをヒーローと申すのですね。自分、また一つ賢くなりました。


「お兄ちゃん、ヒーロー」

「はい。ヒーローです。しかし、玖珠奈様。自分はお兄ちゃんではなく執事ですのでヴルドとお呼びください」

「……ヴルド?」


 顔だけお出しになり、こちらを見上げながら言ってくださいます。


「はい。ヴルドでございます」


 お仕えすべき方に、そこまで親しげにされては自分が困ってしまいますので、これが一番でございます。

 

「困り事や、手伝って欲しいこと。もしくは飲み物が欲しくなったとき、お呼びください」

「……うん」


 大変素直な方で助かります。


「佳奈様も」

「私は、自分のことは自分でやりますから」

「そうは申さないでください。こちらは、執事としてのプライドがございます。自分が居られますのに、自身でやられてしまっては自分の仕事がなくなってしまうのです」

「……分かりました」

「ですので、お風呂で体を洗って欲しかったりしてくだされば言ってください。綺麗にさせていただきます」

「なぁ!? そ、そそそそそんなこと頼めるはずないじゃないですか!?」

「そうですか? 玖珠奈様も、そう言った場合はお頼みください」

「……うう」

「分かっちゃ駄目だからね!?」


 顔を真っ赤にするお二人です。しかし、こういうこともすると知識にあるのですが。

 マスターの場合、嫌がるので気絶させて、巨大な樽にぶち込んで階段から転がり落として、完成です。


「もうっ、ヴルドさん。どうかお願いですから常識の範囲内でお願いします」

「……かしこまりました」


 どうやら、まずはこの家の常識を知る必要がありそうです。

マスターのヒロイン候補になりそうです。

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