第二話 マスター。勝手に部屋に入らないでくださいよ。
マスターに振り回されるロボットって可哀想だと思います。
お客様をいつまでもその場に立たせては執事として失敗です。
マリー様とマスターを応接室にお通ししました。
応接室には趣味の悪いことにマスターの肖像画があるのであまりお客様をお通ししたくはないのですが、マスターの命令なので嫌々従っています。
「それで? 何の用だ? お前に頼んでいた血液はもうしばらく先だったと思うが。だろ?」
マスターはそう言いながらソファーに腰かけながら自分に尋ねてきます。
「はい。マスターがご依頼なさった血液は十日後に納品予定でございます。今回のご依頼品は血液型はA型。年齢は7歳。性別は女性。金髪碧眼。……マスターが声を掛けたら犯罪ですね」
「おい、今の説明部分いるか!? しかもなんだ! 私が声を掛けたら犯罪だって。お前、法律に詳しくないだろうが!」
「いえ。前回、マリー様に注文しましたら魔女の方もここまで引くんですね、といった顔をしながら『……犯罪だろ』とつぶやいていましたので」
自分が見ていましたが、凄い引き方でした。あれで、マスターがいかに非人道的なのかを再確認できましたので、大変ありがたい経験です。
「マリー!」
「おいおい、私のせいにするな。第一、お前の要望を聞いて引かない奴はいない。このロリコンが」
おっと、自分の知らない単語が出ました。ここは即座に学習です。
「マスター。ロリコンとは何でしょうか」
「お前が知る必要のないことだ!」
「ヴルド、この禿のことを指す」
「……なるほど、意味を把握するには難しいですが非常に印象の悪い言葉だと判断いたしました」
「お前ら俺のこと嫌いすぎだろ!?」
「「……好かれる要因があるとでも?」」
おっと、マリー様と言葉を被せるとは。執事としてお客様の邪魔をするのは失格でございます。気をつけなければなりません。
「そもそもマスターは人々から恐れられる吸血鬼です。人々に恐れられるのが本望ではないのですか?」
「いや、そりゃ、そうだが」
「そう考えればマスターほど吸血鬼らしい吸血鬼はおられません」
「そ、そうか?」
デヘデヘとほんとど何もない頭を撫でながら照れていますが。
「キモッ」
今回は被らずに済みました。マリー様が言ってくださると信じて良かったです。
「うるさい。しかし、そうか。そうだな。私は吸血鬼。人に恐れられるが道理だ。ふむ、さすが私の作ったロボットだ。良い所に気が付くではないか」
「……お褒め頂き嬉しいでございます」
「今、確実に嫌そうに言ったよな」
「いえ、マスターに作られたという点さえなければ嬉しかったのですが」
「え、そこまで嫌なの!?」
「まず、その禿げた頭。でっぷりと太ったからだ。そのくせ低身長。白衣はよれよれの埃まみれ。しかもロリコン。一般人がこの場に居たら速攻で警察というものに頼んでマスターを始末してもらおうとするでしょう。そこまで恐れられているマスターに仕えるのは決して、ええ、決して嫌ではありません。ですが、マスターと仲が良いと思われますと、その何か頭の中でエラーらしきものが」
「それは嫌われてるだけだ!」
「? 嫌われるのも恐れられるのも一緒なのでは?」
「くそっ! こんな時だけロボットらしい返ししやがって!」
また、嬉しそうに足踏みをしています。マスターは良くこうやって嬉しかったりすると足踏みをなさっています。
ますます喜んでもらうには何を言えばいいかと判断していますと、マリー様に声を掛けられました。
「……そろそろ本題に入っていいか?」
そうです。マリー様は御用事があってやってきたのです。このような下らないことは放っておかなければなりません。やはり、マスターに付き合っていますと他の方々に迷惑をかけてしまいます。お詫びをしませんと。
「大変お待たせしました。マスターがご迷惑をおかけしました」
「え? 俺のせいなのか?」
「いや、お前は良くやってくれたよ。禿げた中年で、こんなおっさんの相手なんて、普通の奴じゃ無理だ。その点だけでもお前は十分やってくれた」
「おい、お前ら言いたい放題だな」
「マリー様……」
「ヴルド……」
「え、ついに俺の存在無視?」
さきほどからマスターが何かを言っていますが、どうでもいいことだと判断して、情報のカットです。
「さて、クルス。こうしてやってきたのは他でもない。少々問題があってな。手伝って欲しい」
「……まさか、この状態で俺が頷くとでも思ってるのか?」
「マスター……」
「え? この状況でもやっぱり俺が悪いのか?」
「蔑まれないと駄目な感性は直したほうがいいと思います」
「マリー!!!!」
「ん? 何だ? 蔑んでやらないぞ?」
「そこじゃない! お前、ヴルドに何を仕込んだ!」
「仕込んでないさ。真実を教えてやっただけだ。お前のマスターは女性に苛められて喜ぶ吸血鬼だと」
「違う! 喜ぶのは小さい女の子からだけだ!」
よく分かりませんが、マリー様のドン引き顔をです。流石マスター。こうもたやすくマリー様を引かせるなんて中々のものです。
「いいかっ! そもそも大人の女性何て大抵ビッチばっかりじゃないか! 私が好きなのは清らかな純潔を守る女性のみだ! それ以外に興味などない! その清らかな女性が私を蔑むんだぞ。これほど矛盾を抱えることなどないだろ! いいか嫌悪するのではない! 蔑むのだ!」
「そ、そうか……」
ついにマリー様が喋ることを止めてしまわれました。
私にはよく分かりませんが、マスターのことです。恐らく、人に恐れられることを言っているのでしょう。それが、まさか魔女のマリー様までに恐れられるとは。尊敬もあこがれもしませんが、凄いと思います。
「ヴルド、お前荷物を今すぐ纏めろ。私がお前を雇ってやる。週二日は休みだ。勿論、給金だって出す。学校にだって通わせる。戸籍は私が用意するから安心しろ。そしてあれだったらお前が好きな職業についたって良い。流石に結婚となると難しいかもしれないが、恋人の一人や二人は作ってみろ。お前はお前の人生を謳歌するんだ。こんな変態の場所でお前の人生を狂わせるわけにはいかない」
「マスターお世話になりました」
「早い! お前ら少し待てよ! 特にヴルド。お前マスターの意向とか全く聞く気ないな!」
「いえ、お客様の要望はできる限り聞くべきだと、マスターの用意したメモリーに入ってますので」
「出来る限りだ! だったらあれか? お前はマリーが私を殺せと頼んだら要望に応え――いや、いい。言わなくていい」
「そうですか? お答えしようと口の――先まで出ているので言いますね。当たり前じゃないですか」
「そう答えるって分かってたよ!」
「それでだな、実を言うと遠く離れた土地の日本に行ってくれないか?」
マスターの動きが止まりました。
「……日本に?」
「ああ」
二人の表情や、言葉の抑揚から判断するに真面目、という奴でしょうか。マスターのこのような表情は見たことがありません。せいぜい、幼い子が写真に映っている雑誌を見ているぐらいです。
しかし、日本ですか。あまり私が知る情報はありません。治安が良いや、サブカルチャーが発達している。などは雑誌で得た情報です。しかし、マスターがここまで真面目になるのでしたら、何か理由があるのでしょうか。
「日本に何かあるのですか?」
テーブルに用意した紅茶を入れ変えながら尋ねてみます。
「ヴルド。良いことを教えてやる」
「はい」
「日本の女性は皆幼く見えるのだ」
「はぁ」
よく分からない答えを貰いました。
「まぁ、それでだ。私が行ってもいいんだが。生憎時間が取れそうになくてだな。『警備』の奴らも忙しいっていうし。仕方がないからお前に話を持ってきたのだが」
マリー様は大変お偉い方らしく、中々時間が取れないそうです。確かに、その点マスターなら安心でしょう。なにしろ、この城から出ることがないのですから。
「……いやだ。私は外に出たくない」
まぁ、本人が外に出たがらないだけなのですが。
「いい加減に外に出てくれないか。どこの世界に人間が怖くて引き籠る吸血鬼がいるんだ」
ため息を吐き出しながら喋るマリー様の表情は、大変お疲れのようでした。やはり、マスターと喋るのは疲れるようです。
「ヴルド、お前行ってみるか?」
「はい?」
思わず聞き返してしまいました。勿論、聞き逃してなどおりませんが信じられません。これが人間でいう『聞き間違い』というやつなのかと思ってしまったのです。
「お前なら文句なしだ。実を言うとだな。今回、テストを行うことになったんだ」
「テスト、ですか?」
自分としては非常に嫌な響きです。起動したばかりの頃、マスターに散々動作テストを嫌というほどやらされました。
「ああ。今回『こちら側』の協力者の子が入ってきたのだが、どこまで適応できるのかというテストをすることになってな」
そう言って差し出されたのは一枚の写真です。受け取りますと、マスターが覗きこんできました。。
そこには黒く長い髪。クルリとした瞳。神道系の巫女服というものに着込んだ女の子でした。
「どうだ?」
「ふん、私は行かん! この子はどう見ても中学生以上ではないか」
中学生。確か、十三歳から十五歳までの人々を指したはずです。マスターは駄目のようです。
「だから、ヴルドに言っているだろう。どうだ? 行ってみてくれないか? ただ一緒に居るだけで良い。そして何か起きたとき、彼女の行動を記録、こちらに報告してくれるだけでいいんだ」
マリー様は自分の手を握りしめて言ってくださいますが。
「いえ、お断りさせて頂いて良いでしょうか? 流石にマスターを置いてどこかに行くのは――」
マリー様から受け取った写真を返しながらお答えします。さすがに――。
「ふっ。やはり私のロボットだ。何を言ったところで私を至上とするのだ」
ソファーに深く座り直し、ひじ掛けに手をのせて偉そうに言っておりますが違います。
「いえ、置いて行って。帰ってきた際、城中が汚くなっているのがいやなのです。さらに、自分の部屋に勝手に入られるかもしれませんし」
「お前は主婦かっ!」
「いえ、ロボットです」
「そういう意味で言ったんじゃない!」
この騒がしいマスターを置いて行くのは不安です。
もう少しこのマスターがしっかりして下されば楽になるというのですが。
「なんだ! その今にもため息を吐きそうな顔は」
「あ、そのような顔をしていましたか?」
「ああ! 今もな!」
おっと、どうやら顔に出ていたようです。表情を戻します。
「安心しろ。この男は私の屋敷にある牢――吸血鬼が好む場所に招待してやるから」
「今、牢屋って言おうとしたよな!?」
「ですが、自分も外に出たことがないので。正直不安なのですが」
「おい、お前の主が地下に監禁されそうになってるぞ!」
「些細なことです」
「言い切った! こいつ言い切りやがった!」
「マスター、どうしたのですか。ただでさえ、騒がしい方ですが、今日は輪にかけてうるさいですよ?」
全く、いくらお客様来て喜んでるとはいえはしゃぎ過ぎだと思います。
「マリー様。やはり、自分はこの城の管理がありますので」
「そうか……。報酬も用意してあるのだが?」
「報酬?」
マスターがうさん気にマリー様を見ます。マスターが動くような報酬があるのでしょうか。この方が外に出るとは思えないのですが。
しかし、マリー様は自信満々に一冊の本を取り出しました。
……どこに仕舞っていたのでしょうか。自分で自慢するわけでもないのですが、自分の動体視力は見ようと思えば虫の羽ばたきさえも見ることが可能なのです。
けれどマリー様がどこからどうやって取り出したのか見えませんでした。まるで、当たり前のように出されました。こういうのを見るたびにマリー様が魔女だという確信を致します。……マスターとマリー様以外と言葉を交わしたことはないのですが。
「ああ。幼い日本の少女たちの写真集だ」
「よし、ヴルド。行ってくるんだ。なぁに。私一人でも出来るだけのことはしておこう。こいつの所に厄介になればお前も気にせずに日本で頑張るのだ」
奪い取りながら自分に命令をなさるのですが。……良いのでしょうか。
とはいえ、命令は命令です。行くとしましょう。
「かしこまりました」
自分、言葉通りの生まれて初めての御使いです。
お二人はしばし退場です。