第十三話 佳奈様、朝はもう少しお静かに
誤解から始まる朝です。
さて、この状況をどう表せばよいのでしょうか。
「佳奈!? どういうこと!?」
「ちょ、ちょっと待って! 何かがおかしいことになってます!」
「おかしいって、あなたたちのモラルがおかしいわよ!」
言い表すならば――女々しいというやつでしょうか?
椎名様が慌てるようなことはないと言っておられましたが、違うようですね。かなり慌てております。慌て方が佳奈様とうり二つです。
「ち、違います! お母さんが思っているようなことは何一つありません!」
「だったら、なんで一緒にいるのよ!? 昨日の夜だって――」
「あれは、マッサージをしてもらっただけです!」
お二人とも朝からお元気なことです。
とはいえ、そろそろ自分も動かなければなりません。執事としてお仕事はたくさんありますから。
「佳奈様、椎名様。自分、お庭のお掃除をしてまいります」
「「この状況で!?」」
ぴったりと息の合ったとはいきません。かすかですが、0.18秒の差が出ております。
とはいえ、疑問がおひとつ。
「この状況とは、どういう状況なのでしょうか? 現在、お二人がお話してしており、その話に自分は参加しておりません。なので、ここにいても自分ができることはないかと」
「話に参加してなくても、話の内容に関係があります!」
「なるほど。つまり、自分はここで皆様のお話を聞けばよろしいのですか?」
「違いますっ! 私たちの身の潔白を証明するんです」
「潔白ですか。……何の潔白を?」
「私たちの間に何もなかったですよね!?」
「いえ、ありましたが?」
詰め寄る佳奈様のお言葉を訂正します。
もちろん、契約書でございます。これにより、自分は彼女のために努力することを決めたのでございますから。けれど、このことは秘密ですので内容は言えません。
「かーなー!?」
「表現が悪いです! そ、その男女間的な……。そういうのがあったのかということです! というか、なんで私がここまで言わないといけないんですか!」
「男女間……」
なんと難しい問題でしょうか。
男女間とはいったい何でしょうか。
ヴルドは男性型アンドロイドとしてここに存在しております。しかし、あくまで男性型。決して男性ではありません。
そういった意味を考えますと、大変難しい――。
「お願いですから、黙らないでください!」
「しかし、佳奈様。佳奈様のご質問に正確に答えるには――」
「でーすーかーら! 私とヴルドさんが一緒の布団に入ったか、ということを聞いてるんです」
「ああ、そのようなことですか。ならば、簡単でございます。自分は一緒の布団に入っておりません。執事である自分が仕えるべき人の布団を使用するなど、言語道断でございますので」
「ねっ!? お母さん、私とヴルドさんの間に何のやましいことはないの!」
喜色満面という言葉がこれほどお似合いになるほどの表情を浮かべ、椎名様に告げる佳奈様です。――何か良く分かりませんが、ヴルドお役に立てたようで嬉しいです。
「でも、さっき、ヴルド君は何かあったって」
「そこは気にしないで! 大丈夫だから! そ、その! そう! 今日あたり、放課後に街中を案内しようと約束してたのよ! そしたらヴルドさん、色んな事を聞いてきて、ね。そしたら、気が付いたら二人とも寝ちゃってて。ね、ヴルドさん」
何のことでしょうか。思わず、首を傾けます。
佳奈様とは昨晩22時28分にお部屋にお戻られになってから、朝6時まで言葉を交わしておられません。
「そ、そうですよね? ね、そうだって言ってください!」
「かしこまりました。椎名様、自分は佳奈様と話をして眠りました」
これでいいのでしょうか。佳奈様に尋ねようかと思っていますと、椎名様が自分と佳奈様の御顔を何度か見てため息を吐きました。――何か失敗をしたのでしょうか。
「まぁ、いいわ。ヴルド君がそんなことに興味なさそうなのは今の会話で分かったことだし。でも、いくら仲良くても年頃の異性と夜を共にするのはお母さん感心しませんよ」
「はい。……うう、私悪くないのに」
何故か怒られている佳奈様と何故か怒ってる椎名様。何か問題があったのでしょうか。
「椎名様、佳奈様。何がどうなされました?」
「ええと、ヴルド君は……うん、ちゃんと自分の部屋で寝ましょうね」
「絶対にですよ!」
「かしこまりました。ヴルド、椎名様のお言葉、しかと受け止めました」
二人のご命令に背くつもりもありません。
しかし――。
「よろしいのですか? そろそろお支度をなされませんと。現在、7時10分でございますが」
安堵しているお二人に申しあげますと、それはそれは大慌てになられました。
「え? もうそんな時間!? 佳奈、早く支度して! ああ、まだ朝食作り終えてないし、玖珠奈も起こしてない!」
「ああ、私まだシャワーも浴びてません!」
この調子では大変そうです。執事としての腕の見せ所でございます。
「椎名様、自分が玖珠奈様を起こして参りますので、お食事のご用意を。佳奈様は早急に準備を。お急ぎください」
本来ならお食事もすべてやりたいのですが、残念ながらこちらの台所の配置および、皆様の朝食に何をお食べになるのか存じ上げませんので椎名様にお願いいたします。
「え、ええ。お願いね!」
「わ、私も!」
バタバタと大きな音を立てながら出ていく姿を見送り、さっそく行動開始です。
まずは手始めに佳奈様のお布団をたたみ、元あった場所へ。次に――玖珠奈様のお部屋へ。
「玖珠奈様。ヴルドでございます。お起きになっておられますか?」
障子の前に立ち、お声をおかけしますが反応はないようです。どうやら、まだお休みのご様子です。
「玖珠奈様、失礼いたします」
そっとお声をおかけし、障子を開きますと中では玖珠奈様が静かにお眠りになられておりました。
「玖珠奈様、玖珠奈様。朝でございますよ?」
華奢な肩を揺すりますと、閉じられていた瞼がそっと開きました。
「……朝?」
「はい、朝でございますよ。お起きになられましたら、お顔を洗ってきてください。……どうか、なされましたか?」
ボゥ、とした表情のまま彼女の視線が徐々に自分に合い始めました。
「ヴルド、さん?」
「はい。そうでございますが。おはようございます」
「……おはよう、ございます」
まだ寝起きから覚醒してないようです。しかし、このままでは時間がありません。
「失礼いたします」
「う~? ヒャウ!?」
ヒョイと体を抱きあげます。玖珠奈様の重量は18・5キログラム。少々、平均的な体重よりは軽いようです。
「玖珠奈様、差し出がましいようですが、もう少しお食べになられた方がよろしいかと思いますが」
「……体小さいから?」
「はい。もう少し食べたほうが健康的かと」
「……が、頑張ります」
それにしてもビクビクとされて、何故か知りませんが、怖がられております。自分は何もしておりませんが、何か気に障ることをしたのでしょうか。
「お、おろしてください」
「これは、失礼いたしました。ですがお早くお顔をお洗いになられてください」
「は、はい……」
華奢な体を降ろしますと、玖珠奈様は早足でお部屋を出ていかれました。
「これは、嫌われているという状態なのでしょうか?」
困りました。これでは良い主従関係を築けません。
「しかし、今はお布団を畳みましょう」
それが終われば、お庭のお掃除。皆様がお出かけになりましたら、食器の各お部屋のお掃除。和室の掃除の仕方もインプットされていますので完璧に仕上げれるはずです。
「さて、働きますか」
働こうと、靴を取りに行こうと廊下に出ますと――。
「ヴルドさん。朝ごはんの用意ができました。一緒に食べましょう」
予定変更です。皆様がお出かけになってから、食器の片づけ、お庭のお掃除ですね。
「はい、ただいま」
やはり、人として働くのは骨が折れそうですね。まぁ、骨なんてないんですが。
ロボット、ヴルドの本格的始動です。




