臆病者
「カプチーノとカフェオレの違いが良くわからないんだけど・・・」
休日の午後に断りもなくあがりこんできた幼馴染は私がせっかく用意したカプチーノをありがたがることもなくずずずっと飲むと眉間にしわを寄せてどこか不機嫌そうにつぶやいた。
「・・・あんたねぇ、いきなり押しかけてきてだんまり決め込んで、やっと出てきた言葉がそれ?」
「これはカプチーノ?」
「・・・あんたねぇ・・・。もういいわ、私の話なんていつも無視なんだから。正解。それはカプチーノ、お父さんが会社のビンゴ大会でエスプレッソマシン?もらってきたんだ、それに牛乳をあわ立てる機能もついてて、今我が家では局地的なコーヒーブームなの」
「真希、珈琲飲めないじゃん」
「だから、局地的」
私の表情がおかしかったのかカプチーノが入ったカップに視線を落として彼女はクスリと小さく笑った。
「言い訳するわけじゃないけど、わざわざ焦がした豆から作った飲み物なんて飲む必要なんてないでしょ、この世界には他にも沢山の飲み物があるんだし」
部屋にただようコーヒーの匂いにたえられなくなって私はのみかけのカップを机に置いて窓を開けるために立ち上がった。
ちなみにカップの中身はロイヤルミルクティだ。
私なりのエスプレッソマシン活用術。
「真希、珈琲豆は焦がしてあるんじゃなくて煎ってあるんだよ」
(さすがの私もそれぐらいしってるって、もう、またはじまったな。)
少し面白がった彼女の言葉を背中で受けた私は心の中でだけ返事をするにとどめた。
言葉にしたら彼女はきっとまた私のことをからかうに違いない。
彼女は何かにつけて私をからかうのを日課にしているふしがある、どうにも悔しくなって一度理由を聞いた事があるのだけど、彼女はふっと笑って、
『真希の拗ねた顔が私の好物なんだよね』
とのたもうた・・・・・・。
そのときのことを思い出して少し落ち込んだ私はため息を吐く代わりに窓から身を乗り出して新鮮な空気を深く吸ってゆっくりはいた。
近くの公園から聞こえる子供たちのはしゃぐ声。
ただの笑い声がどうしてこんなにもどこか懐かしいんだろう。
心のどこかであの頃に戻りたいと思っているからなのかもしれない・・・・・・・。
彼女との付き合いはもう随分と長い、幼稚園で出会ったのが始まりだからもうかれこれ13年?
あの頃と比べると私も彼女も随分と大人に近づいたように感じる。
大人に近づいていると実感するたびどうしてだろう、すこし、ほんのすこしだけ寂しくなる。
それもこれも彼女のせいだ。
彼女はいつも私を置いてけぼりにする。
私をおいてどんどん大人になっていくんだ。
中学のとき私は当たり前に同じ高校に進学するんだと思ってた。
なのにいきなり私立の進学校!?
何その冗談、全然笑えない。
勉強嫌いなくせに・・・・・・。
家庭教師つけてたって、そんなの初耳だって。
頭をがつんと殴られた気がした。
私を殴った相手はいつもとかわらないひょうひょうとした表情で、もう決めたことだからって。少し震えた声で言った。
私を置いて行くくせに、
そんな声、ずるいよ。
何もいえなくなっちゃうじゃん。
私は、しょうがないなぁって、比呂はいつもそうなんだからって無理やり笑った。
もう、あれから二年以上も経ってるんだな、わかっていたことだけど高校が違うと私たちはとたんに顔を合わす回数が減った。
自転車通学の私と電車通学の彼女は家を出る時間も違うらしく家が近いというのに会う約束をしないと何週間も会わない日が続いた。
もともと会う約束なんてする必要のなかった私たちは約束の仕方なんて知らなくて、高校に入ってから長い間会えなかった。
あの日も今日と同じように彼女はいきなり私の家に押しかけてきたのだ、私の好きなお菓子を沢山買って。
真希、元気してる?ってからかうように笑ってた。
やっぱり比呂はずるいって思った。
比呂が私に会いに来てくれたから。
私はしょうがないなぁって、あんたはいつもそうなんだからって泣きそうなのを我慢して笑った。
本当はあのとき私は泣けばよかったんだ、さみしいって、かなしいって、そうすれば比呂はどうするのかな、わからないけど、きっと泣きじゃくる私をからかったりはしない。
私が触れたい比呂に触れられるような気がする。
でも……何度思い返しても泣ける気がしない。