労働の産物④
この章はあと二話続くので初投稿です。
背後で扉が開く音がした。俺は素早く扉の縁に立つ男の胸に掌底を当てた。男は靴を五センチ浮かせて壁に激突し、後頭部を壁に強かに打って気絶した。
「どうした……暗くて何も見えない……」
囚われた一人が言った。
「今からトラックを確保してお前らを甲州に連れて行く。そこで待っていろ」
気絶した男を服で縛り上げ、そう言い残して闇よりも深い地下室を出た。そして人間を八人、ここから無事に連れ出せるという儚い希望を探しに出た。
まだ研修の行われている部屋を通りすぎて、俺は裏口から外へ出てトラックを探した。トラックは駐車場でボロボロの青いシートを被せられていた。車のキーもあるべきところへついている。電気自動車に移行して数十年立っているにも関わらず、トラックは環境破壊で悪名高い、ガソリンエンジンで動くようだった。
東京では自動車博物館に収めらているようなシロモノだった。しかし考えて見ればこの世界で電気を探すよりも、ガソリンを探すほうが理に適っている。所詮、人間が手に出来るものは、手で触れ得るものしかない。
トラックに残っているガソリンの残量は分からなかった。エンジンをかけて確かめれば、たちまち見つかってしまうだろう。賭けるしかなかった。
俺は地下室へ引き返した。両手に人間を二人抱えて運び出すとしても、ここから地下室を四往復する必要があった。うんざりするような作業だったが、他に方法はなかった。
俺は再び裏口から入って、まず二人を抱えて連れ出した。研修室から聞こえる怒号が、俺の足音を消してくれた。研修は俺が七人目と八人目を連れ出すまで行われていた。俺にとってはありがたいことだが、そこまでやることだろうか。俺が県庁に忍び込んで既に一時間が経とうとしていた。確かにここまで徹底的に行えば洗脳も容易いかもしれない。
最後の一人をトラックの荷台へ押し込むと、俺は東京を出て初めて遭遇した企業から撤退するためにキーを回した。俺は国勢調査官だ。労働基準監督官じゃない。
二、三回ほど、空回りした後でエンジンがかかる。俺は車のライトも点けずにギアを変えてアクセルを踏んだ。音を聞きつけて様子を見に来た数人の杉山のそばを掠めて正門から外へ出る。白バイ警官が見たら車を停止させて懐から免許を取り上げただろうが、生憎ここに法律は無い。俺は出来るだけ平な道路を選んで東へ走った。
ここまでは順調に進んだ。だが車は数キロ走った時点で停止した。ガソリンが尽きたのだ。
「ここまでか……」
俺は車を出て荷台へ上がった。
「どうした……?」
囚われた一人が訪ねるので
「ガソリンが尽きた」
と答えた。
「応援を呼んでくる。まだ頑張れるか?」
「ここまで来たんだ……いくらでも待つさ……」
「少しの間だ」
俺は荷台から飛び降りて甲州へ向かおうとして、立ち止まった。後方、五キロ先で物音が聞こえた。杉山は追跡を諦めていなかった。トラックが長く走行できないことも知っているし、平らな道は少なかった。追跡は難しくなかっただろう。このまま俺が甲州に行けば、荷台の八人は再び県庁まで拉致されるか、あるいは殺されてしまうかもしれない。甲州の人間は県庁まで襲撃するリスクを冒せる規模の戦闘員を持っていなかった。彼らを助けだすのは、このタイミングだけだった。
やるしかない。
俺は再び闇の中へと飛び込んだ。
杉山の奴らは百人近い人数を投入し、いくつかの班に別れてこちらへ向かっていた。しかしそのいずれも、最終的にはトラックを見つけるだろう。闇の中に揺らめく松明はウィルオーウィスプ、さしずめ俺はその光に引き寄せられる羽虫だった。違う点を挙げるとすれば、俺は防弾性の皮膚と金属のフレームを持っていて、それらを焼きつくすには一五〇〇℃の温度が必要だという点だろう。
五階建てのビルの屋上から、俺は道路を歩く追跡班の中へ飛び降りた。彼らは現れた俺に驚いている間に殴られ、蹴られて悶絶し、気絶していった。最後の一人の足首を治療可能な程度に捻って、俺は次の獲物を探した。
俺の両手は依然、人間の形を保っていた。俺に組み込まれた武装は迎撃モードに入らなければ使えなかった。そして迎撃モードは鉄パイプを持ったゴロツキ程度では作動しない。一連のシステムは完全に俺から自立しており、俺ははっぴを着たシュールな武装集団を素手で片付けなければならなかった。
痛みもなく、疲労もない俺の体だったがこの数の多さはどうにもならなかった。トラックを中心とする包囲網は着々と狭まっていた。
ついに班の一つがトラックに辿り着いた。救出した人間の危機に、ようやく俺の体が迎撃モードへと移った。割れた右腕から放たれる鋭利な合成ダイヤモンドが、四人の追手を撃つ。彼らはそれぞれ脳幹に一撃を食らって即死した。荷台の八人はまだ無事だった。俺は運転席の上に立った。トラックは今や完全に包囲されていた。
「行け! あいつを解雇しろ!」
杉山たちが向かってくる。精密射撃はもう出来なかった。俺は片っ端から合成ダイヤモンドを奴らに撃ち込んでやった。血を流して倒れる人間たち。そんな彼らをリーダーらしい男の一人が
「撃たれたくらいで倒れるんじゃない! 立ち上がれよ! お前の力はそんなもんじゃないだろ!」
と倒れた仲間を蹴り飛ばした。
合成ダイヤモンドの弾丸が尽きた。俺の右手が元に戻る。
「私の夢は世界中から無職を駆逐して豊かな社会を築くことですッ!」
支離滅裂な言葉を吐く女の顎を右手の拳で打ち抜き、杉山の群れへと投げ飛ばした。ドミノ倒しのように倒れる彼らの前へ飛び降りて、俺は落ちている鉄パイプを拾う。
さぁ、第二ラウンドの開始だ。
続きは明日の六時に予約投稿しようと思いましたが、
スーパーヒーロータイムを考慮して十時に投稿します。