労働の産物②
この小説をお気に入りに登録している奴がいる。俺は感謝を胸に、重責を背中に背負いながら、震える指でキーボードにこうタイプした。”初投稿です。”
顔に刺さった散弾の一つ一つを感じる。
それらは肌を突き破らずに弾かれた。
洋子に怪我は無い。
ホッとする。
後頭部が地面に叩きつけられる。
衝撃で視界が揺れたが、それだけだった。
「攻撃確認。これより迎撃モードに移行する。武装甲を展開」
俺の右腕が割れ、銃身が覗く。
照準をパワードスーツに合わせてダイヤモンド結晶の銃弾を放つ。引き金を引く必要はない。銃は文字通り俺の右手の一部だった。
相手は予期しない反撃に後退りしようとしたが、俺の噛ませた鉄パイプのせいで足が曲がらずに倒れた。
とはいえ、銃弾は強固な装甲を突破できなかった。
「武装甲効果確認できず。武装乙を使用」
左手が割れる。同時に俺の体内に内蔵されたスピーカーが辺り一面に響く。
『ハーグ量子条約兵器を例外使用致します。付近の非戦闘員は直ちに退避してください。繰り返します、ハーグ量子条約兵器を例外使用致します。付近の非戦闘員は直ちに退避してください』
眼球の裏側に時間が表示される。俺の体内にある超小型粒子加速器が粒子を加速させるための時間だ。カウントダウンがゼロになる。ギロチンの刃が振り下ろされた。
火花の弾けるようなパン、という音と共にマイクロブラックホールが撃ちだされる。大気中の元素を飲み込み、核融合させて突き進むそれは光の線をあとに残してパワードスーツに撃ち込まれた。
ボン、という音を立てて膨らむようにパワードスーツは内側から爆発した。マイクロブラックホールはそれで拡散して消滅した。
「対象沈黙。迎撃モード解除。通常モードへ移行」
割れた両手が閉じて、継ぎ目のないいつもの状態へと還った。
「君はロボットだったのか!」
図書館で竹村市長が驚きの声を上げた。俺の後ろで洋子は飯島多恵の介抱を受けていた。
隠すつもりはなかった。しかし空白地帯を生きる住民に自然に接触するために、ロボットである事実を出来る限り伏せておくのが東京都の方針だった。
「はい、今回の国勢調査に際して東南アジア諸国の支援を背景に、東京の残存技術と資材を結集して作られました」
「でも君は食べ物を……」
「僕の微生物電解バッテリーは、電解質に生息する微生物が食料を分解する際に出す熱と化学反応によって高効率で電気を作り出しています。分解された老廃物は超小型粒子加速器で高温、高圧でダイヤモンドに合成し、右手武装甲の弾丸として排出します。余剰の老廃物は呼吸と共に大気中へ放出します」
住民は俺の説明に言葉を失っていた。理解できないか、理解できていても圧倒されてしまっていただろう。自分たちがこんな生活をしている一方で、東京では人間そっくりのロボットが作られている。俺に組み込まれているバッテリーを使えばライブラリに供給されている電力を半永久的に賄うことだって出来た。格差社会の行き着く先はグローバリズムとは真逆の方向へ突き進んでいた。政府は矛盾する二つを推し進めて、結局は足元から崩壊した。
「あいつらは杉山と言いましたね、奴らはどこからあんなパワードスーツを?」
「ここから南、富士山の手前にある元陸上自衛隊北富士駐屯地から持ってきたんだろう」
吾郎が言う。
「二十年くらい前に、偵察に行ったことがあるが、戦車も何もかもバラバラにされてぶっ壊されてたはずだが、杉山の奴らにはあれを元通りにしちまうことが出来るみてーだな。とはいえ、元通りに出来たのはあのパワードスーツくらいなもんらしいがよ」
「奴らは県庁にいるといったな。それはどこにある?」
「奴らんトコに乗り込むのか?」
竹村市長が心配そうに言った。
「調査しなければ」
それが俺の仕事だった。
次の日の早朝、俺は甲州を出て坂道をずっと下っていった。竹村市長に見せてもらった古い日本地図と、元々入力されていた日本地図を照合し、体の向きと歩幅から移動した方角と距離を正確に照合して自分の位置を把握した。俺の体にはGPSがオミットされていた。空白地帯に人工衛星と俺を結ぶ基地局が存在しないためだ。
それにしても、東京の連中は何故、俺の頭に昔の地図をインプットしなかったのだろうか。東京の国立図書館には過去から未来までのあらゆる蔵書が収められている。そこには古い日本地図の一つや二つあったろうに。
俺は文句を言ったが、奴らもこんな形で古い地図を使うとは思っていなかったに違いない。
十時に、俺は塩山駅に到着した。ここから線路沿いに甲府駅を目指して南に少しいけば県庁がある。少なくとも地図にはそう書いてあった。
杉山の連中には気をつけろ。
竹村市長は言った。確かに鉄のパイプとパワードスーツで武装し、祭りのはっぴを着た連中は十分な警戒が必要に思える。だが彼は更にこう付け加えた。
「パワードスーツもそうなんだが、奴らは何か変なんだ」
「奴らに攫われた人間は、皆壊れちまう」
吾郎も言う。
「頭がおかしくなっちまうんだ」
頭がおかしくなる? 無理もない話だと思った。この世界で正気でいられる人間は少ない。現在の東京も自殺者が後を絶たなかった。人手不足と謳いながら、社会が必要としていたのは社会にとって必要な人間だった。そして社会にとって必要という定義は、生命の定義よりも複雑で曖昧で難解だった。
電車が通らなくなって久しい線路は、飴細工のように所々、変形し、歪み、壊れていた。建物はゆっくりと植物に飲み込まれつつある。狸が駅のホームを走り回り、カラスが電柱の上で孤高に浸っていた。
山梨市駅を過ぎた。この分ならあと二時間で県庁へ辿り着けるだろう。
続きは明日投稿します。