凡才も天才に①
電機騎士団を倒し、名古屋市から北設楽へ向かうことになった久保たち。
アークエンジェルズの一角、桐生大悟を久保の元に導いた相生祥吾は彼らと合流しながら自分の人生を回想していた。
相生祥吾にとって愛知とは山の上から遠くに見える灰色の無機質な遺跡でしかなかった。彼が生まれた頃にはそこはロボットと呼ばれる鉄で出来た怪物の巣だった。どういうわけなのか、怪物は山の方までは来なかった。電力という奴が無いからだという。電力って何だ、と親に訊くと
「ほら、あれだ、雷みたいなもんだ」
と教えられた。
北設楽(相生祥吾の集落はそう呼ばれていた)にはロボットがいないわけではなかった。もっともそれは電機騎士団に寄って資源を集めるために破壊したものを回収したものと、子供たちの教育のために学校に飾ってあるものだった。小学校に上がった頃、恐ろしい怪物だと聞かされてビクビクとしながら壁に飾られたそれは単なる鉄の人形のようで少々拍子抜けしたのをよく覚えている。もっとも大泣きして教室を飛び出していった生徒も何人かいたが。
電機騎士団は祥吾の……村の子供たちの憧れだった。とはいえ子供のことだから、電機騎士団が何をしているのか、具体的なことは知らなかった。もちろん、電機騎士団以外にも仕事は山ほどあった。畑を耕したり、道具を作ったりする人たちだ。電機騎士団の武器を作る職人は、電機騎士団よりも大事にされている。でもロボットと戦い、あの無機質な遺跡を取り返す英雄たちに憧れない奴は仲間はずれにされても仕方がないような空気感が膝丈五十センチに漂っていた。
「俺、本当は戦いたくないんだよ」
関口が言った。小学校を卒業して中学生になったときのことだった。家が近所だから、俺達はよく一緒に魚を釣って焼いて食べたのだ。
「地道に土ほって畑耕して……そういう生活も有りかなって……」
「だせぇな」
俺は言った。
「だせぇか?」
「うん」
「そうか……」
三年後、関口は偵察隊の囮を引き受けて電動刑事に手足を千切られて死んだ。あのとき俺がだせぇ、なんて言わなければ奴は畑を耕しながら生きていたんだろうか。そう考えると俺は眠れなくなる。姉が生きていればなんと言ったのだろうか。姉は電機騎士団で、俺が十一歳のときに戦死した。出撃して、いつもどおり帰ってこなかった。何かの間違いだろう、と思った。味方から逸れた騎士が数日後にひょっこりと帰ってくることは度々あることだった。俺は姉を待った。しかし一年待っても帰ってこなかった。
友人と姉を失ってなお、それでも祥吾の心は憎悪を抱くことはなかった。自分でも不思議な感覚だった。何故だろうか。俺はそんなに冷たい人間だったのか、と自分自身に絶望して周りに問いただしてみるとそう感じる人間は自分だけではないらしい。決して悲しいわけではない、ただそう、感覚的には知り合い山の中を歩いて足を踏み外し、崖の下へ滑落したような感覚……事故に近い。
「確かに故意でないならばそれは全て事故のようなものかもしれないわ」
麻生静香が言った。彼女は北設楽でガンブレードの保有を許されている四人のアークエンジェルズの一人であり、祥吾の姉の親友でもあり、今は自分の上官である。二人は電機騎士団の隊舎の一つで束の間の休息をとっていた。森の木を切って造られた、今ではもう古いログハウスだ。ろくな道具も無いままに造られたとは思えないほど、しっかりと、正確に建てられていた。北設楽全体に言えることだが、電気が無いので天井からろうそく付きのランプが下がっている。
静香はタバコをすって、窓の外に吐いた。タバコはどこからか群生していたものを摘んで、村で作る和紙の紙に巻いて作ったものだった。貴重なのはどちらかというと火をつけるマッチやライターの方だった。任務の合間に適当にくすねてくるのだそうだ。着火剤が無くなったら、静香は禁煙するか夜を待つしか無い。火打ち石を叩いて火をおこすのは性に合わないのだそうだ。
「ロボットはプログラムに従って動いているだけ。それが人間を殺すことを前提に動いているとしても、それはそういうシステムというだけ。極端に工作機械に誤って巻き込まれてしまったのと同じかもしれない。ふぅん、殺意や憎しみというものも、感情に寄って立つものかしら。ちょっと興味あるわ」
「そういう言い方こそ、ロボットみたいだ」
祥吾は素直な感想を述べたが、皮肉っぽい言い方になってしまったことに気がついて
「すいません」
慌てて謝る。
「問題はそこよ」
と、静香は言う。
「まるでロボットよ、ウチらは。電機騎士団は」
暑いですね、こんな日はコロナビールにライムと塩を入れて飲むとおいしそうですよ(私は飲んだことないですけど)。