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デモグラフィー  作者: paper driver
東京都⇒旧山梨県甲州市
3/41

聖なるもの③

予約投稿がなされてなかったので初投稿です。

 甲州は平屋の家が集まって形成された集落だった。規模としては村と言ったほうがいい。来る途中、東京の中でも似たような場所がいくつかあるのを見たことがある。ただ、いくつか異なる部分としてまず道路のアスファルトが全て砕かれて地面がむき出しになっていた。道路の補修するための技術がないのか、資材がないのか、あるいはどちらもないのか。それから家の補修がツギハギであることが見て取れた。


「タケさん! いるかい!」


 初老の男が一軒の平屋の前で怒鳴った。すると玄関が開いて、メガネをかけた白髪の老人が現れた。


「どうしたんだ吾郎。そいつは誰だ? 杉山の奴らか?」


「東京から来たんだと。どうする?」


「東京? 亡命か?」


 どうやら彼らにとっては東京から出てくる人間は皆、亡命者のようだった。


「取り敢えず上がってもらおう。ほら、上がんなさいな」


「はい」


「リュックは返したほうがいいかな?」


 若い男が言うと


「そうしろ」


と、老人は言った。俺はリュックサックを取り返した。


「そんじゃ、俺らは見回りに戻るわ。なんかあったら呼んでくれ」


 吾郎と呼ばれた男は若い男を連れて去っていった。俺は靴を脱いで玄関へ上がり、キィキィときしむ廊下を抜けて和室に通された。


「東京から来て、まぁ、疲れたでしょう。あんな遠いところから……」


「ええ、まぁ」


「私は竹村良樹と言います。甲州の市長です」


 村長だろ、と思ったが口には出さなかった。


「僕は久保新司です。東京から派遣された国勢調査員です。亡命者ではありません」


「えっ、こくせい……」


 国勢という言葉に反応した。俺は失われた希望をいくぶん取り戻して説明を続けた。


「国勢調査とは人口、性別や配偶者の関係、就業の状態や世帯の構成を調べる調査です。東京は現在、日本再生プロジェクトを推進しており、その第一段階として三大都市圏以外の空白地帯の調査を開始しました」


「ちょっと、急にまくしたてられても分かりませんよ」


「失礼」


俺は咳払いして


「つまり、東京、大阪、愛知以外の日本がどうなっているかを私は調査しています。調査にご協力願えませんか?」


「それは構いませんが……」


竹村老人は腕を組んで


「日本再生プロジェクトですか」


「何か?」


「久保さん、甲州もそうだがここらの集落は、まぁ杉山を除くといわゆる東京難民の集まりだったんですよ」


 東京難民は初めて聞く言葉だった。



 人口減はあらゆる意味で地方の衰退をもたらした。単純に人口がゼロになって消滅する地域も多かったが、大半は電気、ガス、水道などのライフラインの消滅が主だった。ここ百年余りで政府は電気、水道などの民営化を推し進めた。

 企業とは基本的に利潤を追求する組織である。電気設備、水道設備、ガスなどを分配するための設備には当然、コストがかかる。だから、そのコスト以上の利益を出せなければ当然、赤字となる。だから人口の少ない地域では、ある一定の人数を下回ると利益とコストの差が逆転してしまう。つまり人口の多い街と人口の少ない街では、人口の多い街の方がより安くなるという寸法だ。

 この仕組みが都市部での人口の過密化に拍車をかけた。安い電気、安いガス、安い水を求めるためだ。一方で、人口減が止まったわけでもなく集中した人口もやがて少なくなっていく。現在、東京、大阪、愛知だけしか都市が存在しないのはそのためである。

 これに対して政府は、対策として『都市定員法』を定めた。法律で都市人口を定めたのだ。これで都市への人口の集中は止まったが、しかしそれだけだった。人口減という抜本的な問題が解決されないままに施行された法律は、都市へ集まった余剰の人間を閉め出しただけだった。



「だから東京難民って呼ばれてるわけです」


 はっはっはっ、と竹村老人は笑った。そんな法律があるなんて知らなかった。きっと昔のことなのだろう。今では東京も空き家だらけで人手不足だった。おそらく大阪も愛知も同じ状況だろう。そしてそこには大阪難民や愛知難民がいるに違いなかった。

 彼らは政府から見捨てられた人々だった。その政府が今になって彼らを助けるという。

 何もかもが遅すぎた。これをなんとか出来る人間は今や僅かな遺灰となって墓の下で眠っていた。なんの役にも立たなかったという点だけが現在も変わらない。


「調査にご協力願えますか?」


 こちらもお役所仕事を通すしかなかった。


「構いません」


 竹村老人は快諾して


「東京の町並みには劣りますが」


と頭を掻いた。

 それはどうかな、俺は立ち上がって、部屋がいつの間にか暗くなっていることに気がついた。だいぶ話し込んでしまったらしい。竹村老人が手作りらしい、瓶と紐の入ったランプにライターの着火装置で日を点けた。電気はないが、ここに灯りが出来た。


「調査は明日にして、今日は泊まって行きなさい」


 屋根も壁も床も、布団もあるようだった。これ以上、俺が望むものは無かった。

次の投稿は明日です。

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