魂の病②
頑張って完結できるように初投稿です。
即席の熊鍋は食べられないことはないが、臭いがきつく、肉は硬くてガムのように噛む必要があった。とはいえ選択の余地は無い。俺は一口毒味をして、有害物質が無いことを確かめてから、後の全てを少年に譲った。
「お前さん、名前は?」
名前を訊ねると、
「そっちから名乗るが筋だろ」
と返された。確かにその通りだ。
「俺は久保新司。東京から来た国勢調査官だ。お前さんは誰だ? お前を食おうとした熊を食わせてやってるんだ、それくらい教えてもらっても構わんだろう?」
「……霧島ヒカル」
「ヒカルか、一体どうしてここに? この辺りに集落でもあるのか?」
「知らない。俺も東京から来た」
「君も国勢調査か?」
今の東京は一面を壁とバリケード、監視カメラと憲兵に囲まれていた。東京の治安維持のためとあるが、甲州の人々の話を合わせて考えると密入都を防ぐためのものなのだったのだろう。今ではほとんど無意味な遺跡だった。出ようと思えば難しくはないが、わざわざ東京から出たがる人間もいない。東京を出ようとするのは俺のような国勢調査官くらいだろう。
「何だっていいだろ?」
ヒカルは熊汁を啜って言った。
「悪いことは言わない。東京へ帰るんだ。親はどうした?」
「そんなものいねぇ。帰る気もない」
力づくで、というのも無理な話だった。こんな調子で出会う人間を東京に連れ帰っていたら、いつまで経っても愛知県に辿りつけない。
「どこへ行くつもりだった?」
逆に目的地を訊ねてみると、ヒカルは
「愛知」
と答えた。
「よし分かった」
俺はしゃがんで、目線をヒカルに合わせて
「俺の目的地も愛知だ。そこまで一緒に行こう」
と提案した。ヒカルは目線を右へ左へとさせて、結局、首を縦に振った。
次の日も行楽日和だった。俺はヒカルと歩調を合わせながらゆっくりと静岡へ踏み込んでいった。
「しかし昨日は何で山の中から飛び出してきたんだ? 道路に沿って歩けば楽だったろ?」
「途中で祭りのはっぴを着た変な連中に追い回された。それにあんたと違って、炭素自給式短機関銃も火略砲も持ってないしな」
「左腕だけじゃなく、俺の右腕とも面識があるとは驚いたな。ツイッターで知り合ったのか?」
ヒカルは息を切らせながら付いてくる。東京を出てろくに食事もしてこなかったのだろう。体力が落ちているようだった。この先に大きな木と、木陰が見えた。あそこで小休止にしよう。
木陰にたどり着く。この分なら、夕方までに富士宮市の都市部へ行けそうだ。
「この分なら夕方までにビルのあるトコまで行けるかな?」
ヒカルが地図を開いて俺と同じ結論を下した。彼は東京から出る際に、ちゃんと古い地図を印刷して持ってきていた。その点に関しては俺よりも賢い。
「あんたロボットだろ?」
出し抜けにヒカルが言った。俺は試すように
「さぁな、サイボーグかもしれんぞ」
と返した。
「両腕に兵器積んで、飯もろくに食わないのに元気だ。それに東京都が人間を一人で外に寄越すなんて残酷なことするかよ」
「ロボットを送り出すのは残酷じゃないのか?」
「人権が無いのがロボットの最大の長所だからね」
確かにそうだ。人権があったら、人間を使うのと代わりない。俺に支払われる給料はなく、休日もない。最も、都市の外ではどちらも無意味だ。なるほど、人権の無い世界に人間を送り込むわけには行かない。それが都市に生きる人々のプライドなのだろう。
右手の山が途切れて、都市部へと出た。正確には都市部だったところだ。
「ヒカル、お前を愛知に連れて行く前に、寄るところがある。地図を出してみろ」
ヒカルの地図を広げる。幸い、まだ地図が見える分には明るかった。
「俺は一度、富士川滑空飛行場へ寄って、通信基地局を調べなければならない。そこから線路沿いに富士山静岡空港、浜松を経由して愛知入りする」
「富士川滑空飛行場か……いいね」
「何がいいんだ?」
「百年前はそこで鳥人間コンテストやってたみたいだよ。ニコ動でアップされてんの見た」
鳥人間コンテスト、と聞いて俺の脳裏に鶏冠を点けた男の姿が浮かび上がる。
「生憎、ニコ動ではNHKしか見ないんだ」
俺は地図を畳んでヒカルと一緒に今夜の寝床を探すことにした。夕食に使う熊の肉もまだ残っている。
ふと、上を見上げると、ビルの屋上に何かいるのが見えた。プロペラを生やしたオブジェか何かかと思ったが、望遠モードで拡大してみると、それは全身に白い防護服を着た人間の形をしていて、プロペラは両肩から伸びている。
「おい、ヒカル。あれが見えるか」
俺が指さすと同時に、その人形のようなものは動き出し、ビルから飛び降りた。プロペラが回転し、背中からジェットを噴き出している。
「あれが鳥人間か?」
「そうだね。だいぶ近いよ」
ヒカルが言う。
「ジェットとプロペラはレギュレーション違反だけど」
あと書きためてるのをなるべく一時間ごとに出します。