対決しよう
「でも、なんだか少し、安心しました」
シスター・パトリックが意外なことを言い出したので、アタシは戸惑った。
「自分だけではない……そう思うと心強いです」
彼女はアタシを見て、ほんのちょっと笑った。
なるほど、たしかに、アタシたちはかなりレアな境遇にある同士かもしれない。
いや、でも待てよ。不幸自慢ではないけれど、アタシのほうがだいぶ困っているような気がするのだが……。実際問題として、アタシは誰かを「指名」しなくちゃいけないのだ。
指名……!? そのときふと、まさに悪魔的なインスピレーションが脳裏をよぎった。
「ありがとう、おやすみなさい」
そう言って部屋を去ろうとする彼女をアタシは呼び止めた。
†
いよいよ運命の日がやってきた。泣いても笑っても、今夜がトミーの指定した「三日後」の夜である。
アタシは特別な対応を何もしなかった。たとえば、一晩中起きていて誰かに見張ってもらうとか、そういうことだ。
相手は悪魔だし、たぶん小細工は通用しないだろう。いずれヤツはアタシが寝落ちしたところを狙ってくる。それならば、真っ向から勝負してやる。
いつもどおり一日のお勤めを終えたアタシは、くたくたになって部屋へと戻ってきた。これから悪魔と対決とか、マジで勘弁してほしい。
ドアを開けると、もうトミーはそこにいた。
……ちょっと待ってよ、もしアタシが誰かを連れて来ていたら、どうするつもりだったの? それとも最初から、アタシにしか見えないのかトミーは。
「こんばんは、いらっしゃい」
皮肉をこめて言い、彼のとなりに腰かけた。言っておくが、これはアタシのベッドだ。
「さあ、きみの答えを聞かせておくれ」
彼はニタニタと腹立つ笑い方をしながら言った。アタシはひとつ深呼吸すると覚悟を決めた。
「指名するわ。そのかたの名前は、グラス・ディック・ジョーンズ」
「……な、な、なんだってえええ!!」
トミーはまるで断末魔のような叫び声をあげた。
彼の動きが固まり、そのまま、うっすりと姿を消して行った。まさかこんなに効くとは思わず、アタシのほうがびっくりした。
グラス・ディック・ジョーンズがどういうかたか、アタシはくわしく知らない。個人的に恨みもない。だが、ジョーンズ氏には罪がある。
彼はシスター・パトリックの夢にあらわれ、いやらしい囁きをして彼女を苦しめた。
アタシはあのとき、彼女を呼び止めて聞いたのだ。夢の中で悪魔は名を言ったか、と。彼女は恥ずかしそうな顔で、小さく、グラス・ディック・ジョーンズと答えた。その名前の中に一部、卑猥な単語が含まれていたが、そこは軽くスルーした。
ジョーンズ氏はたぶん、トミーの同業者だと思う。おなじ悪魔でも、人間に仕掛ける罠はいろいろなのでは、なかろうか。
トミーのあのリアクションから、ジョーンズ氏はより上級の悪魔ではないかと推測できる。格上の相手だから、その命を奪うのも、トミーにとって容易ではないかもしれない。が、アタシの知ったことではない。
悪魔同士、存分にやり合えばいいのだ。