密談しよう
「シスター・パトリックが、私とおなじ夢の件で、神父に相談なさったということですか」
「……参りましたなあ」
神父は頭に手をやりつつ言った。
「相談に来られたシスターの話は、基本的に秘密にしているんですが。あまりに奇妙な一致だったので、つい釣られてしまいました」
アタシはただ呆気にとられたまま、
「あるんですね、こんなこと」とだけ言った。
「どう思われます? なにか悪い前兆でしょうか」
やや間をおいてアタシは聞いた。
「私は」と神父。「あまりそういったオカルト的なことを信じません。偶然でしょう、ただの」
「……そうですね」
アタシは下を向きつつ言った。
「悪魔は、あなたに何を?」
神父に促され、アタシはトミーとのやり取りについて語った。
「シスター・パトリックにも、悪魔はおなじことを?」
アタシの問いに神父は無言で首を振った。違う、とも、お答えできません、ともどちらにも解釈ができた。
「すみません、彼女のことはこれ以上、お聞きしません」
そう言ってアタシは頭を下げた。
「あなたはご自分の夢を、どう解釈されます?」
神父がアタシのカップに紅茶を注ぎつつ聞いた。
「……わかりません。疲れているのでしょうか」
「さあ、意外と逆かも、しれませんよ」
えっ、疲れるの反対って、元気? ぽかんとするアタシに神父は続けた。
「あなたはいま、仕事が順調で気分も乗っていらっしゃる。その、あり余った元気が、妙なかたちで出てきたのかも」
アタシは思わず唸った。
「はあ……そんなふうにポジティブに考えたことは、ありませんでした」
けっきょく神父の口から解決策、つまり「指名」に関する案は聞けなかった。まあ、それはそうだろう。
オハラ神父をたずねたことで、思わぬ収穫があった。その日の夜、アタシの部屋のドアをノックする人がいた。シスター・パトリックだった。
「シスター・パトリック、どうされたんです?」
彼女は思いつめた顔をしていた。そして、
「ちょっと、お話が」と小さな声で言った。用件はだいたい想像できた。
「どうぞ、お入りください」
アタシは彼女を部屋に招き入れた。
ここはカトリック学校内にある宿舎で、アタシたち職員が住んでいる。各部屋の造りは小さく質素そのもので、もちろんテレビもラジオもない。個室を与えられているだけでも御の字だろう。
「オハラ神父から伺いました。……シスター・ロバート、あなたも奇妙な夢を?」
そうか、神父が彼女に伝えたのか。なるほど神父はアタシにうっかり漏らしたものだから、シスター・パトリックにも同様に漏らしたのだろう。バランスをとったのだ。
「ええ」とアタシ。「悪魔が夢にあらわれて……」
そしてアタシは、午後に神父に話したように、悪魔とのやり取りを彼女に語った。彼女は俯いたまま、ただ黙ってそれを聞いていた。
「私が見た夢と、違いますね」
アタシが話し終えると、彼女はぽつりと言った。
「シスター・パトリック……よろしければ、あなたのお話を」
さりげない風をよそおったが、その実、アタシは興味津々だった。
「私は、」彼女はいきなり、顔を覆って泣き出した。「ああ! なんて恐ろしい」
「いや……あの、無理に話さなくても、いいんですよ」
そうは言っても、めっちゃ気になるのが実情だ。
「ごめんなさい……いいえ、私なら大丈夫です」
彼女は胸に手を当て、大きく呼吸した。
「悪魔は夢の中で、なにかとても、いやらしいことを私に囁くんです」
……それだけ? いやいや、ごめんなさい。ショックの度合いは人それぞれだから、なんとも言えない。
「私は、心の奥底では、なにか欲求不満なんでしょうか……」涙目のまま彼女は呟いた。
さあ、困ったぞ。そうです、とも、いや違いますとも言いかねる。
「それを言い出したら、私なんて、殺人衝動が潜んでいるかもしれませんよ?」
苦し紛れにアタシが言うと、彼女は力なく首を振った。おたがいに、夢の中の悪魔がなにを意図しているのか掴めないままでいた。