第4話:一志とエイチアパートの秘密(前)
「失礼します。」
扉を叩いて部屋に入ると、一人の男性が僕に背を向けてパソコンをしていた。
「初めまして。小石川博史と言います。食事を持って来ました。」
背中に話しかけると、その男性が椅子を回転させてこちらを向いた。
「キミが新しい入居者か」
にっこりと優しい笑顔を浮かべている。
僕は、驚いた。
何故なら
その男性は、僕が良く知っている人物だったからだ。
「…二ノ宮部長。何故ここにいるのですか。」
「…えぇ?」
眼鏡を掛け、いつものスーツではない黒い服を着ていたが、それは確かに二ノ宮部長だった。
「…あー、なるほど。アイツもう部長になったんだ。早いね〜」
「おっしゃっている意味が分からないのですが。」
「混乱しているキミに自己紹介をしてあげよう。ちなみにオレは二ノ宮部長じゃないよ」
本当に混乱してしまった。二ノ宮部長と同じ容貌の人物が、自らをそうではないと言っている。一体、この人物は誰なのだろうか。
「オレの名前は二ノ宮一志。キミのいう二ノ宮部長の双子の兄貴なのだぁ!」
「…はぁ。」
「っ驚け!」
「すみません。充分、驚いています。」
双子にしても良く似ている。しかし、本当かよと愚痴を言っている姿を見ると、確かに二ノ宮部長ではないなと思った。
二ノ宮さんはやっと僕の持ってきた御飯を食べ始めた。忙しく口に物を放り込んでいる。
「ろう?二郎は元ふぃ?」
「はい。元気ですよ。」
二郎というのは二ノ宮部長のことだと解釈した。
「二ノ宮さんは部長に会っていないんですか。」
「一志でいいよ。会ってないなぁ…どんぐらいかも覚えてない」
「曖昧ですね。」
「しょーがないよ、オレ引きこもりだし」
「引き…こもり…。」
急いで部屋の中を見渡す。ちゃんと掃除されていて清潔そうだ。一志さんを見ても髪も格好もきちんとしている。
「とても引きこもりには見えませんが。」
「なに?フィギアとポスターがいっぱいあって終始『萌え〜』とか言ってると思ったわけ?」
「…はい。」
「小石川は正直者だぁねー」
何故かわしわしと頭を撫でてくれた。
「でもかれこれ7年ぐらいになるかなぁ。外界に出てないの」
「ならどうやって生活してるんですか。」
そう聞くと一志さんは自慢気にパソコンを撫でた。
「今はITの時代だろ?大抵の物はコイツで注文すりゃいいし、飯はここの食堂で食える。髪は京ちゃんが切ってくれるし。金だってネット上の株式で儲けてるもんね〜」
停電になったり周囲の人に見捨てられたらこの人は確実に死ぬなと思った。