第2話:奥村先輩、噂好きすぎ。
時計をみる。1時24分だ。
僕は全く寝られない。明日引っ越すことが不安で仕方ない。
これも、先輩が脅すからだ。
回想―
『おぅ、小石川。お前なんで二ノ宮部長に呼ばれたん?』
話しかけてきたのは僕より2年年上の、奥村先輩。
『いや、引っ越しをしろと言われたんですよ。』
『もしかして…エイチアパートか?』
奥村先輩がその名前を知っていることが意外だった。
『知っているんですか。』
『まぁな。毎年パッとしない新入社員がターゲットになるんだなぁ…あ、悪い悪い』
『いいです。別に。』
『怒るなよ』
正直、悪いと思ってなんかなさそうだ。
『でもなぁ…エイチアパートっていう名前だけど、アパートって言うより寮みたいな感じらしいぞ?』
『え、そうなんですか。』
資料を見てみると、朝晩の御飯が作ってもらえて、風呂や玄関は共同のようだ。
『いいじゃないですか。独り暮らしでも淋しくなさそうで、健康的ですよ。』
『でも、束縛されてるだろ?それに…』
そう言うと、奥村先輩は声を潜めた。
『俺が入社する前なんだけど、エイチアパートに行ったっきり帰ってこなかった奴がいるらしい。噂では個性が見つけられなくて解雇だの処分だのされたとか…』
『え、嘘。』
『っ驚け!』
『すみません。』
―回想終了
エイチアパートに行けば、絶対に個性は見つかるのだろうか。
正直、僕には自信がない。今まで個性を大切にしようなどとは思っていなかった。
僕は個性を手にいれて、何か良い方向に行くことが出来るのだろうか。
そんなことを考えていると朝になっていた。
トラックの音がする。荷造りした物が運ばれていく。部屋が、空っぽになった。
僕は引っ越し屋の人にお礼を言うために外に出た。
「あなたが、小石川くん?」
後ろに知らない女の人が立っていた。
「はい、そうですが。」「良かった…人違いならどうしようかと。私はエイチアパート管理人の林芳子。まぁ管理人のおばさんね」
「あ、どうも。よろしくお願いします。」
優しそうなおばさんだ。僕は少し安心した。全く変な人には見えなかったからだ。
管理人さんは僕を車で迎えに来てくれたらしい。変な車ではなくて、本当に普通の車だったし、運転も普通だった。
「エイチアパートに、うちの社員が毎年行っているんですよね。」
「ええ。大丈夫よ?皆ちゃんと個性を見つけているからね」
不安が読まれていたみたいだ。恥ずかしくなって僕はうつ向いてしまった。