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そのころ、フランシスカはなんとかあと一キロをきったあたりまで泳いできた。しかも今までペースを崩すことはなかった、というのだから驚きを隠せない。
「……それに、ロゼも付いてきている……」
そう、別にこのペースを保って十キロも泳いできたのはフランシスカだけではなかった。
「どうした? ペースが落ちてきたようだね? あともう少しだからがんばって!」
フランシスカのすぐうしろにくっつくように一人の少女が泳いでいた。
ロゼ、だった。
彼女はずっとフランシスカをペースメーカーとして泳いできたのだ。だから彼女のスタミナは未だに消費が少ないだろう。
汚いやつだ、とフランシスカは思った。
しかしこの場所は世界トライアスロン。言うならば“無血の戦争”と呼ぶべきこれはそういうずる賢いことをしていかねば、勝つことはできないのだ。
✝
そのとき、だった。
不意にフランシスカの足を誰かが引っ張ってきたのだった。
フランシスカは一瞬困惑した。こんなことをできる人間は一人しか居ないことを解っていたから。
ロゼ。彼女がしたことなのか。フランシスカは一瞬そう考えたが直ぐにその考えを捨てた。彼女がそんなことをするわけがない。フランシスカはそう考えていたからだ。
「……なら」
いったい誰が、この所業をし得たのか。どうやらそれも一回で終わったのでとりあえず泳ぎのペースを取り戻す。
ロゼは何食わぬ顔でフランシスカにぴったりとくっつくペースで泳いでいた。
「……フランシスカ、なんかあったのか? なんか苦々しい表情だぞ」
「さぁ? とりあえず彼女がゴールするまで関わるのは禁止されてるから固唾を呑んで見守るしかないんだけどねぇ」
双眼鏡を使ってフランシスカたちの状況を眺めるグラムにサリドは答えた。
「……妨害、という可能性は?」
「十分有り得るよ。だってこういう大会だ。もとはスポーツマンシップに則ってやってたけど今はそれを無視してもいいってのが暗黙の了解になってる。だから今や世界トライアスロンは“無血の戦争”とも呼ばれるくらいだしね」
そう言ってサリドはテーブルに置かれていたコーヒーを一口飲んだ。