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その頃。
セントラルターミナルに一台のヒュロルフタームがたどり着いていた。
黒に彩られたカラーリング、それはそのヒュロルフタームのアイデンティティーでもあった。
クーチェ。
それがそのヒュロルフタームの名前だった。
乗るのは、リリー・ダレンシア少尉。無名の一般人から這い上がったいわばエリートだ。
そんな彼女は、今クーチェの中で息を整えていた。
「……、」
彼女は、少し前まで透明病の治療によりレイザリー王国にある病院に入院していた。その時四天王のひとり、アルキメデス・エンパイアーに声をかけられていた。
『裏方に回らないか』との相談だった。
確かにヒュロルフタームはノータだけで成り立っているわけではない(少なくとも大多数はその通りではあるが)。メンテナンスをする人々がいるからこそ、ノータは100%の力でヒュロルフタームを操作することが叶うのだ。
そして彼女はそこへの配属を提案された。良く言えば長くは生きられないだろう彼女の事を思って、比較的作業の軽い裏方に回った方がいいのではないか? という心遣いにはなるだろう。しかしそれは取り方に選れば左遷にも均しい扱いになる。
彼女は勿論その提案を断ったわけなのだが、よく考えるとリリーにとってそれほど悪い提案でもないことが解る。何故ならば、彼女はリハビリで体力が戻ってきたとはいえ透明病患者から復活した人間だ。透明病患者には先が長くないことは周知の事実でもあった。
そして、彼女は現職のエンジニアたちが羨む程の高い技術力に富んでいた(現に彼女のヒュロルフタームの点検は専門家に任せないと難しいコックピットを除いて彼女自身が整備している。これはノータの中でも異例なことなのだ)。
だから、彼女に『転職』を促すのも理解できるのだ。
ただ、彼女は断った。ヒュロルフターム・ノータの不足を理由にして。
現在、ヒュロルフタームは5台+仮設6号機の全6台のみが存在する。
これに対してノータの数も6人。よく考えると妥当ではあるが予備がいない点では非常に不備のある人数なのだ。
また彼女は初号機のノータだ。期待も他のノータの何十倍と課せられる。彼女にとって、それが柵であって誇りでもあった。
「……さて、」
長い思考をやめ、リリーは前を――この状況で守らねばならぬ存在であるセントラルターミナルを――見上げた。
その、直後だった。
何の予兆も、そこにはなかった。
セントラルターミナルは高さが50m程ではあるが、オリンピアドーム全体として考えると一番の高さを誇る。
その、セントラルターミナルが――恐らく内から爆発があったのが原因で――崩壊を始めた。
「……!!」
リリーは目の前にある光景を理解できずにいた。何故ならセントラルターミナルの全てのカメラ映像はリーフガットがいる作戦基地に非公式ではあるが送信され、怪しい者がいればすぐ解るはずなのだ。
だのに、予兆なくそれは起きた。
考えられることは一つしか、なかった。
敵が作戦基地に突撃をし行動停止状態に陥っていること。
「……守れなかった。私は……、あのセントラルターミナルを……守れなかった!!」
リリーの瞳には涙が流れていた。
彼女は生涯二度目の涙を流すのだった――。