第四章 まもりたい②
3
小夜がとった行動は、追いかけることだった。
エルデとゼーンを戦わせてはいけない。
幽閉されていた屋敷から出るために、小夜は一か八かの色仕掛けを試みた。入口に常駐する二人の兵士に向かって、スカートの裾をぎりぎりまでめくり、油断したところをティーガにがぶりといかせる作戦だ。これが嘘のようにうまくいき、小夜は屋敷を抜け出せたのである。白いティーガに跨って、小夜は急いでエルデの後を追った。
兵士の守る城郭を強行突破し、堀を渡って、街を抜けて、山の麓までたどり着いた。
ティーガの猛進はすさまじい。手綱に掴まっているのが精いっぱいで、麓に着いたときには、強く握りすぎたせいか手がしびれていた。
小夜は眼前にそびえる霧の山を見上げた。低い雲が、黒褐色の山肌を全体的に覆っている。
ところどころに生える木は、まるで雲の上から生えているようだ。
目を凝らすと、山の傾斜を登っていく人影が、とぐろを巻きながら続いている。ずらりと並んだ列は、鉱山の仕事に行く様子ではなかった。
(きっとあれだわ!)
小夜は後を追って山に入った。
兵士たちにはすぐに追いついた。後方にいるのはほとんどが歩兵だからだ。兵士たちの間をすり抜けて、小夜は先頭を目指した。
隊列はずっと先まで伸びている。山腹のトンネルを抜けて、下りにさしかかった。まだ先頭にはたどり着かない。
どれだけの兵士が続いているのだろうか。数えるなんてことは絶対に無理だ。
山を下りて荒野に出たところで、ようやく先頭集団らしき騎馬隊が見えてきた。
漆黒の旗を掲げながら、黒い馬に乗った兵士が列をなしている。二本の尻尾を持ち、額に角を生やした馬だった。ティーガといい、小夜の世界の動物とヤーレスツァイトの動物とは、微妙な差異があるようだ。
馬はぬかるんだ土を跳ねさせながら、均等な距離を保って進んでいく。
騎馬隊を抜けて、黒いティーガに乗った男の後ろ姿を見つけた。
(いた!)
ティーガを走らせて近づく。
「エルデ!」
小夜はティーガをエルデの横につけた。
「なぜおまえがここにいる?」
正面を見やったまま、エルデは静かに言った。
「止めに来たのよ!」
「無駄だ。帰れ」
「いや! 絶対帰らないから!」
ティーガの走る速度を上げて、小夜は前に出て止めようとしたが、エルデに腕を掴まれ制された。互いのティーガが自然と足を止める。
正面に見えた人影を警戒してのことだった。
白い毛並みに縦縞の入ったティーガに跨った美麗な男が、背後に大軍を引き連れて佇んでいる。果てしない荒野に広がる軍勢は、圧巻だった。
前列の兵士たちが掲げた群青の旗が、風に悠々とたなびいている。
「ゼーン、どうして……」
数十メートル先に対峙する良く知る顔を見つめて、小夜はこぼした。
「エルデ、このような結果になってしまったことは、非常に残念でなりません」
凛とした声が、荒野に響き渡る。
「しかし、あなたの行為は、世界を滅びへと導くもの。考えを改めないと言うのであれば、私があなたを滅します!」
「ちょっと、待っ……」
反論しようとした小夜を、エルデが手で制す。
「おまえこそ、それでいいのか、ゼーン! 結界を張ることは、サヨの命を奪うことだ。おまえは人としての誇りを捨てるのか!」
「誇り? 何か勘違いをされているようですね! そこにいる少女は、天上の人間ですよ。我々に害悪をもたらした憎むべき存在なのですよ! 命を奪うことに、ためらいなどありません。その身で、その命で、償ってもらうだけです!」
殴られたような衝撃が、小夜の胸を襲った。
自分が生贄という存在だと、改めて思い知らされた瞬間だった。
後悔が脳裏をよぎった。来なければよかったと。
聞きたくなかった。
うなだれた小夜は、顔を上げる気力さえ失っていた。
「それが、おまえの出した答えなんだな」
小夜の隣で、エルデが呟いた。
旗のなびく音とともに、鳥たちの不気味な鳴き声が荒野に響いた。
翼を広げたいくつもの黒い影が、大地の上で前後左右と動き回っている。
あの黒い鳥が、集まってきているのだと知った。
恐る恐る空を見上げると、今にも落下してきそうな重厚な黒雲が渦巻いている。
そのすぐ下で旋回する鳥たちは、冥府からの使者にも思えた。
風に煽られて、体が冷たくなっていく。本当に風が原因だろうか。対峙する男たちの空気が、小夜に寒気を感じさせているのではないか。
曇天の唸りとともに、風が止んだ。たなびいていた旗が動きを失くす。
「全軍進め!」
ゼーンの掛け声とともに、控えていた兵士たちがいっせいに動き出した。
同時にエルデの軍勢も雄叫びをあげて突撃を開始する。
「おまえは下がっていろ」
右往左往している小夜に、エルデは言う。
「待ってよ、エルデ!」
エルデは振り向きもせずに、右手を上げて近くの兵士に指示を出す。馬に乗った数人の兵士が、小夜の周りを囲うように集まってきた。
「救世主様は我々がお守りします」
と、一人の兵士が言った。
エルデは軽く頷くと、ティーガを戦中へと走らせる。
「エルデ!」
最悪の事態が起こってしまった。また何もできなかった。
小夜の横を行き過ぎていく兵士たち。薙刀を構えて、倒すべき相手に向かって突進していく。荒野はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。
全身の震えが止まらない。
怖くてたまらない。
そして、悔しくてたまらない。
(なんで? こんなことになんの意味があるの?)
兵士たちが刃を交えて入り乱れる中、中央では高貴な獣に跨った二人の王子が睨み合っていた。互いに武器を構えて、間合いをはかっている。
ゼーンは指に数本の短剣をはさんで構え、エルデは手の甲に備えたかぎ爪を振りかざした。
どちらともなく攻撃を繰り出す。
「や、やめて――――っ!!」
小夜は思わず叫んだが、二人にはまるで届いていない様子だった。
決闘は止まることなく互いを傷つけ合う。
激しい戦乱に紛れて、詳しい状況はつかめなかったが、どちらも一瞬よろめいた気がした。
再び態勢を立て直し、また刃を交える。
火花を散らして、何度も激しく打ち合っている。
エルデのかぎ爪がゼーンの脇腹をかすめ、ティーガの上から引きずりおろした。同時にゼーンも短剣を黒いティーガの脚に突き刺して、エルデを振り落とさせる。
地面に放り出された二人は、すぐさま立ち上がり、また睨み合った。
(どうしよう。どうしたらいいの?)
動きたくても動けない。下手に動いたら、逆に状況を悪くしてしまうかもしれない。
完全に蚊帳の外だ。何もできない。本当に無力だ。
「誰か止めて……。ローエン……」
困ったとき真っ先に駆けつけて助けてくれる――。
今、彼はいない。頼れるのは彼だけなのに。
そのときだ。合戦の中で、ひときわ鋭い咆哮を耳にしたのは。
誰のティーガが吠えたのか。
周りを見渡して、咆哮の主を探す。
白兵戦の中に突っ込んでくるティーガの姿が目に映った。黒い毛並みに白い縦縞を帯びたティーガ。その上には赤髪の青年を乗せている。
兵士たちの間をすり抜けて、中央で死闘を繰り広げる友のもとへ駆けつけ、ティーガから華麗に飛び降りた。
「やめろ――っ!!」
相対する二人の間に、危険を顧みずに立ちふさがる。
だが、エルデとゼーンの勢いは止まらなかった。
互いに振り上げた刃は、そう簡単には止められなかったのだ。
痛みをこらえた短い悲鳴が、荒野にこだまするまでは。
「ローエン……」
最初に剣を地面に落としたのは、ゼーンだった。エルデに投げたはずの短剣が、眼前に立ちふさがった青年の背に刺さったのを認めて、愕然とした様子だった。
小夜はティーガから急いで降りると、護衛についていた兵士たちを振り払って、現場まで走った。
駆けつけたとき、対峙する二人の王子の間で、ローエンが崩れるように前方に倒れこむところだった。支えたのはエルデだ。エルデの肩に額を乗せて、ローエンは苦しそうに息を吐いている。表情に乏しいエルデの顔が、明らかに青ざめていった。
タールのような地面に、紅い鮮血がにじんでいく。背中からではない。脇腹からだった。血は、エルデの手を渡って、黒装束の袖にも紅く染み入る。かぎ爪が、ローエンの脇腹を貫いていたのだ。
まさかの出来事に、小夜は絶句した。
「なぁ……」
エルデの肩の上で、ローエンが口を動かした。
「もうやめようぜ、こんなこと……」
「ローエン」
「意味ねぇだろ、こんなの……」
痛みをこらえながら話すローエンの声は、かすれている。
「世界が救われても……国が守れても……、本当に大切なものを失ったら、意味ねぇだろ」
「もういい。話すな」
「俺は……もう失いたくない……」
ローエンの目がゆっくりと閉じられた。
「ローエン!」
駆け寄って、小夜はローエンを揺すった。息はしているが、意識がない。
二人の王子は呆然と立ち尽くしている。
「何してるの! 早く手当てしなきゃ、ローエンが死んじゃう!」
小夜はたまらず叫んだ。
我に返ったように、ゼーンがマントの裾を破いて、ローエンの脇腹に手早く巻いた。
「応急処置ですが、これで止血できるでしょう」
「俺のティーガに乗せろ。ヴィンター王国に運ぶ」
「そうですね。ここからだとその方が近い」
ローエンを黒いティーガに乗せて、エルデはヴィンター王国へと急ぐ。
ゼーンはそれを見送ると、戦いを中断させるために、自ら兵士たちの間に割って入った。他の兵士たちにも戦いをやめるよう指示をし、それが兵士から兵士へと伝わっていく。
小夜もまた、自分の護衛についてくれていた騎馬隊の兵士たちに頼み、今もなお戦っている兵士たちの仲裁をしてもらった。
雄叫びが飛び交っていた戦場はやがて静かになり、ひとまずの停戦を見せた。
4
離れの屋敷に運ばれたローエンの治療が終わるまで、小夜たちは隣の座敷で待っていた。
四方を襖で閉ざされた何もない空間は、やけに重く息が詰まりそうだった。
身が震えるほど冷え切った部屋で、小夜は落ち着きなく体をさする。
隣では、ゼーンが正座をしながら瞑想にふけり、すぐ外の縁側には、早々に部屋を立ち去ったエルデがいた。
襖が開いて、医者が入ってきた。
小夜は思わず立ち上がった。
「できるだけのことはしましたが……」
医者が言いよどんだので、余計に不安が募る。
「傷、ひどいんですか?」
「肩の傷は大したことがありません。しかし、腹部の傷が思ったより深く、内臓まで達している。おそらく今夜あたりが峠でしょう」
「そんな……」
医者が部屋を去ったところで、ゼーンが立ち上がった。正面の襖を開けて、縁側にいるエルデの後ろに立って、鋭い目つきで見下ろす。
「ローエンにもしものことがあったら、私はあなたを許しません」
エルデは無言のまま視線だけを返す。
「やめてよ!」
咄嗟に、小夜は間に割って入った。何もわかっていない二人に対して、無性に腹が立ったのだ。
「こんなときに、いがみ合ってどうするの? 何のために、ローエンが体張ってまで戦いを止めたと思ってるの? 仲の良い二人に戻ってほしいからでしょ!」
目に涙がたまる。
「いがみ合ったり、憎しみ合ったりしてほしくないからでしょ! なんでそんなこともわからないの? 自分のことばっかり考えて。いい加減にしてよ! バカじゃないの!」
「あなたに私たちの何がわかるというのです?」
ゼーンの鋭い瞳が、小夜の瞳を捉える。小夜は目を背けなかった。
「わかるよ……。伝わってくるよ。ゼーンもエルデも、本当はすごくお互いを大事に想っていること」
小夜は縁側に立つと、池の周りに生えていた草の葉を一枚ちぎった。
「エルデ、前にここで話してくれたよね。ゼーンと一緒に作った曲のこと。ローエンのために、二人で夢中になって作ったって言ってたよね。あの話をしているときのエルデは、本当に楽しそうだった」
「どうでもいい昔話だ」
エルデは抑揚なく言った。
「嘘つき! どうでもいいなんて思ってないくせに!」
エルデを睨み据えて、小夜は怒鳴った。
「どうでもいい過去なら、どうしてあの曲を草笛で吹いてたの? あの曲のメロディが、私にはエルデの心の叫びのように聞こえた。大切な友達を傷つけることになるかもしれないことを悲しんでるように聞こえた。でもそれって、言い返せば、元に戻りたいっていう意思の表れでしょ?」
涙をにじませながら、小夜はエルデの瞳を見つめる。
「もう一度、一緒に演奏したいって、心から思っていた証でしょ?」
エルデの手を掴んで、小夜はその掌に先程ちぎった葉を置いた。
丸みを帯びた緑の葉を見つめて、エルデは黙っている。
「そういうことですか……」
沈黙を破って口を切ったのは、ゼーンだった。
「何もかも一人で背負って、自分が悪人になって、それで私たちを救うつもりだったのですか? 人としての誇りを失わせないために」
エルデの視線が、掌の葉からゼーンに移る。ゼーンは表情を隠すように、うつむいていた。
「余計なお世話ですよ」
「ゼーン……」
「もっと他に方法があったでしょう? なぜ、あなただけが背負う必要があるのです? なぜ、四人で一つだと思ってくれなかったのです?」
顔を上げたゼーンの瞳から、一筋の涙が流れる。
「すまない」
低い声で、エルデは呟いた。
「俺は、おまえたちの心に、闇を背負わせたくなかった。俺に何ができるのかを考えたとき、俺一人が全てを背負えば、それでうまくいくと思った。結界を張らせないように仕向けることで、おまえもローエンもヴィントも、人の道を外れなくて済む」
「それならそうと、初めから話していてくれれば……」
「国を守りたかったのも事実だ。剣を交えることも、覚悟の上だった」
ゼーンとエルデは、静かに視線を交わしていた。
「すまない」
「謝るのならローエンに言ってあげてください。あなたの想い気づけなかった私にも、落ち度はあるのですから」
ゼーンとエルデの仲もようやく落ち着き、ホッと胸をなでおろした小夜は、ローエンの眠っている部屋へ向かった。
布団に寝かされたローエンの傍に寄り添う。
周りを襖で仕切られた部屋は、布団以外は何もなかった。殺風景な空間だが、襖に描かれた四季折々の絵が華を持たせている。
眠っているローエンは、苦しそうだった。額に汗を浮かべて、痛みのせいか、ときどきうめき声を上げた。
傍にあったガーゼで汗をぬぐってやると、布団からはみ出した手を、小夜はそっと握る。
熱い手だった。そして、大きい手だった。
「頑張って、ローエン」
小夜はずっと手を握っていた。
汗をかけば拭いてやり、熱にうなされれば氷水を作って額に当ててあげた。
不安でたまらなかった。悪い方に考えてしまうたびに、何度もかぶりを振った。
「大丈夫だよね……。また笑って見せてくれるよね……?」
手を握りながら、祈るように呟いた。
どのくらい時間が経過しただろうか。看病疲れのあまり眠ってしまったようだ。目を開けたとき、自分の顔が布団の上に乗っていて、小夜は心底慌てた。
「怪我人の上で寝るか、普通」
「ローエン!」
顔を上げると、ローエンが呆れ顔で、こちらを見つめていた。
うれしさのあまり涙があふれた。
いつもの憎まれ口だ。久しぶりに聞いた気がする。
「良かった……。死んじゃったらどうしようって、私、ずっと怖かった……」
「俺がそんな簡単に死ぬわけねぇだろ」
「だって、今晩が峠だって。お腹の傷、内臓まで達しててひどいって」
「ああ、やっぱり。エルデのやつ、思い切り刺しやがったからな」
と、ローエンはおかしそうに笑う。
「笑い事じゃないでしょ」
涙をぬぐいながら、小夜は呆れてしまった。
「あいつらは? あれからどうなった?」
「戦いは止まったよ。あの二人なら、きっともう……」
小夜が言いかけたとき、隣の部屋から草笛の音色が聞こえてきた。緩やかで心地良い旋律は、二つの音が重なって深みのあるものになっている。草笛とは思えないほど、きれいなハーモニーだった。
「この曲……」
ローエンは呟いて、フッと口元を緩めた。
「もう大丈夫みたいだな、あいつら」
「そうだね」
二つの音が合わさった美しい曲に耳を傾けながら、小夜は笑顔で頷いた。
ローエンもまた聞き入るように目を閉じる。
「おまえの手、冷たくて気持ちいいな」
唐突に言われて、小夜はずっと手を繋いでいたことに気づいた。
恥ずかしさが急にこみ上げてくる。手を離そうと思ったが、逆に強く握り返された。
「このままでいい」
「え?」
「傍にいてくれて、ありがとな」
天井に視線をやったまま、ローエンははにかんだ。
胸が熱くなった。ひいていたはずの涙が、再びポロポロとこぼれ落ちる。
キツネにつままれたように、ローエンは慌てふためいた。焦り声が飛んでくる。
「な、泣くなよ。礼を言っただけだろ」
「だって、嫌われてると思ってたから……」
「嫌ってたわけじゃねぇよ。ただ、突き放さねぇと、やってられなかっただけだ。おまえが本当は……」
「生贄だから?」
「知ってたのか?」
ローエンは大きく目を見開いた。
「エルデから聞いた」
「そうか」
低く呟いて、ローエンは天井に視線を戻した。
「最低だよな。結界を張るのに異世界の人間の命が必要だと知ってて、おまえを『世界の最果て』に行かせようとしてたなんて」
嘲るように、吐き捨てる。
「追い詰められてたんだ。失うことが怖くて、みんなどうにかなりそうだった」
小夜は何も答えられなかった。ローエンの話に、黙って耳を傾けることしかできない。
「ヴィントは最後まで迷ってた。これが本当に正しいことなのか。なのに、俺が言いくるめた。俺たちの苦しみを、天上の人間に知らしめる必要があるってな。罪悪感なんてなかったよ、最初はな。自業自得だって思ってた。けど、必死に俺たちの気持ちをわかろうとしてるおまえを見て、気づいたんだよ」
愁いに満ちたローエンの瞳が、小夜を捉える。
「取り返しのつかない過ちを、俺たちは犯そうとしてたってことに」
握った小夜の手を、ローエンは自分の頬に押し当てる。
柔らかな頬は、まだ熱を帯びて熱かった。
「もう旅は続けなくていい」
「本当にそれでいいの? 後悔しない?」
口をついて出た言葉に、小夜は自分でも驚いた。
ローエンが自分のためを思って言ってくれているのに、それで後悔しないのかと聞くとは、何を考えているのだろう。
「星は降り続けるんだよ? ユラやヴィントのような人が、また出るかもしれないんだよ?」
「だったら守ればいい。出さないように、俺が守る」
「ローエン……」
「もう、無理しなくていいからな」
ローエンが見せた表情は、今までよりもずっと優しかった。小夜に向けられた優しい微笑み。ずっと欲しかったものだ。ずっと見たかったものだ。そして、ずっと聞きたかった言葉。
我慢していたものが、一気に噴き出してくる。まるで、パンパンに膨れた風船に針を刺して、破裂させるように。
とめどなく涙があふれて、もうどうにも止まらなかった。
小夜は大声で泣いた。