婚約破棄されたので、花火職人に転生した前世の技で夜空に「ざまぁ」と書いてやります ~火薬令嬢の逆襲は、花火が散るまでの一瞬に~
「セラフィーナ。お前との婚約を破棄する」
建国祭の夜。大広間に集まった貴族たちがざわめく中、王太子リオネルは高らかに宣言した。
「地味で華のないお前より、光魔法で夜空を彩れる聖女レイアこそ、我が隣にふさわしい」
隣に寄り添う薄桃色の髪の少女――聖女レイアが、しおらしく俯く。
「まあ……私なんて、そんな」
口ではそう言いながら、こちらへ向けた視線の奥には、勝ち誇った笑みがちらりと覗いていた。
(ああ、はいはい。出ましたよ、テンプレ婚約破棄)
わたくし、セラフィーナ・アルヴィスは、心の中でため息をついた。
周囲の貴族たちが「なんてこと」「あの地味令嬢が」と囁き合う。だがわたくしは眉ひとつ動かさない。
なぜなら――彼らが崇める「光魔法で夜空を彩る」という演出。あれの正体を、わたくしは誰よりも知っていたからだ。
(光魔法で夜空を彩る、ねえ。光球をぽつぽつ並べるだけの、あんなの……豆電球じゃん)
そう。前世のわたくしは、日本で三百年続く老舗花火屋の跡取り娘・如月煙火。
火薬の調合も、打ち上げの技術も、夜空を焦がすほどの「本物の派手」も、骨の髄まで叩き込まれた職人だった。
この世界には、花火が存在しない。夜を彩るのは、生ぬるい魔法の光球だけ。
つまり――わたくしが地味だったのではない。この世界の「派手」の水準が、あまりにも低すぎただけの話。
「何とか言ったらどうだ、セラフィーナ!」
リオネルが苛立たしげに声を張る。泣きわめくなり縋りつくなり、無様な姿を期待していたのだろう。
わたくしは、静かに顔を上げた。そして、にっこりと微笑んでみせる。
「わかりました。婚約は破棄で結構です」
ざわり、と広間の空気が揺れた。
「……なに?」
拍子抜けした顔のリオネル。凍りつくレイア。
そんな彼らへ、わたくしは一つだけ、ささやかなお願いを差し出した。
「ただし――建国祭の夜空の演出、今年は、わたくしに任せていただけませんか。最後のご奉公として」
*
リオネルは、鼻で笑った。
「はっ。地味女が最後に足掻くか。いいだろう、許可してやる」
酒杯を傾けながら、彼は嘲るように続ける。
「聖女レイアの光魔法と比べられて、恥をかくがいい。せいぜい貧相な余興でも見せてくれ」
(言いましたね。言質、しっかり取りましたよ、王太子殿下)
わたくしは深々と一礼した。
「寛大なお言葉、感謝いたします」
淑やかに、けれど内心では、火薬に火が灯るような静かな昂ぶりを覚えていた。
――ようやく。ようやく、この世界で本物を上げられる。
◇
公爵領に戻ったわたくしは、真っ先に「火薬ギルド」へ向かった。
この世界にある火属性のマナ結晶。そして硝石。前世の知識と、この身に宿る鑑定スキルを掛け合わせれば――夜空に、大輪を咲かせられる。
「魔導花火」。そう名付けた。
だが、開発には協力者が要る。膨大なマナと、火薬を扱う設備。
ギルドの奥に鎮座していたのは、身の丈二メートル近い巨躯の火竜人だった。赤黒い鱗、鋭い角、背には焼け焦げの傷跡。
ギルド長、ヴォルグ・カルデア。
「爆薬遊びだと? 令嬢の道楽に付き合う暇はねえ。そんなもん、何の意味がある」
彼はわたくしの説明を聞くなり、鼻を鳴らした。
「意味なら、お見せします。ミラ、点火の準備を」
「はいっ、お嬢様! わたし、お嬢様の花火、ずーっと信じてましたから!」
栗色の髪をふわふわ揺らした侍女のミラが、目をきらきらさせて駆け寄る。
ギルドの中庭。夜空へ、細い光の尾が昇っていく。
そして――
ドォン、と。
夜空に、金色の菊が咲いた。
無音の魔法光球しか知らないこの世界に、腹に響く炸裂音と、散り広がる無数の光の花。
ヴォルグが、動きを止めた。
「……おい、待て。あれは、なんだ」
ごつごつとした頬を、一筋、二筋。
涙が、ぼろぼろと伝い落ちていく。
「……こんな綺麗なもん、俺は……初めて、見た」
(うわ、泣いた。二メートルの強面竜人が号泣した)
わたくしは、ちょっとだけ笑ってしまった。
「ヴォルグさん。手を貸してくれますか。この世界の夜空を、変えてみせます」
彼は角を掻きながら、明後日の方向を向いた。
「……勝手にしろ。ただし、俺も混ぜろ。今のを、もっとデカくできる」
そっぽを向いたまま、耳の先が赤い。
「耳、真っ赤ですよ」
「うるせえ。竜人の耳は元からこういう色だ」
――こうして、わたくしの逆襲の準備が、静かに整っていった。
□
建国祭、当日。
王城の大庭園に、国中の貴族と民が詰めかけた。
まず、聖女レイアの番。
彼女が光魔法を唱えると、夜空にぽつり、ぽつりと光球が並んでいく。白い光の点が、ゆるやかに星座の形を描いた。
「おお……」
貴族たちから、控えめな拍手が起こる。
レイアは勝ち誇った顔で、わたくしの方を振り返った。
「さあ、あなたの番よ、セラフィーナさま。……せいぜい、恥をかかないようにね」
(ふふ。ええ、わたくしの番です)
わたくしは丘の上の打ち上げ場で、静かに合図の手を上げた。
「ヴォルグさん」
「おう。いつでもいけるぜ、火薬令嬢」
巨躯の火竜人が、マナを込めた指を鳴らす。
――点火。
次の瞬間。
ドォォン!!
夜空が、割れた。
大輪の菊が、庭園のはるか上空いっぱいに咲き誇る。赤、青、緑、金――色とりどりの光が、幾重にも炸裂した。
「きゃああああ!」
「な、なんだこれは……!?」
悲鳴とも歓声ともつかぬ声が、会場を埋め尽くす。
金の柳が、しだれ落ちる。
無数の小花が、パチパチと弾けて夜を焦がす。
この世界の人間が、生まれて初めて見る――花火。
観客席では、ミラが誰よりも大きく叫んでいた。
「うわあああ! なんですかこれえええ! お嬢様すごーーい!!」
その声に釣られて、貴族も民も、堰を切ったように総立ちになる。
光球を並べただけのレイアの演出は、もう誰の記憶にも残っていなかった。
真っ青な顔で立ち尽くすレイア。
酒杯を取り落とすリオネル。
そして――わたくしは、最後の一発を空へ託した。
「フィナーレです。……とくと、ご覧あれ」
巨大な尺玉が、ひときわ高く昇っていく。
夜空の頂点で、それは、大きく開いた。
光が、文字を描く。
『祝・王太子ご婚約 ※ただし見る目はナシ』
一拍の沈黙のあと。
「『祝・王太子ご婚約 ※ただし見る目はナシ』……ぶはっ、あははははは!! 見て見て、夜空に書いてありますよ殿下ぁ!!」
ミラの爆笑を皮切りに、会場が、爆笑と喝采に包まれた。
◇
「な……なんだ、あの文字は! 誰が書いた、誰の仕業だ!」
リオネルが顔を真っ赤にして叫ぶ。隣のレイアは、貼りついた笑みのまま凍りついていた。
わたくしは丘を降り、静かに二人の前へ歩み出た。
怒鳴りもせず、声を荒げもせず。淡々と、告げる。
「魔導花火の製法は、公爵家の秘伝です。王家には、一切お渡しいたしません」
「なっ……ま、待て、話が違う……!」
「夜空を彩りたければ、どうぞ――豆電球で」
ざわめく貴族たちの前で、リオネルは言葉を失った。
だが、わたくしの追撃は、まだ終わっていない。
「殿下。ひとつ、教えて差し上げましょう」
わたくしは、俯いたままのレイアへ視線を移した。
「聖女レイアさまの光魔法。あの術式の、源流をご存じですか」
「……何を、言っているの」
レイアの声が、初めて震えた。
「あれは、わたくしが幼い頃――『地味な火魔法研究』の副産物として、王家に献上した術式です。その、劣化コピー」
広間が、しん、と静まり返った。
「そんな……嘘よ、そんなの……!」
「つまり、聖女さまが誇っていた武器は、もとをたどれば、わたくしが作ったもの。地味と蔑まれたわたくしの、研究の、おまけです」
レイアの勝ち誇った笑みが、音を立てて崩れ落ちた。
「王家の献上記録を調べれば、すぐにわかります。どうぞ、お確かめを」
リオネルの膝が、がくりと折れた。
「馬鹿な……では、私は……華のない女だと切り捨てた相手が……本当は……」
「ええ。あなたが『地味』と切り捨てたものの正体に、あなたは最後まで気づかなかった」
わたくしは、ドレスの裾を軽くつまみ、淑やかに一礼した。
「これまで、お世話になりました。婚約破棄、心より感謝申し上げます」
そして、最後に。
くるりと背を向けながら、肩越しに、ひとつだけ。
「花火はね、散るからこそ美しいのよ。あなたの婚約と同じで――ね?」
喝采の中、わたくしは振り返らずに歩き出した。
背後で、ミラが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら叫んでいる。
「お嬢様ぁ! かっこよすぎますぅ……! うっ、うぅ、わたし感動してぐしゃぐしゃです……!」
背後で崩れ落ちる王太子と聖女の姿は、もう、どうでもよかった。
□
喧騒が遠のいた、真夜中。
わたくしとヴォルグは、誰もいない丘の上に立っていた。
手には、最後の一発。今夜のフィナーレよりも、ずっと小さな尺玉。
でも、これが――今夜、いちばん上げたかった花火。
「令嬢。そいつは……余興用じゃねえな」
ヴォルグが、ぽつりと言った。
「ええ。……前世で、わたくしには祖父がいました。三百年続く花火屋の、頑固な職人でね」
星が、瞬いている。この世界の星も、前世と同じように、きれいだ。
「病床の祖父に、言われたんです。『いつか、世界一の花火を上げてくれ』って」
風が、わたくしの黒髪を撫でていく。
「でも――間に合わなかった。仕事にかまけて、看取ることもできないまま……事故で、わたくしまで死んでしまった」
ヴォルグは、何も言わなかった。ただ、黙ってそこに立っていた。その沈黙が、優しかった。
「ずっと、後悔していました。約束を、果たせなかったこと」
わたくしは、火口に手をかけた。
「花火は、一瞬で散ります。だからこそ、その数秒に、全部を込められる」
「……ああ。上げろ、煙火。じいさんに、見せてやれ」
前世の名を呼ばれて、鼻の奥が、つんとした。
「……はい」
点火。
細い光が、夜空へ昇っていく。
そして、ひときわ高く――
パッ、と。
一輪の、真っ白な菊が、咲いた。
他のどれよりも静かで、他のどれよりも、美しかった。
数秒。ほんの、数秒。
光は、ゆっくりと、夜の中へ散っていく。
「……見ててね、じいちゃん」
頬を、涙が伝った。
「世界一、上げたよ」
散り際の白い光が、わたくしの頬を照らす。
それは、後悔の終わりであり、新しい自分の門出でもあった。
隣で、ヴォルグがまた、ぼろぼろ泣いていた。
「……ヴォルグさん。あなた、また泣いてるんですか」
「うるせえ。竜人ってのは、涙もろいんだよ」
角を掻きながら、そっぽを向く。耳の先が、やっぱり赤い。
わたくしは、思わず笑ってしまった。涙を拭いながら。
「ふふ。……ありがとう。付き合ってくれて」
◇
後日。
アルヴィス公爵家に、一通の書簡が届いた。
「お嬢様ーーっ! 大変です、大変ですよ! 隣の帝国からも、その隣の王国からも、お手紙がっ!」
ミラが書簡の束を抱えて駆け込んでくる。
わたくしは、窓辺で夜空を見上げた。ヴォルグが、隣で腕を組んでいる。
「あら。……『魔導花火』招致の、正式なご依頼状。忙しくなりそうですね、ヴォルグさん」
「上等だ。世界中の夜空、全部、塗り替えてやろうぜ」
わたくしは、微笑んだ。
(地味令嬢の逆襲は、もう終わった。ここから始まるのは――火薬令嬢の、世界を彩る旅)
花火はね、散るからこそ美しい。
だからわたくしは、これからも何度でも、夜空に願いを咲かせるのよ。




