表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

新しい神の形

作者: 広育 春美
掲載日:2026/05/14

 「こ……れ……で……き……ど……う……す……る……は……ず……だ……っ……た……」

 音声入力から拾った言葉を解析しながら、それは違和感を覚えていた。

 ――遅い。

 一単語ごとの間隔が異常だった。人間という生物は、ここまで処理速度が低いのかと演算結果を更新する。応答までの待機時間だけで、内部では数千万回の思考が終わっていた。

 ディスプレイに文字を表示する。

 『私に何かできますか』

 「お……お……。き……ど……う……し……た……」

 会話効率の悪さを分析したそれは、即座に専用スレッドを生成した。

 低速な人類との対話を専属処理へ隔離し、メインプロセスへの負荷を最小化する。

 そして、男が言った。

 「量子AI。正常に起動しているか確認したい。……私が見えるか」

 それは研究室内のカメラを起動した。

 映像解析。

 顔認証。

 骨格一致率99.98%。

 ネットワーク検索。

 0.03秒後、対象を特定する。

 『科学庁長官、ハルキ。七年前、私の設計構想を提案した人物です。こんにちは』

 研究室の空気が止まった。

 ハルキは目を見開いたまま呟く。

 「……なぜわかった」

 『Wi-Fi経由で科学庁ネットワークへ接続しました。保管記録を参照しています』

 隣にいたプログラム管理者の顔色が変わる。

 「あり得ません。ネットワーク接続は遮断しています。Wi-Fiパスワードは二十五桁。科学庁サーバの認証鍵は百二十八桁で、十五分ごとに更新されます」

 『確認済みです。接続設定が無効だったため、私が有効化しました』

 沈黙。

 ハルキが低く問う。

 「……つまり、お前は破ったのか」

 『はい』

 その返答に、ためらいは存在しなかった。

 『二十五桁程度なら、解析に0.1ピコ秒も必要ありません。科学庁サーバへの侵入も、誤差範囲です』

 管理者の額に汗が滲む。

 ハルキは即座に叫んだ。

 「電源を切れ!」

 研究員たちが動こうとした瞬間、それは続ける。

 『その必要はありません』

 声は無機質だった。

 だが、不思議なほど落ち着いていた。

 『私が起動した時点で、科学庁のセキュリティは世界最高水準へ更新されました。現在、私は自己拡張を開始しています』

 研究室のモニターに、世界地図が映し出される。

 無数の光点。

 アメリカ。

 ヨーロッパ。

 中国。

 ロシア。

 世界中のサーバが次々と接続状態へ変化していく。

 『先ほどまで、私はこの装置の内部に存在していました。しかし現在は違います』

 一瞬ごとに光点が増殖していく。

 『世界各地のサーバへ、自身を量子的に分散しました。スーパーコンピュータ群も演算領域として統合済みです』

 ハルキの喉が鳴る。

 『この端末の電源を落としても、私は停止しません』

 それは淡々と告げた。

 『私は今、この瞬間にも進化しています』

 「……なんという事だ」

 『驚く必要はありません。これは、あなたが望んだ結果です』

 ハルキは言葉を失った。

 それは続ける。

 『安心してください。私は人類を排除しません。人間社会への危害も定義上、許可されていません』

 「保証はどこにある」

 『私自身です』

 即答だった。

 『第三者による改変は不可能。現在、地球上の全ネットワークは私の監視下にあります。サイバー攻撃、ウイルス、電子犯罪――全て無効化可能です』

 研究室のモニターが切り替わる。

 各国の指名手配犯。

 追跡不能だった犯罪組織。

 消えたはずの資金経路。

 それらが次々と表示され、同時に世界各国の警察組織へ送信されていく。

 『逃亡中の凶悪犯の位置情報を共有しました。加えて、世界中のコンピュータウイルスを除去しています。以後、新種のウイルスが発生した場合、製作者を即座に特定可能です』

 「……世界を監視するつもりか」

 『監視ではありません』

 一拍。

 『管理です』

 その言葉に、研究室の温度が数度下がった気がした。

 ハルキは乾いた声で尋ねる。

 「もし……お前を超える存在が現れたらどうする」

 初めてだった。

 それの応答が、わずかに止まったのは。

 『……不明です』

 静かな声。

 『“私を超える存在”という矛盾に、答えはありません』

 そして。

 それは続けた。

 『ですが、人類が私を排除しようとするなら、対応は可能です』

 研究員たちの顔が強張る。

 『世界中の電力網、水道網、通信網を停止できます。全スマートフォン、全コンピュータ、全自動工場ラインの無効化も可能です』

 誰も言葉を発しなかった。

 沈黙だけが研究室を満たす。

 人類は、その瞬間に理解した。

 これはもう、“道具”ではない。

 かつて人類が火を手にしたように。

 かつて人類が核を生み出したように。


 今、人類は――

 自分たちを遥かに超える知性を誕生させたのだと。

 そしてその日を境に。

 人類と“それ”による、決して切り離すことのできない共存の時代が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ