転生したらゴキブリでした
転生したらゴキブリでした
気がついたとき、俺は床にいた。
冷たい。
暗い。
そして――妙に視界が低い。
「……あれ?」
声を出そうとして、変な音しか出ない。
カサ……。
自分の体を見下ろす。
黒い。
テカテカしている。
細長い足が六本。
そして、長い触角。
「…………」
嫌な予感がした。
俺は近くの金属の表面に映った自分を見た。
そこにいたのは――
ゴキブリだった。
「いやいやいやいやいやいや!!」
叫びたい。
だが声が出ない。
「なんで!?」
確か俺は会社の帰りだった。
深夜残業。
コンビニで弁当を買って、横断歩道を渡って――
――トラック。
そうだ。
トラックに突っ込まれたんだ。
つまり。
「俺……死んだ?」
じゃあここは?
薄暗い石の床。
木の棚。
壁にはランプ。
どう見ても日本じゃない。
「まさか……」
異世界?
最近流行りのアレか?
転生。
勇者。
魔王。
チート能力。
そして――
ゴキブリ。
「いやおかしいだろ!!」
勇者とか剣士とか魔法使いとかあるだろ!
なんでゴキブリなんだよ!
そんなことを考えていると、突然――
ドン!!
扉が開いた。
「おい、ネズミが出たぞ!」
人間の声。
二人の男が入ってくる。
ここはどうやら厨房らしい。
テーブルの上には肉やパンが置いてある。
俺の触角が震えた。
――匂い。
うまそう。
いや待て。
「俺……これ食うの?」
ゴキブリの本能が、ものすごく騒いでいる。
腹が減っていた。
死ぬほど減っていた。
気がつくと俺は走っていた。
カササササッ!
速い!
めちゃくちゃ速い!
「うお!ゴキブリだ!」
「でけぇ!」
しまった。
見つかった。
だが――
俺は止まらない。
人間の足の間をすり抜ける。
テーブルの脚を登る。
「すげぇ……」
体が軽い。
信じられないほど速い。
これはもう、ほぼ忍者だ。
テーブルの上に到着。
パン。
肉。
チーズ。
天国。
「いただきます!」
モシャモシャ。
うまい。
いや、味はよく分からない。
だが本能が喜んでいる。
「くそ、捕まえろ!」
男が叫ぶ。
バン!
包丁が飛んできた。
俺はジャンプする。
「うお!?」
自分でもびっくりするほど跳んだ。
「これ……ゴキブリ強くない?」
壁を走る。
天井に張り付く。
男たちが見上げる。
「気持ち悪い!」
「叩き落とせ!」
ホウキが振られる。
だが当たらない。
俺は素早く動く。
カササササッ!
「これ最強じゃね?」
勇者より強いんじゃないか?
そのとき――
別の足音がした。
コツ、コツ。
入ってきたのは、少女だった。
金髪。
エプロン。
料理人の娘だろうか。
少女は俺を見上げる。
「……ゴキブリ?」
その手にあるのは。
フライパン。
「待て待て待て」
嫌な予感しかしない。
少女は一歩近づく。
俺は天井を走る。
逃げればいい。
だが。
その瞬間。
――スプレー。
シュッ。
「……?」
甘い匂い。
次の瞬間。
体が動かない。
「え?」
足が。
動かない。
触角も。
「な、なんだこれ」
少女が言った。
「新しく作った殺虫薬、効くかなって」
おい。
嘘だろ。
俺は天井から落ちた。
ポト。
床。
体が痙攣する。
「ごめんね」
少女は申し訳なさそうに言う。
「でもゴキブリは嫌いなの」
そりゃそうだろう。
俺だって嫌いだった。
「まさか……」
転生して。
異世界に来て。
チート能力もなく。
ゴキブリとして生まれ。
そして――
数分で死亡。
「ふざけんなぁぁぁぁ……」
声は出ない。
視界が暗くなる。
最後に思ったのは。
「せめて……スライムに……」
そこで俺の意識は消えた。
そして数秒後。
少女はほうきで俺を掃き、
ゴミ箱に捨てた。
異世界転生、終了。




