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閑話Ⅱ うやむやな決着

 ここで三度、話を戻そうか。

 いつかの小学生時代の話には、当然ながら続きがある。


 ──とどのつまり、これでオレはお前の味方になれるって寸法さ。

 ──意味わかんないんですけど。


 当時虐められていた冬香の為に、オレは一方的に約束を交わした。その数日後の事である。

 オレは一階の渡り廊下を全力疾走していた。

 下校直前の自教室で帰り支度をしていたところ、興味深いウワサを耳にしたからだ。早急にその真偽を明らかにする必要があった。

 四の五の言っていられる状況ではなかったのだ。


『篠原が郡山と喧嘩したって! それも殴り合いのやつ!!」


 聞くや否や、オレは腕を振って飛び出していた。

 クラスの情報通を気取るお調子者から詳細を聞き出すのも後回しに、喧嘩した女子二人が担ぎ込まれたであろう保健室へ。

 そうして転びそうになりながら走り続けた果て、オレは扉を力任せに開いた。


「──ンだっ、大丈夫かしのは、篠原ぁあっっっ!?」

「……え、十文字クン? どうしてここに」


 保健室に転がり込んできたオレを見て、ソファに腰掛けていた篠原は目を白黒させた。驚きつつも、それまで読んでいた本を静かに閉じた。

 一見する限りでは普段と変わらず可愛らしく、無事っぽく見えるのだが、心臓が焼け落ちそうになる衝動は止まってはくれないもので。


「喧嘩、したって! 郡山とっ、半死半生だって、聞いた……!!」

「うーん。喧嘩したのは合ってるんだけどね……そうね。半殺しまではいってないからね? あと、ここ保健室だから。もうちょーっと、静かにしようか。ン?」

「…………おう」

「悪かった……? 聞き間違いかな。今の、まさか謝罪とか言わないよね?」


 その時の篠原は口調こそ普段通りだったが、何故か背筋に悪寒が走った。

 見返すと、柳眉を寄せた少女の顔貌が目の前にあり、確認するまでもなくその瞳には多分に怒気が含まれていた。

 故に、オレは迅速な対応を求められていた。


「す、すみませんでした……」

「うん。それでよろしい」


 この時、あくまでもオレは屈服したワケではなく、必要だから頭を下げただけであることを殊更に強調しておきたい。

 謝罪しながら、オレは片目を部屋の隅に向ける。

 その先には、一つのベッドをぐるりと囲むようにカーテンが張られており、もう一人の存在を控えめに主張していた。


「なあ篠原、そこで寝てるのが『郡山花蓮』なんだよな」

「……え、いやそれは」

「あー別に良いぞ。答えなくて」


 後から振り返ってみれば、篠原は随分と嘘が下手だ。

 貼り付けていた笑みを消し、分かりやすく絶句していたのだから。

 そんな彼女をさて置き、オレは床板を踏み鳴らして近づいてゆく。


「──………………えっ、来るの?」


 オレがにじり寄ってきたのを察知されたのか、カーテン越しにビクリと慄く気配がした。

 ……成る程。起きてたならリアクションの一つでも取って欲しかったものだが、考えようによっては一手間減ったともいえる。

 深呼吸して、オレはカーテンを開けた。


「頼もう!!」

「……まだ良いとは言ってないのに……!」


 聞こえた気がする文句を受け流し、オレは仮眠用ベッドを見やる。

 寝台に横たえていたのは、頬にガーゼを貼り付けた黒髪二重の少女。ギョッとした様子でこちらを見返してくるその少女の悪態こそ、いつか録音機から聞いたものだった。

 だからという訳ではないが、オレは初対面にも関わらず、少女にあまり良い印象を抱いていない。否、悪い。

 やや刺々しい物言いになってしまったのも、仕方ない事だった。


「初めまして。お前が篠原を虐めてくれた張本人だな。郡山花蓮」

「あ、あんた誰よ」

「こいつのツレ」

「……どうも~」


 背後から追いついた篠原は、オレの肩越しから気まずそうに顔を出した。

 そんなオレたち二人組を交互に見やると。郡山は袋詰めした吐瀉物を見たような面で、吐き捨てた。

 

「ツレェ……? ……あーそういうこと。私を説教しにきたナイトサマ気取りって訳ね。小汚い点数稼ぎヤローってこと」

「小汚いだって……? 何のことだ」


 本心から思っていたにも関わらず、その事は郡山には伝わっていなかったらしい。憎々しげにこちらを睨め付けて、舌打ちまでしてくる始末だった。

 ……どうやら彼女にとって、望みの返事ではなかったらしい。


「とぼけなくて良いから。どうせケンカ両成敗とか、皆仲良くとか……そんなキレイ事を言いたいだけでしょう。見え見えの下心で」

「下心……? むつかしい言葉知ってんな、同じ小学生とは思えねー」

「まぁ良いんだけどね。その程度のゲスにホイホイ付いていくヤツも、そんなものだし」

「……………………何だそりゃ」


 もしかしなくても、そのゲスってのはオレの事を言っているんだろうなぁ。

 気にならないと言えば嘘になるけれど、今はそれ以上に優先すべき事柄が存在するのだ。さて置くとしよう。

 どういう訳か、篠原も黙りこくっていることだしな。


「勘違いしているようだから教えてやろう。オレはお前に説教をするつもりはないよ。どこまで言ってもオレは部外者なんだから」

「随分と偉そうに」


 舌打ちする郡山にオレは肩を竦めて言い返す。

 

「何より、お前たちはこれからいくらでも仲良くなれるからな」

「……今、なんて?」

「いや、だから──篠原と郡山は友達になれるだろ、って」

「「はい?」」


 その時、何故だか郡山だけでなく、あの篠原でさえも反応していた気がした。

 だが、おかしな事を言った覚えはないがな。


「十、十文字クン!? 事情知ってたよねキミ!! それでどうしてそんな結論に達するかなぁ!!?」


 突如、それまで静観していた篠原が割って入ってきた。

 早口かつ赤面までしているため、さながら思い人への好意を暴露されているようで。

 ……まるで、オレが悪者みたいな扱いを受けてないか?


 オレは郡山に訊ねる。


「違うのか? じゃあ聞くが、郡山。『○○に色目使ったでしょ』って、どういう意味だ」

「……何でアンタが知ってんのよ」

「聞いたから。ちなみにオレの予想だと、「男と親しげに喋っている篠原」にお前が嫉妬している説が有力なんだけど。どう?」

「──ち、違うって!!」


 郡山は耳先まで真っ赤にして、オレの襟元を掴み訴えてきた。

 ありがとう。オレでなくとも分かるくらい、あからさまな答えを用意してくれて。


「……それこそ、オレだって初めからそのセンで疑ってはいなかったさ。お前は好いた男に色目使う泥棒猫が気に食わないんだと──このカーテンを開くまで、本気でそう思ってたよ」

「それならどうしてそんな結論に──」

「? お前。篠原に彼氏がいない事、知ってたろう」


 具体的に、何がおかしいと思ったのではない。ほんの些細な違和感だ。

 郡山は何故か、オレにまで喧嘩腰だった。先に宣言した通り、ただの部外者に過ぎないオレ如きにだ。

 本来興味の無い相手に対して、人はもっと何も言わない。性差や個人差こそあるだろうが。

 

「それに、あんな露骨に「コイツ邪魔!」みたいな目を向けられたらオレでなくとも気付く。まったく、デート気分かよ」

「だからホントに違うって! 私は別に、篠原さんのことなんかどうとも──」

「ところで篠原。今回の騒動の大まかな流れとしてはどんな感じ?」

「無視すんな!!」


 小型犬よろしく喧しい郡山を無視し、篠原の方を向く。

 会話のバトンを急に投げ渡された篠原は動揺しながらも、素直に頷いた。


「えっと、確か……──」


 そこから先、篠原の語ってくれた話を要約すると、こういう事だった。

 

 曰く、先に手を出したのは郡山である。

 曰く、喧嘩を売ったヤツも郡山である。

 曰く、郡山は喧嘩を切り出す際にこう言った──。


 ──篠原、アンタ最近つるむようになったあの小僧とはどういう関係なのよ。


「ふむふむ、そうか。なるへそなるへそ」


 ひとしきり聞いてから、オレは結論を出す。


「やっぱり、郡山の片想いだったじゃねぇか。ハイ解散」

「……か、片想いって言うなァああああああ!! 殺す! マジ殺すからな十文字!!」


 ──その後も、オレはうら若き少女の鬱屈した心情を揶揄した。

 下世話な舌は回りに回り、それがやっと止まったのは実に三分後。

 一時的にフリーズしていた篠原女史が再起動して、オレの脳天にチョップを喰らわせるまでだった。


「本ッ当にごめんね! 郡山さん!!」

「……い、いいのよ。あなたは何も悪くないもの…………」


 虐めっ子の郡山こそが、虐めていた篠原に慰められていた。

 郡山の言った通りだとはいえ、その穏やかな返答は、ついこの間まで虐めていた人間にかけるような言葉ではないようにみえた。

 

 それがたまらなく可笑しかったという感想だけは、オレの内心に留めておこう。

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