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1章-⑤ 桁違い、スレ違い

「聞かれてたのかな、最後のアレ…………」


 一晩が過ぎた。

 屋上で弁当を開いた明朝、キジバトの鳴き声を聞きながらぼやく。

 田舎の早朝には馴染み深い騒音である。

 さて今日も今日とて登校日。始業まで時間があるとはいえ、トーストを齧る手はこれっぽちも動かなかった。

 冷めたトーストの味なんて期待できたものではなく、それが嫌なので一刻も早く朝食を終えたかったのだが。

 

「……テメーでやった告白くらい、ちゃんと覚えとけってンだ」


 身体が重かった。

 かつてない程、オレはへこたれていた。


 あの後──屋上でオレと別れてからだ。トーカは体調不良で直帰したらしい。

 教師やクラスメイトから質問責めにあったが、オレだって理由は知らない。後片付けもせずに一人で勝手に帰宅しやがって、むしろオレの方が文句を言いたい──そう威圧したら、全員が口を閉ざした。

 結果、オレは今に至るまで例の胸騒ぎの正体を掴めずにいたのである。

 しかし一晩が経過したせいか、今は少し冷静になっていて。


「……いや、オレの気の迷いだったのかもな。片思い相手に愛の告白をされて、その上で両思いハッピーエンドでした──なんて。そんな都合の良い話があるかよ」


 もっと言えば、記憶喪失により告白した瞬間の記憶だけがすっぽり抜け落ちるなんて、眉唾だ。

 すると、導き出される結論は一つのみ。


「そうか、あの告白はドッキリだったのか」

「何がドッキリだって?」

「────う、ンワァアアアアア!!」


 突如、背後から聞こえてきた少女の声に、オレは思わず跳び上がった。 声の正体は、振り向く前から知っていた。


「ト、トーカッ! 何でオレん家にいんだよ!?」

「何でって、酷い言い草」


 場所こそ違えど、オレは昨日と同様に背後を取られていた。

 オレが鈍いだけなのか? いや、インターホン鳴ってなかったハズだし、扉の開閉音もしなかった。

 ……何時からいたのだ。


「そんなに驚いた顔されると、傷つくぞ~~」

 

 脳内を疑問符で埋め尽くすオレを見て、トーカは笑いながら席に着く。当然と言わんばかりに、我が物顔であった。

 テーブルを境に二席しかない我が家のリビングは、それで満席となる。

 

「ご飯をつくりに来たんだけれど……珍しい。ヨー君が自分で朝食を拵えるなんて……槍でも降るのかな」

「……馬鹿言ってんじゃねーの」


 大真面目に、トーカが『らしくもない』冗談を言うものだから、オレは怒るタイミングを失ってしまった。こいつ相手に呆れ返ることなんて、最近では殆ど無かったというのに、一体全体どうしたものか。

 現実逃避にエネルギーを浪費していた脳ミソを叩き起こすと、先般より気になっていた問いを投げ掛ける。


「飯を作りに来たってなんだ? 頼めば作ってくれたのかよ、嬉しいね。納豆ご飯以外でよろしく」

「あ! それ知ってるよ。納豆ご飯は料理に含めないってハナシでしょ! 駄目だよ、そんな作り手の苦労を端から考慮に入れないような言い方は!! すごく失礼!!」

「……朝から元気ねホント。耳がキンキンすんだけど」


 トーカの言い分は正論なのだが、物理的に耳が痛くなる距離でのたまうのは止めてほしい。二重の意味で。

 鼓膜は破けそうになるし、それ以上にドギマギするし……。


「ちなみに、オレが今トーストを食ってなかったら何を作ってくれる予定だったんだ?」


 火照る頬を扇ぎつつ、話題を変える。

 トーカ以外には通用しづらいかもだが、少なくとも細かい事を気にする性格ではないので大丈夫だろう。多分。

 ──奇しくも楽観的なその予想は半分だけ的中する。


「何言ってるの? ヨー君、朝はインスタントじゃない方のコーヒー一杯しか飲まないでしょ、食欲が無いとか適当言って。そういう意味では、今日はトースト一枚とはいえ食べてるだけマシかなぁ!」

「……健康志向に目覚めてな」


 頬を引きつらせつつ、オレはその場を取り繕う。

 秘密にしていた訳ではないが、朝食事情をトーカに喋った記憶は無い。勘が良いだけ?

 ……いや、違う。


 昨日から感じていた違和感が寄り集まって、頭の中で一つの像を描く。

 やがて像は一つの仮説を象るが、確証は何もない。

 馬鹿馬鹿しい妄想だ。

 オレは震える掌を握り、訊ねる。


「なぁトーカ、また一つ聞いてもいいかな」

「うん? どうしたの、改まって」

「いや、大した事じゃあないんが」

「勿体ぶらないでよ。男ならズパーッといきたまえ」

「……お前オレんこと好き?」

「──……うん? そりゃあ好きだけど」


 一瞬、トーカの表情が凍り付いた気がした。

 剥がしてはならない化けの皮が剥がれたようで、息を呑んだ。

 演技とかではないようだ。


「そうじゃあなくて、男として見れるかって話だよ」

「………………え」


 今度こそ絶対零度の域に達した。

 本心からの驚愕があった。

 ……委細承知。完璧に理解したとも。


「……いや、冗談だよ。本気にするなよな、ハハ」

「か、からかうのも大概にしなよ、今度という今度こそは怒髪天だよ!!」

「ごめんて。本気で悪いと思ってんだから──そうだな。何でも一つ、いうことを聞くから」

「えっ、何でも?」

「あぁ、何でもだ」


 誤魔化し目的といえど、無理くりテンションを上げていた自覚はある。 調子の良い事ばかり言って。

 そのせいだ。

 オレが付け入られるような隙を作ったのが、その惨事を招いたのだ。


「じゃあ──私のおっぱいを飲んでもらいます」

「……そうか」


 ──おっぱいを、飲む。

 ──おっぱいを……飲む……?

 

 脳内で言葉の意味を反芻してコンマ数秒後。

 オレは全力でトーカから逃げ出した。

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