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閑話Ⅰ それは未だ種子でしかなく

 5年前、当時小学生だったオレにとって、放課後は人並みに充実しておりまた退屈な時間でもあった。

 友人宅を襲撃したり当てもなく隣町を散策してみたり、ビデオ屋で端から映画を借りまくったりと──思いつくままに余暇を消費していた。

 楽しくはあったが、必死ではなかった。

 何処にでもいるクソガキでしかなく。


 その日も特別な事は何もなかった。

 ただ気まぐれに、夕暮れの教室に足を運んだだけだ。


(別に明日の朝でもいいんだけどな)


 机の中に置き忘れた宿題は、その気になれば十分とかけずに終えられたハズで、急ぎで取りかかる必要は全くなかったのだが──そこが不思議なもので。

 気まぐれだからな、理由は無い。

 衝動的に、まるで誘い込まれるみたく、オレは校舎を歩いていた。


 校舎には生徒の気配は既に無かった。

 数名の教師が僅かに残っているのみで、えらく静かなもので。

 教室前まで到着した時点で、やはり誰にも遭遇しなかった為、この後だって誰ひとりの姿も見えないだろうと踏んでいたのだが。


「…………………………篠原」


 ドアを開け吹き込んできた風の向こう、窓辺の席に腰掛ける少女が一人。

 篠原冬香は鉛筆片手に、小学女児らしからぬアンニュイな表情で黄昏れていた。


 篠原からは、オレが歩み寄るのにも気づいている素振り一つ見受けられなかった。

 けれども嘆息混じりにカリ……カリ……と面倒くさそうにノートに記述している点から、意欲的でない事だけはすぐに分かった。

 成程、理由は手元のノートに記載してある。

 日付に時間割とその内容、欠席及び遅刻者のリスト、一日通しての感想──要するに学級日誌だった。


「ふうむ、日直だったのか。しかし、なら──」


 ──ペアはどこだ?

 そう訪ねようとした矢先、ようやく篠原はこちらに気づいて振り返った。

 視線が合う。


「…………」

「…………」

「…………どうも篠原さん、まだ日誌書いてんの」

「…………まあ、ハイ。見たままですけど」


 おっと嫌われているのかな。何やらトゲがありますね。

 オレは内心傷ついた初心ウブな本音をそっと押し殺し、疑問を投げかける。


「篠原さん一人みたいだけど、日直のペアは──」


 その時だった。

 訊ねようとした処を引き留めるように其れが少女のポケットから落下して、話を遮ったのは。

 教室の床板を叩いた黒一色のリモコン型の、その機械は。

 ちっぽけな己が存在を主張するように、二人の間に姿を現したのである。

 機械の総称は。


「音声レコーダー……?」

「! ──い、いや。これは!」


 この頃の篠原にしては珍しく、目玉が飛び出そうになる大声を張り上げて、彼女は自身が落とした録音機を拾い上げていた。

 脊髄反射で動き、自分がどうすべきか思い至る前に証拠隠滅を図ってしまったように。


「オレの見間違いとは言わせないでくれよ。それ、ボイスレコーダーで合ってるよな。ドラマでしか見た事ねぇけど」

「…………う、うん」篠原は葛藤しつつも、渋々頷く。

「誰の声を録るつもりだったん?」

「……………………」


 続けた質問に、篠原は今度こそ言葉を失ったように沈黙した。

 俯いていて表情は窺えないものの、流石に追い詰めすぎたかと自省するオレに、


「……逆に、誰にだと思う?」


 篠原は顔を上げて見返してきた。

 至近距離で覗き込んだ猛禽類の目のようだった。夜道で遭遇すれば、怪異として悲鳴を上げてもおかしくない程度の圧。

 冷たく、一分の感慨も汲み取れぬ能面の少女に、オレは迷わず答えた。


「うむ、分からんな」

「……………………」


 理由は不明だが、篠原からの視線の鋭さが些か増した。

 言い訳を並べるつもりではなかったのだが、続く言葉は居直ったみたいになってしまった。


「しょうがないだろう。だってオレ、篠原とマトモに喋るのこれが初めてだぞ? 事情なんか知るハズないって」

「……まぁ、そうデスヨネ」

「?」


 不思議なことに篠原が直接発した台詞とは裏腹に、その目は全く別の言語で訴えかけるように。

 こう聞こえた気がした。


『少しは考える素振りみせろよ、嘘でもなぁ!!』



 

 ※※※


 事情を聞けたのは、僅か1、2分後のことだった。


「……いじめられてるの、わたし」

「……ふむ」


 よくある話だ。

 言ってはならないが、陳腐な筋書き。クラスのボスザル(この場合は陰湿なギャルだが)から標的にされてしまった篠原女史は、現状を打開する手段を追い求めた結果として、録音機に行き着いたという話である。

 要は復讐が目的なのだそう。

 ……スゲー行動力だこと。何で一時でさえも虐められてたんだよ、この女。


「うむ。これは、聞かない方が良かったヤツだ」

「今更?」


 心なしか篠原の表情に「嘘でしょ……?」とドン引きしている影がみえる。一瞬、背筋に冷や汗が流れた。

 その表情には篠原に限らず、オレが他者と会話する度に時折うかがえるズレが生じていた。

 オレの些細な動揺に気づいていないように、篠原はボイレコの再生ボタンを押し込む。


 ──またチクリやがって。

 ──○○に色目使ったろ。

 ──あ、今睨んだっしょ。ね。


 全て、同年代の女子の声だった。

 そしてそのどれも、流れ出した音声は生々しいいじめを決定づける物ばかりで。

 直接的な暴は無かった(流していないだけかもしれない)が、吐瀉物を流す前の便器にも酷似した代物に等しい──……。


「グロいんだよ!」

「第一声がそれか」


 篠原は嘆息して項垂れた。

 呆れさせてしまったか?でも仕方ないだろう、オレは爆弾の取り扱いなんて知らねぇんだから──なんて考えていたのもつかの間。


「そういうコト、思ってても直接言わない方がいいよ?」

「それもそうだな。すまなかった」

「……分かってるならいいんですけど」


 理解したような事を言い残すも、篠原の表情は得心いったものではない。がっくりと肩を落とし、録音機の停止ボタンを押し込む。


「不可抗力とはいえ、すこしは遠慮するでしょ。ふつう」

「ふか……? おい、どういう意味だよそれ」

「いいえ、何でもありません」


 深々と溜息を吐きながら、篠原は水戸黄門が印籠を見せつけるが如く、録音機を眼前に提示してきた。

 次いで柳眉を寄せ、身にまとう空気を一変させると。


「……ねぇ十文字君。その、ボイスレコードの事なんだけど」

「へっへっへっ承知しておりますよアネゴ。黙ってたらいいんスよね? そのくらいお茶の子さいさいでゲスよへっへへへ」

「気持ち悪いからそれ止めて」

「はい」


 シリアスな空気に耐えきれずに思わず茶化してしまったが、これ以上はいけないと本能が赤信号を揚げていた。

 なにせ、篠原の顔が顔だ。

 まだ子どもとはいえ、ある種の美人が真顔で一切声を荒げず、かつ瞳孔をかっ開いていたなら、それはもう殺害予告にも等しいからだ。

 予告を実行に移させる訳にはいかない。篠原の為にも、何よりもオレ自身の為にも!!


「気になさるな。態々念押しされるまでもなく、言いふらしたりなんてするものか。面倒だしメリットもないし、あと面倒だし。ただ黙っているだけなら馬鹿にだってできるからな」

「…………うわ」


 そう、『オレは』いいのだ。

 口をつぐむだけで済むので、大した労力ではない。これまでと同じ日常を過ごしていれば事足りる。何もしない事が条件なのだから。

 気に病むのは、オレじゃあない──。


「問題なのはお前だよ、篠原。オレが約束を守るのを、お前は信用しなくてはならないんだ。これまでロクに会話した機会もない、信頼ゼロの男子をだ。できるか?」

「それは……」


 篠原は一瞬視線を泳がせると、こちらに焦点を合わせずに。


「……………………できる。するしかない」


 不安そうな顔で言い切った。

 だから、当然オレはこう切り返した。


「そうだな。とてもじゃあないが、無理だよな。うんうん、分かるとも」

「……話聞いてた? 出来るって言ったじゃないですか」


 ほうほう。そう来ましたか。

 オレの目には、とてもそうは見えませんでしたがね。


「しかしどうすれば、篠原に信じてもらえるだろう。いや、そもそも『信用』とか『信頼』だとか、そういった次元の話でもないのでは?」

「だからできるって、言ってるのに……」

「──そうか、閃いたぞ! 『交換条件』があれば、フェアだな!!」

「……驚いた。本当に人の話を聞いてくれない」


 呆けたままの篠原に、オレは手を伸ばす──。


「それ借りるぞ!」

「ちょっと、何を──」


 刹那、篠原の手からボイレコを奪い取る。

 切り札をくすねられた篠原が青ざめていく様を横目に、オレは録音機の再生ボタンを押すと。


「せんせー! このオレ、十文字陽一郎は篠原冬香さんの抱えているイジメ問題をどうにかしてやる事を誓いますッ!!」


 直後、停止ボタンを押す。

 一拍おき、録音機を篠原に返却した。


「よし。これでオーケーだ。大口たたいて宣言した挙げ句、まさかそれを破るなんて不可能だからな。オレぁクズに成り下がっちまう。手前のケツを手前で持てってヤツだ」

「……そう、なのかな?」


 まだピンときていない篠原に、オレは畳みかける。


「そうなんだよ。これは漢のプライドをかけた戦いなのだ。兎に角、これでオレはお前の味方になれるって寸法さ」

「……意味わかんないんですけど」


 人生経験わずか十余年のガキがやっとの思いでひねり出した口説き文句を、同年代の少女は顔を逸らしつつ受領した。

 夕焼けの差した篠原の横顔を目にして、数秒オレは何も言えなくなった。


 その確固たる理由を、当時のオレ自身さえ分からなかったものだが、後から振り返ってみれば単純だった。

 いかにも免疫のない小学男児らしい理由である。


 一目惚れだったのだ。

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