1章-② 違和感と決定的瞬間
トーカに告白された後の事はよく覚えていない。気分が高揚していたのもあるが、帰宅中の記憶すら忘却していたからだ。
嬉しかったという感慨だけが脳内を埋め尽くし、他の介在する余地は無く。
我ながらガキっぽくはしゃいでしまい、この時のオレは本当にみっともなかった。
だからこそ、件の『イベント』が起きてしまった引き金に心当たりはない──正しくは思い出せないというべきか。
どちらにせよ確証はないのだ。それでも敢えて脳裏によぎる蜃気楼を掴むというのなら、手掛かりは一つに限る。
『馬鹿デカい空き缶』を地平線まで蹴っ飛ばしたような気がする──そのぐらいである。
※※※
「何と声を掛ければいい……?」
お天道様が顔を出し、校門前。オレは顎を撫でつつ思案していた。
ブツブツと一人ごちるオレに不審者でも見るような目を向けながら、既に何人もの学生が登校し始める時間帯。彼ら彼女らの殆どは朝練の為に数十分から1時間程度は前倒しで校門をくぐっているので、オレに声をかける理由は無い。
皆、暇ではないからだ。
「よお! 朝っぱらから何をシケた面ァかましてやがんですか。腹でも下したんすか?」
この昼行燈以外は。
「……悩んでいるだけだ。お前こそ、何でこんな早朝から学校に来ているんだ。遅刻魔のクセに」
「うわっ、酷い言い草。十文字さん以外で誰が言ってるんですか、そんな悪口」
「最低でも学年全体の共通認識だぞ」
「そんなァ……」
ヘラヘラと軽薄な態度が板に付いたこの男の名は望月修といい、中学以来の友人である。
わざわざ語るまでもなく、ちゃらんぽらんな性格。
もっとも、適当なのは性格だけではなく、身だしなみまでもがそうだ。伸ばしっぱなしでボサボサの髪を適当に後頭部で縛っただけという点からも伺えるように、平気で1週間くらい髭を剃ってこないことも珍しくない。
ただ、発言に妙な説得力があるせいで、誰もコイツを無視できないのだ。
この馬鹿に影響されて中学時代、一時であるがオカルトに傾倒していたオレが保証するのだから間違いない。厄介極まりない悪質な人種である。
……しかし、これも一種のカリスマかね。
「それで? 腹痛でもないってンなら、どういう用件だったんです。あの十文字さんが悩み事なんて、聞いたことがありませんけど」
「…………ン」
黙っているオレを見越してか、望月が訊ねてきた。
……まぁ、聞かれるとは予想していたが、果たして何と答えたものか。
「別に、大した用があったワケでもないんだが……。というか望月お前ね。俺だって人の子だぞ。悩みの一つや二つ、あるに決まっている」
「そんな堂々と宣言する事でもないと思いますけど……あっ分かった。篠原さんだ」
「…………」
「……え? まさか図星ですか。ケンカでもしたとか。早めに謝った方がいいですよ?」
「しとらんわッ!」
というか、そのオレが何かやらかしたという前提は何処から来る……!?
「急に大声出さないで下さいよ。まだ朝ですよ」
「す、すまん」
唐突に大声を発したオレに、望月は肩を竦めてみせた。
思わず素直に低頭してしまったが……やはりこいつと話していると「飲まれる」な。
「……まぁ、どちらにせよ似合わないすね。十文字さんは真っ直ぐにぶつかれば、大抵のことはどうにでもなるんすから」
「…………お、おう。ありがとうな?」
何故か褒められた。
コイツ、拾い食いでもしたんじゃあないか?
……いや、それとも遠まわしに馬鹿にされたのではないか?
望月からのヨイショに引っ掛かりを覚えつつ、オレはその後間もなく彼と別れると、校舎へと歩を進めた。
故に、一人残された望月がこぼしたセリフを聞いていない。
「……いやーしかし驚いたな。さしもの十文字さんにも弱点ってあるんだ。まさかだよ、篠原さんの機嫌に一喜一憂とは──でも、仕方ないかもな。あれだけ美人な人が『母親』だったら」




