ヒロインA√──篠原冬香の場合──
「好きです! 付き合って下さい!」
誰もが何処かで聞いたようなフレーズが、その瞬間オレの脳裏に刻まれた。
放課後、下駄箱に突っ込まれていた定石通りの置手紙は──成程これが目的だったワケだったとは。
らしくないとは思っていたが。
相対してこちらに差し出してきた手を果たして受け取ってもらえるか否か、その少女は瞼を引き結んで返事を待ち望んでいたのだった。
少女の名は篠原冬香。
この年で16歳になったばかりの高校1年生。赤みがかった茶髪に夕日が重なるために、さながら燃え上がる炎かよと。
「お、おう。ありがとうな……?」
「……何さ。ありがとうって」
「……いや、すまん。らしくもないが、驚いてしまって」
応じながらも、俺は手前自身が何を口走ったか理解していなかった。
ただ、告白自体に照れていたんじゃあない。相手が篠原冬香だったからだ。
告白というシチュエーションではなく、誰が言ってくれるか──その点は重要だろう。
誰だってそうだ。幼い頃から憎からず想っていた異性に告白されたら、頭が真っ白になるのは。オレの一方通行じゃあないかって、戦々恐々していたのに。
「ん、ちょい待てトーカ。お前、オレのこと好きだったの?」
「……だからそう言ってる。こ、子どもの時からずっと好きでしたが、何か?」
何故か今更になって冷静ぶる篠原冬香サン16歳。
腕を組み、どうにか取り繕おうとする気骨だけは買ってやりたかったが、俺もそれどころではない。
「えぇ…………俺も好きだったんだが?」
「ハァ!?」
オレの告白に、トーカは素っ頓狂な声を上げた。
……久しく聞いてないぞ。コイツがこんなに声を裏返らせるのは。
「そんなに驚くことか? オレ、結構態度に出してたと思うけどな。常々「好き」だって声に出してただろうに」
「いやいやいや、そういう冗談だと思うでしょ普通! だって陽クン、小学校に通ってた頃から一日一回は言ってたじゃん! 何てことない顔で、今みたいなポーカーフェイスで!!」
「……? オレがトーカを好いているというのはただの事実だし、おかしい事は何もないと思うが……そもそも、好きでもない相手に毎日そんな風に接していたら、完全に頭のイカれたヤツだぞ」
「…………嘘でしょ。私の方がおかしいの、これ?」
篠原は遠い目で「何でこんなのに惚れてしまったんだ……」と肩を落とし始めた。こんなのとは何だ、こんなのとは。
失礼なヤツめ、オレが泣いたらどうしてくれる。
「兎も角、どうしようか。話をまとめると──オレたち両想いってコトになるけど」
「う……」
一瞬篠原はたじろいだものの、すぐに恨みつらみ満載の上目遣いで見返してきやがった。
「ホントそういうの簡単に言う……もっと情緒とか風情とかさ……」
「無茶いうな。オレだって動揺しているんだ、こう見えて」
「……自分がどう見られているか、客観視できた方がイイと思うなぁ~~」
オレは半眼でこちらを睨むトーカから目を離し、適当に周囲を見渡す。
其処は彼女に呼び出された屋外だった。通学している高校の屋上であり、良く言えば人目がなく、悪く言うなら殺風景。否、どちらも良し悪しだったか。
なにせ、放課後の屋上がここまで「お誂え向き」だったとはなァ。夕日に焼けた晴天も味方して、さながら学園恋愛モノの告白シーンだった。
漫画や映画、創作の世界でしかお目にかかれないような王道的シチュエーションだが、まさか自分がだよ。
他に人の気配も無く、オレたち二人だけ。
存外、その空気感は心地よいものだった。
「……なあ、トーカ」
「……う、うん」
不思議だ。今、この場で告白されているのはオレだったハズなのに。
気付けば、覚悟を決めていた。
「オレたち付き合うか」
「……はい」
かくしてオレたち二人は付き合うことになったのである。
二人の間には数多の困難が立ちはだかり、紆余曲折こそあったものの、その未来は幸多からん笑み絶えぬものとなったであろう──。
──なんてワケが、あるか。
世の中、そんなにご都合良い話など無い。よしんば在ったとして、それでは物語として昇華される前に既に結末を迎えているではないか。
それでは語る物がない。
故にこのエピソードの本懐はここにない。転換点は翌日だ。
言うなればここまでは前座、仕込みに過ぎない。
事の発端としては、オレ──十文字 陽一郎が幼なじみの篠原冬香に告白された、その翌日。
如何なるワケか、オレは彼女の『息子』になっていた。




