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モンスター・ガールズ・ネクスト・ドア  作者: 柊 太郎


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ヴァンパイア・レッスン(7)

「さてと、まずは人差し指をこう、出してみな」

「こうですか?」

 叡司はセバスチャンの指示通り、人差し指を立てた右手を前に出した。

 セバスチャンは素早くその人差し指を掴み、本来なら絶対に曲がらない方向へと(ひね)る。

 パキッと音を立て、叡司の指はあり得ない方向へと曲げられた。

「っがあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!」

 左手で右の手首を押さえ、叫びながら叡司はうずくまる。

 少し遅れて激痛が襲って来た。

「何を……するんですか……!?」

 痛みの余りに涙をこぼしながら、叡司はセバスチャンに問いかけた。

「落ち着け、手をよく見ろ」

 あり得ない方向へ曲がっていた叡司の人差し指は、自然な角度へとひとりでに戻りつつあった。

 痛みに混じって、骨と軟骨が再生されていくような感覚がある。

 やがて手の痛みも薄らいできた。

「今、分かった事は何だ?」

 セバスチャンが叡司に聞く。

「僕には……再生力……傷を負っても……すごい速さで治す力がある……でも……痛みは感じます……」

「上出来だ」

 激痛に襲われながらも冷静な観察力を失わなかった叡司に、セバスチャンが笑みを浮かべる。

 短い会話の間に叡司の手は完全に元に戻り、痛みもほとんど消え去っていた。

「お嬢さんの血によって、お前さんは物凄い再生力を得た、俺の知る限り、再生の速度はヴァンパイアの中でもかなり速い方だな、お嬢さんには及ばないが」

 元に戻った指の動きを確認しながら叡司が言う。

「ひどいですよ、いくらすぐに治るからって……」

「すまないが、お嬢さんや俺達を狙ってくる連中はもっと非道(ひど)いぞ、さて、今ので理解したと思うが、ヴァンパイアには尋常じゃない再生力がある、確実に仕留めたければ、狙う場所はただ一つ――」

 セバスチャンは自身の胸の真ん中を指さし、言った。

「――心臓(ここ)だ」


「互いに再生力を持つヴァンパイア同士の戦いでは、如何(いか)にして相手の心臓を破壊するかが肝要(かんよう)になる、当然、相手もお前の心臓を狙ってくるものと考えろ」

「何ていうか……もうちょっと穏当に相手を屈伏させる方法って無いんですか?」

「無い、他の血族の領域(テリトリー)に手を出す以上、命のやり取りになる事は向こうも覚悟して来てる、故に奴らとの戦いにおいては、妥協も油断も同情も禁物だ……とは言え」

 そこまで言うとセバスチャンは言葉を切り、顎に手を当てながら考え、言った。

「問題は、どんな得物を使うかだな、例えば俺は日本刀をよく使うが――」

「僕もそれじゃ、駄目なんですか?」

「――あれはあれで扱いが難しい、全く心得の無い人間が一朝一夕に扱えるもんじゃない、打ち込む時にちゃんと刃筋を立てる事が出来なけりゃ、最悪、曲がったり、折れたりすることもある」

 束の間、思案した後に、セバスチャンは言った。

「武器については、すまんがちょっと考えさせてくれ、まずは身を守る技術からやっていく、今日は徒手格闘の基本的な動作からいこう」


 叡司はセバスチャンの指導に従い、基本的な打撃の動作を学んでいった。

 ひとしきりの動作を学んで汗だくになった叡司は、休憩の折にセバスチャンに訊ねてみた。

「これって、空手なんですか?」

「違う、いわゆる伝統派の空手から拝借した()()()技もいくつかあるがな」

 叡司と同じくらいの運動をこなしたはずのセバスチャンは、汗をかくどころか、髪の毛の一筋も乱していなかった。

「しいて言うならフェアバーン・システムあたりが比較的近い、かな、自分が()()()()()()いる間は、これがどういう格闘技か、なんて考えもしなかった、後になって色々と専門書を読んでみて分かった事だが」

「フェアバーン……って……何ですか?」

「イギリスの軍人、ウィリアム・E・フェアバーンがまとめた軍隊用の格闘技の技術体系だ、日本の柔術もベースになってる」

「へぇえ」

「俺の技術は、近いってだけで同じではないが、基本的な考え方は一緒だ、競技として行われる格闘技とは異なり、最小の手数で敵を倒すことを目的としている、だから通常の格闘技では反則となるような箇所も攻撃する、いやむしろ優先して狙う、だな」

「ヴァンパイアに金的とか目潰しとか、効くんですか?」

「さっきので分かったと思うが、連中にも痛覚はある、痛みを覚えれば(ひる)みもするし、視覚を奪えば再生するまでの時間が稼げる、その間に致命的な攻撃をできる可能性が作り出せる、ってとこかな、ただ――」

「ただ?」

「中には特殊な能力を身に付けてる奴もいる、お前の肺に穴を開けた奴は、物体を透過する能力があった、お前さんが本格的な戦い方を身につける前に、そういう厄介な奴に出くわさないよう祈るばかりだ」

「はは……」

 叡司は引きつった笑いを浮かべる。  

「もっとも現状では、こちらの最も弱い部分が叡司、お前さんだ、当面の間は敵を倒そうなんてことは考えず、自分の身を守ることに専念しろ、なんなら逃げても隠れても構わん」

「でも……」

「構わん、お前が死ねばお嬢さんが悲しむ、お前の命を守ることは、この屋敷の封印を守ることと同様に、お嬢さんにとっての最優先事項だ、いいな」

「……わかりました」 

「今やった基本の打撃の動作は、何度も繰り返して身に付けておけ……俺の経験から言えば、多くの新参(ニュービー)ヴァンパイア共は技を知らん、身についたばかりの怪力と俊敏性に溺れて、自己研鑽をしないからな、お前がきちんと技を身につければ、生き残れる確率は格段に上がる」

「……頑張ります」

「さて次は、呼吸と脳内物質で痛みをコントロールするやり方を教えてやる」

 その日のセバスチャンによる訓練は、夕方まで続いた。


 同じ日の深夜、廃墟となった酒場(バー)に、再び明かりが灯った。

 先日とは様子が異なり、今夜は二人しかいない。

 厳つい体格の男が、ざらざらとした太い声で言った。

「イザベラがやられたらしいな」

 ひょろりとした体格の男が答える。

「ああ、い、生きちゃいるが、顔が半分無くなってた、さ、再生するためには結構な量の血が要るぜ、あれは」

「目当ての長生者(エルダー)を誘い出したは良いが、返り討ちに合うとはな、リーダー(づら)をしたがるくせに間抜けな女だ」

「お、おまけに、ヴァネッサは何処へ行ったやら、ゆ、行方知れずだ」

「臆病風にでも吹かれたか……構わん、エディ、俺とお前、二人だけでやろう、そもそも俺は、チームに女を入れるのは反対だった、あの方の命令でなければ」

「い、いいぜ、けど、どうやる?」

「俺達の配下、全員を使い、数で押す、正面から俺、裏からはお前、二人で挟撃する、俺が鉄槌(ハンマー)でお前が金床(アンヴィル)、単純にして明快な軍事作戦だ」

 野太い声の男は、牙を()き出して笑う。 

「な、なるほどね、お、鬼軍曹、引き裂きジャックジャック・ザ・ティアラーの面目躍如だな」

 

 部屋の中に、叡司と美桜は二人きりで座っていた。

「……先生は、いつからすり替わっていたんでしょうか」

「分からないけれど、おそらくは半月も経っていない筈、私が噂を聞きつけたのがその頃だったから」

「見かけは全く分からなかった……それに……そうだ体温!触れられた時に、冷たさを感じなかった!」

 叡司は改めて佐藤に襲われた時を思い返し、身震いした。

 不意に美桜は手を伸ばし、叡司の頬に触れた。

「どう?冷たい?」

「……いえ」

 叡司の頬に当てられた美桜の手は、初対面の時とは異なり、温かかった。 

「ふふ、ある程度の経験を積めば、代謝を操作して体温を上げるくらい、造作もないわ、それに」

 美桜は叡司のすぐ近くまで顔を近づける。

 上目遣いに叡司を見つめながら、美桜は訊ねた。

「匂いはどう?死者の匂いはする?墓場の土の匂いは?」

「……いいえ」

「本当に?もっと近くで確かめて……」

 美桜が顔をさらに近づけてくる。

 薄桃色の唇の間から、真珠の白さの牙が覗く。 


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