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モンスター・ガールズ・ネクスト・ドア  作者: 柊 太郎


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ヴァンパイア・レッスン(2)

「ただいまー、誰かお客さんが、来……て……」

 言いながらリビングに入った叡司(えいじ)は、そこに居た人物を見て絶句する。

 来客用のソファーに座り、ティーカップを口元に寄せているのは、紛れもなく、あの黒い服の美少女だった。

 その隣には、執事風の男も一緒に居る。

「おかえりなさい、叡司(えいじ)

 叡司の母、今日子(きょうこ)が声をかける。

「こちらは、お隣に引っ越して来られた夜伽(よとぎ) 美桜(みお)さんと、そのお世話係のセバスチャンさん、わざわざご挨拶に来てくださったのよ、ほら、突っ立ってないで、ちゃんとご挨拶して」

 動揺が声に出そうになるのを必死で抑えながら、叡司は母親に訪ねる。

「母さん……もしかして……家に……招き入れちゃったの?」

「もう、何言ってるの!」

 今日子は美桜と呼ばれた少女の方へ向き直り、詫びる。

「ごめんなさい、うちの息子、普段はこんなに無作法じゃないんだけど、美桜さんみたいな可愛いお嬢さんを見て、動揺してるみたいで」

 カップとソーサーを置いた美桜は、にっこり笑って応える。

「大丈夫です、お母様、お気になさらないで、ね、セバスチャン?」

「はい、お嬢様のおっしゃる通りでございます、お気になさらず」


 母と来客たちの会話のわずかな合間に、叡司は必死で思考を巡らせていた。

(父さんが帰って来るまでにはまだ時間がかかる僕がなんとかしなければでもどうやって?幸いまだ日没前だしそれにいざとなったら大声を出せば近所の人にも聞こえる筈まずはなんとかしてこの家から追い出してって追い出すっていってもどうやって?十字架!なんてうちには無いしそうだ銀!キッチンには銀のフォークか何か有ったっけ?生のニンニクは無いけどチューブ入りなら冷蔵庫に有ったかもそもそもまだ日没前じゃんこの人たち日光は平気なの?いややっぱり単なる僕の思い込みで本当はヴァンパイアじゃないのか?でも目が光るのを確かにこの目で見たしあれは確かに――)

 

「叡司!」

 母親の声で、叡司の思考は中断させられた。

「どうしたの?あなた本当におかしいわよ?」

 叡司はなんとか平静を装い、引きつった作り笑顔を浮かべて来客への挨拶をする。

「あ、いや……どうも……こんにちは」

()()()()()()、叡司さん、夜伽美桜です」

 短い会話の裏で、なおも思考をフル回転させていた叡司の頭脳が限界に達した。

 度を越したストレスが叡司の脳内のニューロン間の情報伝達を短絡させ、自分でも意図しない言葉が口をついて出る。 

「あっ、あのっ!美桜さんは、吸血鬼(ヴァンパイア)なんですか!?」

 まだ会って間もない相手に問いかける言葉としては、あまりにも、あまりにも常識の遥か斜め上を行く質問だった。

 母である今日子すら、ぎょっとした顔で叡司の顔を見返す。

 だが、美桜はにっこりと笑って答えた。

「うん、そうよ」


「叡司!もう、本当に何言ってるの、ヴァンパイアだなんて……」

「叡司さんが言ってるの、これのことです、お母様」

 美桜はスマートフォンを取り出し、今日子に画面を示す。

「『ヴァンパイア・アンド・ヴィジランテ』、今、流行っているスマートフォンのゲーム、いわゆるソシャゲです」

 美桜はスマートフォンの画面を指で指し示しながら続ける。

「プレイヤーは人間側とヴァンパイア側、どちらかの勢力に所属してプレイするんです、同じ側のプレイヤー同士だったら協力プレイもできるので」

「ああ、それで美桜さんがヴァンパイア側か確かめたのね……それにしても叡司、初対面でいきなり聞くことじゃないでしょ、もう」

「叡司さん、かなり熱心なプレイヤーなんですね、きっと、それに私もすごくハマってますから……ねっ?」

 言いながら視線を向けてくる美桜に、叡司は無言で、がくがくと何度もうなずく。

 と、部屋の中に軽やかな電子音が鳴り響いた。

「ごめんなさい、電話だわ」

 今日子がリビングの隅にある電話の方へと向かう。

 今日子がコードレスフォンの子機を持ってリビングの外に出たのを見計らい、美桜は立ち上がると叡司に近づき、耳元へ(ささや)いた。

「どうしても、あなたに伝えなければいけない事がある、でも、長い話になるの、また明日、私の家に来て」

「本当に……ヴァンパイアだったんですね……」

 母親には上手く取り(つくろ)ったが、叡司は美桜の答えを正しく理解していた。

「心配しないで、私は誰にも危害は加えるつもりはない、あなたにも、あなたの家族にも、それ以外の人間にも」

 美桜はそこで一度言葉を切り、微笑みながら言う。

「ふふっ、神に誓って、と言うわけにはいかないけれど」


 通話を終え、リビングに戻って来た今日子に美桜は言う。

「すみません、そろそろ御暇(おいとま)しなければ、お茶をごちそうさまでした」

「あらあら、もっとゆっくりしていっても全然構わないのに」

「よろしかったら、今度は(うち)にもおいでください、うちのセバスチャンも、お茶を淹れるのが上手なんですよ、ね」

「はい、多少の心得がございますので」

 そうしたやりとりのあと、美桜とセバスチャンと呼ばれる男は罟弖(あみて)家を後にした。

 安堵と疲労感がどっと押し寄せ、叡司はソファに崩れ落ちるように座り込んだ。 

「もう、本当にお行儀が悪いわよ、(えい)ちゃん」


 翌日の夕刻、叡司は再び隣の洋館を訪ねた。

 極度の緊張でガチガチになっている叡司の様子を見た美桜は、笑いを漏らしながら言った。

「まずはお茶を」

 客間に通され、美桜と向かい合う形で座った叡司の前に、セバスチャンが茶を注ぐ。

 叡司は恐る恐る、といった感じで口を付けるが、即座に感想が口をついて出る。

「……美味しいです!」

 美桜は自分のことのように、得意げな顔で応える。

「言ったでしょ?セバスチャンはお茶を淹れるのが上手って」

 セバスチャンが胸に手を当てながら応える。

「叡司様に置かれましては、だいぶ顔に緊張と疲労の色がお見えでしたので、僭越ながらハーブティーとさせていただきました、ディンブラ産の茶葉に、カモミール、ヒソップ、オレンジピール……など、緊張の緩和と疲労回復の効果が期待できる数種類のハーブを加えた、秘伝の配合でございます」


 ひとしきり喫茶を楽しんだ後、セバスチャンが茶器を片付けると美桜は本題を切り出した。

「これを見て」

 古びた本の間から一枚の紙片を取り出し、叡司の前に置く。

 それは古い写真だった。

 元は白黒の写真だったのだろう、年月を経て、色がいわゆるセピア色に変わっていた。

「それは今から百年ほど前に、この地で撮られた写真」

 写真の中には五人の男女が並んで立ち、カメラに向かって笑顔を向けている。

 中央にいる男の顔にはどことなく見覚えがあった。

「これは……父さん!?」

「よく似ているけど、違う、これはあなたの高祖父……ひいひいお爺さん、叡司郎(えいじろう)よ」

 そして男の隣に写っている少女は、今目の前にいる少女、美桜にそっくり、いや、まったく同じ顔だった。

 叡司は思わず何度も顔を上下させ、写真と美桜を見比べる。

「そう、それは私……大正の頃の私よ、ヴァンパイアの中でも、百年以上の時を経た者を長生者(エルダー)と呼ぶ、そして私は、その写真が撮られた百年前の時点で既に長生者(エルダー)だった……」

「つまり美桜さんは……本当は……すごい……おばあ……」

「それ以上言ったら、口を縫い合わせるわよ……一度、両の耳まで引き裂いてから」


「今から百年前、私と叡司郎(えいじろう)、そして幾人かの協力者たちは、ある強大で邪悪な存在と戦い、封じ込めたの――」

 言いながら美桜は下を指さす。

「――この地へね」

「ここに、ですか?」

「そう、この館はその上に建てられた、何者かが誤って封印を破らないよう、守る役目も兼ねて」

「本当ならば叡司郎(えいじろう)にここに住んでもらって、守ってもらうつもりだった、でも」

 美桜の表情に、ほんの(わず)かに悲しみの影がさす。

「翌年に叡司郎(えいじろう)は亡くなってしまった――」

 過ぎた過去を想い返すように、窓の外へ視線を送りながら美桜は続ける。

「――亡くなる時に頼まれたの、百年の(のち)には封印の力が弱まり、自分の子孫たちにも危機が及ぶだろう、その時は助けてくれないか、って」

 叡司の目を見つめ、美桜は言った。

「だから私は、果たしに来たの、その約束を」 


「危機が及ぶ、って……その封印のせいで、ですか?」

「それもあるけれど、そればかりじゃない、叡司郎(えいじろう)はごく限られた範囲だけど未来が視えたの」

「封印以外にも何かが?」

「いくつかね、特に今、警戒しなければならないのは――」

「ヴァンパイアよ」


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