妻の日替わり弁当
最近妻の機嫌がいい。
「仕事が終わったら連絡ちょうだい。ご飯のタイミングが分からないでしょ」
「靴下は裏返しで洗濯機にいれないで」
「帰ってきたらすぐにお弁当箱を出して」
「お風呂のフタ閉めて」
「いちいち音を立ててドアを開け閉めしないで」
普段から人の小さなミスを重箱の隅をつつくように指摘し、鬼の首を取ったように得意げな顔で嫌味を言ってきたあの妻がちっとも怒らなくなった。
どんなに遅く帰宅しても、裏返しの靴下を洗濯機に放り込んでも、翌日に弁当箱を出しても、風呂のフタも、トイレのドアも適当しても。
仏の顔のまま「大丈夫よ」と言うだけで、家庭内に雷を撃ち落とすことがない。
どんな心境の変化があったのか。仕事で忙しく家を空けることが多いため、妻と過ごす時間があまりない。何か妻の神経質で粘着質な性格を変えるきっかけが、俺がいない間にあったのだろうか。
まさか浮気?
馬鹿馬鹿しい発想を頭から追い出す。結婚する前はそれなりにスタイルも良かった妻だが、今はぶくぶくと肥えてしまい、お世辞にも“女”として見られる要素がない。
見てくれも中の下だ。若かった頃は愛嬌でなんとか可愛く見えていたが、会社の事務員のカオリちゃんの方が、ずっと可愛くて愛おしくて大好きだ。長期休暇に入っているのか、最近は挨拶もできていないが。
妻とはいつでも離婚できるが、家政婦としての能力は買っているため、できる限り傍に置いておきたい。
特に料理の腕は認めざるを得ないほどの腕前だ。最近作る弁当のレパートリーも更に増え、日替わり弁当のようにメニューが被ることがなくなった。
しかも冷凍食品を詰めただけではなく、一から手作りしたおかずときた。特に肉料理が最高に美味しい。
豚とも牛とも鶏ともいえない、独特の味わいだが。
「なぁ最近作ってくれる料理の肉って何を使っているんだ?」
ソファーに座ってコーヒーを飲む妻に、純粋な質問を投げかけた。
「何って貴方が好きなお肉よ」