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異世界ビギナー、活動開始

昔、そこには人々が幸せな暮らしを営む穏やかな大地があった。


 しかしある時、人とは生態を異にする存在である魔獣によって侵略を受け、悉く蹂躙された後、何人たりとも足を踏み入れる事が叶わぬ外界と化した。人の住む町であった頃の名は人々の記憶の彼方へと去り、歴史書の記録からもその名は消え失せる。

 更に気の遠くなる年月が過ぎた頃、ようやく人はかつての穏やかな大地を魔獣より取り戻す事に成功する。町は、失われてしまった旧き名に代わり、新たに「最前線のドミナティオ」という名を与えられる。


 それから幾ばくかの年月が過ぎ、再建を果たしたとは言えども未だに魔獣の脅威と戦い続ける人々がいる最前線の地から始まる物語。

 最前線のドミナティオ。


 ウソかホントか知らないが、「ドミナティオ」とは使われなくなって久しい古代言語で「失いしもの」という意味を持つらしい。

 人と魔獣、互いに相容れない両者の生息域が陸地で接しているという他に例を見ない場所。今でも魔獣との争いが頻繁に起こる最前線の地。

 異世界での新生活を始めて今日でまだ2日目の、異世界ビギナーにとって生存難易度が他の場所より格段に高いと思われる物騒な場所。本音を言えば、出来ればそんな危険地域に行くのは遠慮したかった。だが右も左も分からない異世界に訳も分からず放り出された俺には他に行く宛などなく、指し示された目的を達成する為には避けて通れない場所だと判断したから、半ば自棄っぱちで最前線行きを決めた。


 新居として借り受けた住居兼作業場のような間取りを持つ古い木造の家の中で、埃っぽい床をさあっと風が攫う様を頭の中でイメージする。と、同時にどこからともなく一陣の風が吹き、家中の塵芥を一掃してはい、お掃除完了・・・とはならなかった。現実にはそよ風ひとつ吹かすことさえ出来ず、またしても連続失敗記録を一つ更新してしまった。

 たかが部屋の掃除如きに俺は今相当な苦戦を強いられているのはどうしてなのか。あの時『魔力に術者が望むイメージを与えることで術が発動する。』なんて雑な説明を聞いただけで俺でも魔術が使えそうだと思えたのはなぜなのか。

 何度となく繰り返し魔術に挑戦している内に、何が失敗の原因かがはっきりと判った。失敗の原因、それは俺の感覚が魔力を捉えられていないこと。むしろそれ以外に原因がない。

 習うより慣れろの精神で、自己流の訓練でも何とかなるかと考えたのが甘かった。魔術訓練と清潔感ある居住空間の確保を兼ねての掃除だった筈が、このままではいつまで経っても終わる気がしない。

 なんでも、こちらの世界では大地にも大気にも水の中にも、目に見えないが至る所に魔力なるものが溢れていて、人々はそれを利用する技術、即ち魔術が使えるそうだ。異世界から来たとは言え、この世界の理の内にいる以上は俺にも魔術が使える筈だと聞かされたら、是非使えるようになりたいと思うのは自然なことだと思う。

 ハッキリ言って魔術に頼らなければとっくの昔に掃除は終わっていたに違いない。だけど、こちらの世界でしばらくの間生活しなくてはならない状況から抜け出せない以上、自由自在に魔術が使えた方が断然便利で快適だ。言うなれば最新版の家電製品を贅沢に利用した極上の異世界生活が送れるか否かの瀬戸際に立たされているようなものだ。

 「目に見えない魔力の存在を感じるにはどうすれば良いか・・・」

 地球住まいのままの俺だったら絶対に思い浮かばないような問いに対して、一人でうんうん頭を悩ませたところでどうせ答えなんざ出て来やしない。己の考えの甘さを棚に上げ、こんな古びた建物の中にも本当に魔力は存在しているものなのかと疑わずにはいられない。最早すっかり集中力が途切れて魔術訓練どころではなくなってしまい、ふと室内を見渡してみると、古い建物故に修繕の必要が見て取れる箇所があちらこちらにあるようだ。もう少し賃料安くしてくれって値切り交渉する余地があったな、なんて雑念がため息と共に浮かぶ。

 「決めた。」

 ぱん、と一つ手を打つ。掃除は一旦保留にして家の中を隅から隅まで見て回ろう。一通り見終わったら修繕用の木材でも買いに行って来よう。ついでに色々と必要になってくるであろうあれやこれやも見て回ろう。そんな事を考えると楽しくなってきてつい頬が緩む。

 決して現実逃避をしている訳ではない。集中力が途切れた時こそ気分転換って必要だと思うんだ。リフレッシュできるし思いがけず良いアイデアが浮かぶことだってあるから気分転換馬鹿に出来ないすっごく大事超大事。


 ところで俺の故郷はとにかく田舎で、他人に話すと冗談だと思われるような逸話がかなりある。集落に住人がほとんどいなかったってのもその一つで、あまりにも人がいない集落だったおかげで商店なんて上等なものは近所には存在しない。食料はほぼ自給自足だし欲しいものは物々交換で手に入れるか自分で作れが当たり前だった。どうしても今すぐ必要な物を買うためには覚悟を決めて自転車を使う。店に辿り着く為に山一つ二つ超えて行かなきゃならないから、それ相応の気合いが必要だった。そう言えばネットツーハンなるものがとても便利であるという噂は聞いたことがあったっけ。

 故郷を離れ、都会で就職して一人暮らしを始めてからはいつでも好きな時に買い物が出来るようになったし、ネット通販だってバンバン利用している。それでも思春期の買い物事情があまりにもアレだった所為か、いい歳になった今でも店に買い物に行くってなると特別なイベントでも始まるかの如くワクワクが止まらない。


 つまり俺が言わんとしたい事は即ち、ショッピングとはエンターテインメントなのである。初めての異世界で初めてのお買い物なんて、正に一生に一度あるかないかの特別なイベントじゃないか。そんなのワクワクするなって方が無理だよな。

 さあ、いざ行かん、まだ見ぬお宝を求める冒険者の如く。


 故郷どころか地球さえも離れてしまい、ここがどこかも分からない異世界の地に知らず放り出された当初はめちゃくちゃ混乱したし、実際今もまだ戸惑いはある。先行きがどうなるのか不安だけれど、ほんのちょっとだけ楽しみを優先させてもまさか罰は当たるまい。

 俺の今後の行動如何によっては元の世界に戻れる可能性があるのだから、今はまだ異世界で俺のやれること全部やってみたいと思うんだ。

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